2020年6月25日木曜日

転移ありの乳がん患者を「救えるはずの命だった」と言い切る岩澤倫彦氏に異議

24日付の東洋経済オンラインに載った「自由診療にすがり急逝した乳がん患者の末路~有効性なき免疫療法の何とも許されざる実態」という記事には問題を感じた。筆者でジャーナリストの岩澤倫彦氏は記事で取り上げた「早期の乳がん」患者に関して「救えるはずの命だった」と述べているが、根拠に欠ける。岩澤氏は標準療法を過大評価しているのではないか。
二連水車(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

問題の部分を見ていこう。

【東洋経済オンラインの記事】

インターネットには、有効性が何も確認されていない「独自のがん治療法」が氾濫している。その大半が「免疫療法」。情報の発信元をたどってみると、大半が高額な自由診療クリニックだ。

2年前、都内在住の70代女性は、がん診療拠点病院で「早期の乳がん」と診断された。このとき担当した乳腺外科医は、「手術を受ければ、5年生存率は97%」と告げ、再発予防の抗がん剤も勧めている

診断を聞いて、夫は安堵したが、女性は手術を受けなかった。

彼女が選んだのは、「ガン免疫強化療法」などをうたう、自由診療クリニック(ちなみに筆者の取材経験でいうと、真っ当ながん専門病院で、「ガン」とカタカナ表記するところは皆無に等しい)。

「どうしても乳房を残したいのなら、(外科手術とは)別の方法があります。3カ月もすれば、がんは消えます。消えない人でも6カ月やれば消えます」

クリニックの院長が示した「別の方法」とは、ハイパーサーミア(温熱療法)とファスティング(断食療法)を組み合わせた、独自のがん治療だった。

手術を受けずに「がんが消える」という言葉を信じた女性は、クリニックに入院して治療を始めた。すると、院長は「合計600万円の費用が必要」と伝えたという。

外科手術を受けるべきだと、夫は何度も説得を試みたが、女性は聞く耳を持たない。そこで夫は、医療取材の経験がある私に相談を持ちかけてきた。私は拙著『やってはいけない がん治療 医者は絶対書けないがん医療の真実』を上梓するなど、医師には絶対書けないがん医療のタブーや、詐欺的ながん医療を目利きするヒントなどを追っている。

調査してみると、このクリニックは、入院の届出を行っていないことが判明した。さらに、ハイパーサーミア(温熱療法)について、関連学会は次のように見解を示していた。

「ハイパーサーミアだけでがんが根治できるのはまれと考えられています。一般的には放射線治療や抗癌剤治療と組み合わせるのが一般的です」(一般社団法人日本ハイパーサーミア学会のHPより)

ハイパーサーミアは、あくまで「補助的な治療」と位置づけられていた。医学論文のデータベースで検索しても、ハイパーサーミア単独でも、ファスティングを組み合わせた治療法でも、「がんが消えた」という臨床研究は存在しなかった。

現在の医療は、「EBM=エビデンス・ベースド・メディシン」という、臨床試験によって有効性が確認されている治療が基本。これに対して、「独自理論のがん治療」は有効性の保証が何もない。

こうした現実を一般の患者は知らず、国家資格の医師が勧めるので、確かな根拠があると思い込んでしまう。

私は、女性の夫を通じて、クリニックの温熱療法では完治できないと伝えたが、翻意させることはできなかった。一度信じてしまうと、その呪縛から逃れるのは難しい。

やがて、女性は肝臓と肺に転移してしまい、体調が急激に悪化。自宅から救急搬送されて、1週間後に息を引き取った。

乳がんの判明から、わずか1年9カ月。救えるはずの命だったのに、私は何も力になることはできなかった


◎手術をしていれば「救えた」?

手術を受ければ、5年生存率は97%」なのに「女性は手術を受けなかった」。そして「乳がんの判明から、わずか1年9カ月」で「息を引き取った」。

この場合「救えるはずの命だった」と言えるだろうか。答えは「分からない」となるはずだ。「手術を受ければ、5年生存率は97%」というデータが正しいとしても、記事に出てくる「都内在住の70代女性」が「手術を受け」ても助からない可能性は残る。

それに「女性は肝臓と肺に転移してしまい、体調が急激に悪化」したのならば、手術をしても無駄だった可能性が高い。

ここでは医師の和田秀樹氏が書いた「病院のやめどき」という本の一部を引用したい。

【「病院のやめどき」の引用】

検診が無意味だと私が考える理由は、がんが発見される仕組みにあります。「早期発見せよ」といいますが、目にも見えない極小のがんを発見できるわけではありません。PET-CTを利用した精密ながん検診なら5㎜程度で発見できることはありますが、検診費用はおよそ10万円以上と高く、受ける人は多くありません。一般的な検診では1cmぐらいまでがんが大きくならないと、見つけることはできません。これでも早期発見の部類なのです。

それでは1cm程度のがんというのは、どれくらいの時間をかけて育ったのでしょうか。例えば、乳がんの場合、専門機関では7~8年ほどの時間がかかるとしています。これをどう考えればいいでしょうか。私なら7年間転移せずに大きくなってきたがんが、8年目に転移する確率はかなり低いだろうと捉えます。転移していないのならば、それから数年間放置していても、悪さはしないでしょう。治療は、なにか症状が起きてからでも問題ありません。

反対に、1cmで発見されるまでの7~8年の間で、すでに見えない転移がどこかにあって、体を蝕んでいる可能性もあります。超早期でがんを発見できたにもかかわらず、何年後かに転移が見つかるというのは、主にこのケースです。この場合は進行の速い悪質ながんです。


◎既に転移していた可能性が…

早期の乳がん」が見つかった時点で「手術」を受けていれば「肝臓と肺に転移」することはなかったと岩澤氏は思い込んでいるのではないか。

都内在住の70代女性」の場合、「1cm程度のがん」として発見されたとしよう。「これでも早期発見の部類」なので、十分にあり得る。そして発見された時には「7~8年ほど」が経過していてもおかしくない。

手術でがんを全て除去できたと仮定しても「1cmで発見されるまでの7~8年の間で、すでに見えない転移がどこかにあって、体を蝕んでいる可能性」を排除できない。

超早期でがんを発見できたにもかかわらず、何年後かに転移が見つかるというのは、主にこのケースです。この場合は進行の速い悪質ながんです」と和田氏は解説している。これは岩澤氏の取り上げた「都内在住の70代女性」の「ケース」と重なる。

自由診療」での「免疫療法」を信じるなという主張に問題は感じない。ただ、標準療法にも疑いの目を向けてほしい。単純に「救えるはずの命だった」と認識していると、問題の本質を見誤るのではないか。


※今回取り上げた記事「自由診療にすがり急逝した乳がん患者の末路~有効性なき免疫療法の何とも許されざる実態
https://toyokeizai.net/articles/-/357066


※記事の評価はD(問題あり)

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