2020年2月9日日曜日

「尊厳死ができれば安楽死なんて不要」という長尾和宏氏の主張に欠陥あり

週刊東洋経済2月15日号に載った「話題の本 著者に聞く~小説『安楽死特区』長尾クリニック院長 長尾和宏~尊厳死という選択肢を越えて一気に蔓延した安楽死願望」という記事で、長尾氏は「リビングウィルを書いて尊厳死ができれば、安楽死なんて不要なんです」と主張している。しかし、その考えには重大な欠陥がある。
久留米大学医学部(福岡県久留米市)
       ※写真と本文は無関係です

問題のくだりを見てみよう。

【東洋経済の記事】

──昨年NHKで放映された、日本人女性がスイスで安楽死を遂げる番組が大反響を呼びました。「ありがとう」とささやいて穏やかに逝く姿に、モヤモヤしていた「安楽死」という言葉が、現実の形を帯びたような気がします。

彼女を担当した医師とは、私は2回会っています。スイスには安楽死団体が複数あって、数年前に訪問したとき「ここで見たことは日本で話さないでください」と言われました。なぜか。日本人が押し寄せてしまうからです。

日本で安楽死はもちろん認められていません。単なる殺人です。だから今回の件は日本人が外国で殺人事件に遭ったのと同等です。でもそれを扱う法律がない。スイスからしたら、そんなややこしい国から大勢来られたら困るんです。そういう問題を抜きにして、こんな美しい死に方がありました、とNHKがスクープ的に放映した。

『週刊文春』の調査では日本人の8割が安楽死に賛成だった。昨日、大阪で講演したんですが、やはり3分の2の方が安楽死に賛成でした。終了後、若くピンピンした男性に「紹介状を書いてくれ」と1時間つかまりました。元気な今のうちにスイスに渡りたい、と。

──今の日本で老後を考えると何か暗くなる。だったら自分の最期は自分で決めて、楽に死にたいっていう気持ち、正直わかります。

皆さんが憧れてるのは、安楽死じゃなく“安楽な死”。痛くない苦しまない死に方ですよね。それなら、もっと自然に逝ける尊厳死がある。皆さんいきなり安楽死に話が飛んで、ユートピアのように夢想している。でも尊厳死と安楽死はまったくの別物です。

尊厳死は、死期が近く、延命治療でなく自然な経過に任せてほしいと本人が望み、それをリビングウィル、生前意思として書く。そしてモルヒネ等による痛みの緩和に重点を置く。その結果が尊厳死です。安楽死は違います。死期は近くない、本人の希望で元気なうちに医者に“殺して”もらう

聖路加国際病院の名誉院長だった日野原重明先生も105歳で尊厳死されました。リビングウィルを書かれて延命治療を受けなかった。リビングウィルを書いて尊厳死ができれば、安楽死なんて不要なんです。私はこれまで、在宅医療で1200人以上お看取りした。みんな尊厳死です。尊厳死ならより長く生き、最後まで食べられてお話しができて、苦痛も少ない。



◎肝心の部分を抜いて論じても…

死期が近く、延命治療でなく自然な経過に任せてほしいと本人が望み、それをリビングウィル、生前意思として書く。そしてモルヒネ等による痛みの緩和に重点を置く。その結果が尊厳死」だと長尾氏は言う。そして「死期は近くない、本人の希望で元気なうちに医者に“殺して”もらう」のが「安楽死」だ。定義に異論はあるが、長尾氏の定義に従って話を進めよう。

リビングウィルを書いて尊厳死ができれば、安楽死なんて不要なんです」と長尾氏は言い切っている。だが、重要な論点が抜けている。「死期は近いし、病状が進行して苦しみに耐えられない(緩和ケアでも苦しみが消えない)から医者に“殺して”もらいたい」場合はどうするのか。

これには「自然な経過に任せ」る「尊厳死」では対応できない。「安楽死に賛成」する人の中で「元気なうちに医者に“殺して”もらう」ことを希望するケースは稀だろう。多くの人は病状が進行して「もう生きていても意味がない。苦しい。何らかの方法で早めに命を終わらせてほしい」と感じた時に「安楽死」を求めるはずだ。

しかし長尾氏はこうしたケースでどうすべきか教えてくれない。なのに「リビングウィルを書いて尊厳死ができれば、安楽死なんて不要なんです」と結論付けてしまう。「安楽死」に反対で「尊厳死」を推しているのは分かるが、主張には明らかに欠陥がある。


※今回取り上げた記事「話題の本 著者に聞く~小説『安楽死特区』長尾クリニック院長 長尾和宏~尊厳死という選択肢を越えて一気に蔓延した安楽死願望
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/22888


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