2019年7月14日日曜日

日経社説「日銀の買いに頼らない株式市場にしよう」の問題点

14日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「日銀の買いに頼らない株式市場にしよう」という社説は説得力に欠ける内容だった。本気で「日銀の買いに頼らない株式市場にしよう」とは思っていないのだろう。社説では以下のように書いている。
金華山黄金山神社(宮城県石巻市)
      ※写真と本文は無関係です

【日経の社説】

日本の株式保有のゆがみが著しくなってきた。日銀による株価指数に連動した上場投資信託(ETF)の購入額が増え続けているからだ。株を長期に保有する投資家を増やし、日銀に頼らない市場づくりを急がなければならない

6月末の日銀のETFの保有時価は29兆円に達したとみられる。東証1部の4.9%を占め、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)に次ぐ規模の日本株を間接的に保有する。年間6兆円の今のペースで買い続ければ来年中にもGPIFを抜き、世界最大の日本株の保有者になる見通しだ。

日銀は2%の物価上昇率をめざす金融緩和の一環としてETFを買っている。この政策は株価安定や企業・投資家の心理好転に役だった面はある。

だが株価形成をゆがめる副作用も無視できない。日銀はETFを通じ個別企業の業績の好不調に関係なく指数構成銘柄を全て購入する。その結果、適正な株価をつける市場の価格発見機能が弱まる。株価が実態より高止まりすれば企業経営の規律も緩んでしまう。

日銀は間接的に東証1部企業の約半数で上位10位内の大株主になっており、企業統治に与える影響も気がかりだ。日銀保有分の議決権はETFの運用会社が行使している。日銀はETFの運用会社名やその購入額を公表し、議決権の具体的な行使結果を外部から点検できるようにすべきだ。

購入が長期化するほど副作用も膨らんでいく。日銀は昨年7月にETF購入目標を年間6兆円から「上下に変動しうる」と変更した。無理に6兆円の目標を目指さず買い方にメリハリをつけて購入を減らしていくのが現実的だ


◎「ゆがみが著しくなってきた」と言うならば…

日本の株式保有のゆがみが著しくなってきた」「株価形成をゆがめる副作用も無視できない」「購入が長期化するほど副作用も膨らんでいく」などと書いているのに、対策としては「無理に6兆円の目標を目指さず買い方にメリハリをつけて購入を減らしていくのが現実的」らしい。

つまり「まだまだ日銀はETFの保有を増やしていい」と日経の論説委員は考えているようだ。「購入が長期化するほど副作用も膨らんでいく」のに、なぜさらに保有を膨らませるのが「現実的」なのか。

ゆがみが著しくなってきた」と判断できるのならば、株式相場の下げも覚悟して「購入」の中止に踏み切るべきだ。「株価が下がるのは困る」と言うならば「日銀の買いに頼らない株式市場にしよう」などと訴えない方がいい。

社説では「出口の進め方」にも触れている。これも「本気で言っているのか」と思える内容だった。

【日経の社説】

ETFには国債と違って償還がないため、日銀はいずれ外部に売却しなければならない。今のうちから効果的な出口の進め方について議論を深めておきたい。

アジア通貨危機後の1998年に香港市場の6%分の株を購入し、相場の底割れを防いだ香港政府の処分法が参考になる。香港政府はETFをつくって個人を中心に保有株を割引価格で譲渡し、香港市場の個人投資家の裾野を大きく広げることに成功している

GPIFと日銀という公的機関が二大株主という市場の姿は健全とはいえず民間の担い手づくりは急務だ。企業も投資家に積極的に株を買ってもらえるよう稼ぐ力や企業統治を磨いてほしい。



◎一部の個人に利益供与?

日銀は2%の物価上昇率をめざす金融緩和の一環としてETFを買っている」のだから、「保有株を割引価格で譲渡し、香港市場の個人投資家の裾野を大きく広げることに成功」した「香港政府」のやり方を参考にするのならば「ETF」を時価よりも安く「個人投資家」に「譲渡」することになる。

これは絶対にやめた方がいい。理由は2つある。

まず、一部の個人への利益供与になる。時価より3割安く「譲渡」するとしよう。自分ならば迷わず購入する。当たり前の話だ。こんなおいしい儲け話に乗らない手はない。買い手が殺到するだろう。だが、どうやって選ぶのか。抽選で選ぶにしても、日銀が国民に対してプレゼントの抽選をやるようなものだ。

当たればほぼ確実に儲かるような抽選を日銀がやってよいのかという問題が出てくる。

この手法を「参考になる」と考えたのは、株式相場への影響を抑えられると期待したからだろう。しかし、自分だったら3割安く「譲渡」してもらったら、すぐに売却して利益を確定させる。同じ考えの人はかなりいるはずなので、株式相場の需給にはマイナスだ。

長期保有してもらいたいならば、時価で「譲渡」すべきだ。

そう考えると「香港政府」は本当に「保有株を割引価格で譲渡」したのかとの疑問が湧く。この点に関しては知識がないので何とも言えない。ただ、日経の別の記事で東短リサーチ社長の加藤出氏が以下のように解説している。

【日経の記事】

1998年8月に香港の中央銀行にあたる香港金融管理局(HKMA)は、アジア通貨危機時の海外のヘッジファンドからの激しい攻撃に対する防御として、緊急避難的に株式相場を2週間だけ買い支えたことがある。同年秋に香港政府は受け皿のファンド、EFIL(Exchange Fund Investment Limited)をつくり、そこにHKMAが買った株式を移した。EFILは株式をETFに組成して、99年11月から数年の間に個人投資家や機関投資家に売却した

HKMAが市場に介入してそれらの株式を購入したとき、株価は大幅なアンダーバリュー(割安)になっていた(リスクプレミアムが異常に高まっていた)。相場が落ち着いて、リスクプレミアムが低下し、株価が上昇してからEFILは売却したため、結果的に利益を計上することに成功した。



◎本当に「割引価格で譲渡」?

これを読む限り「香港政府はETFをつくって個人を中心に保有株を割引価格で譲渡」したとは言えない。「ETFに組成して、99年11月から数年の間に個人投資家や機関投資家に売却した」と書いているだけだ。「株価が上昇してからEFILは売却したため、結果的に利益を計上することに成功した」との記述からは、時価で「売却」したと理解する方が自然だ。

断定はできないが「香港政府はETFをつくって個人を中心に保有株を割引価格で譲渡し、香港市場の個人投資家の裾野を大きく広げることに成功している」という社説の解説を鵜呑みにしない方がいいだろう。


※今回取り上げた社説「日銀の買いに頼らない株式市場にしよう
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190714&ng=DGKKZO47343780T10C19A7EA1000


※社説の評価はD(問題あり)。

0 件のコメント:

コメントを投稿