2019年4月3日水曜日

「創造的破壊」が見えない日経の新紙面「ディスラプション」

今回は「失敗が約束されている新紙面」とでも言うべきか。日本経済新聞朝刊で「ディスラプション面」が新設された。日経は2017年1月に朝刊1面で「断絶を超えて」という連載をやっている。それと似たコンセプトのようだ。当時の連載に関しては「失敗が約束されている正月企画」と評した。連載では「昨日までの延長線上にない『断絶(Disruption)』の時代が私たちに迫っている」と訴えていたが、記事の内容は「断絶」には程遠かったからだ。
浦山公園の桜(福岡県久留米市)
        ※写真と本文は無関係です

今回の新紙面に関しては「先端技術から生まれた新サービスが既存の枠組みを壊すディスラプション(創造的破壊)。従来の延長線上ではなく、不連続な変化が起きつつある現場を取材し、経済や社会、暮らしに及ぼす影響を探ります」との説明が末尾にある。

ディスラプション」に「『創造的』破壊」という訳語を当てるのが適当なのか疑問も残るが、そもそも「先端技術から生まれた新サービスが既存の枠組みを壊すディスラプション」は簡単に起きるものではない。「断絶」よりは「創造的破壊」の方がまだありそうだが、3日の「第1部 ブロックチェーンが変える未来(1)国土破れてもデータあり」という記事を読んでも「創造的破壊」は感じられなかった。

記事の前半を見てみよう。

【日経の記事】

バルト海に面した人口130万人余りのエストニアが、世界で最も進んだ電子政府を実現している。ブロックチェーン技術で行政のデータが改ざんされない仕組みを築いた背景には、外国による占領の歴史があった。デジタル空間にデータを保存できれば、たとえ国土は消えても国は残る――。ディスラプション(創造的破壊)の先に、北欧の小国が築いた新しい「国家」は未来の社会へのヒントを示している。

スカンジナビア半島の対岸に位置するエストニアの首都タリン。世界遺産の旧市街のカフェで、大学生のアナスタシア・ウィラさん(19)がパソコンに向かっていた。国民に付与されるIDカードの情報を入力し、議会選の投票を10分足らずで済ませた。預金残高や病院の受診記録など、自分のデータは全てIDにひも付いている。「子どもの頃からIDカードを使ってきた。情報は守られており、不安はない」

エストニアは2000年代以降、住民登録や納税、教育、子育てなどあらゆる行政手続きを電子化した。国民にIDを割り当て、手続きは24時間、インターネットで完了する。3月の議会選では投票した人の2人に1人がネット経由だった。ネットでできないのは、結婚と離婚、不動産売買だけ。電子化による費用削減効果は国内総生産(GDP)の2%に上る。

IDカードは運転免許証や保険証を兼ね、欧州連合(EU)域内ではパスポート代わりにもなる。恩恵は国民にとどまらない。非居住者が電子上の国民になれる「e―レジデンシー制度」を14年に始めた。仮想国民も国民と同様に法人を設立したり銀行口座を開設したりできる。すでに165カ国から5万人が登録し、6600社が設立された。日本からも安倍晋三首相ら2500人が登録している。


◎「創造的破壊」がある?

ブロックチェーン技術で行政のデータが改ざんされない仕組みを築いた」結果として色々と便利になりました。「電子化による費用削減効果は国内総生産(GDP)の2%」に達します。「恩恵は国民にとどまらない」ものがあります--。

悪くない話だ。しかし「既存の枠組みを壊すディスラプション(創造的破壊)」には見えない。

筑後川沿いの桜(福岡県久留米市)
        ※写真と本文は無関係です
政府が国民に行政サービスを提供するという「既存の枠組み」は壊れていない。基本的には「電子化」が進んだだけだ。「創造的破壊」であれば、衝撃的な「破壊」が欲しい。「既存の枠組み」の範囲であっても、「自治体を廃止し、自治体職員も全員解雇。行政サービスは電子政府を中心に国が全て直接手掛けることにした」などと書いてあれば、「創造的破壊」だと思えるが…。

エストニア」の「電子政府」の話は、日経を含め様々なメディアが取り上げてきた手垢の付いたテーマでもある。それを新紙面の第1回に持ってきていることも、今後の苦しい展開を示唆している。

ついでに言うと「デジタル空間にデータを保存できれば、たとえ国土は消えても国は残る」との説明にも疑問が残った。記事の終盤に以下の記述がある。

【日経の記事】

18年には同じNATO加盟国のルクセンブルクに「データ大使館」を開設した。国民の情報を国外に保管すれば万一、国土を侵略された場合も電子上で行政を執り行えれば国家は残るとの考えからで、ルクセンブルク以外の国での増設も検討している。政府のIT戦略を統括するシム・シクト最高情報責任者(CIO)は「国の核を失わないまま、国を世界に開くことができた」と語る。

エストニアはブロックチェーンを活用して、領土という概念に縛られないデジタル国家を築き上げた。透明性の高い制度に魅せられて、世界中から優秀な人材が集まり、次々と起業することで経済成長を遂げている。ディスラプションの先に小国エストニアがつかんだソフトパワーこそ、データの世紀に国を繁栄へと導く国家戦略となっている。



◎「行政を執り行えれ」る?

まず「国民の情報を国外に保管すれば万一、国土を侵略された場合も電子上で行政を執り行えれば国家は残る」という部分は「保管すれば~執り行えれば」と仮定表現が2つ出てきて不自然な感じがする。

本題に入ろう。「国土を侵略された場合も電子上で行政を執り行えれば国家は残る」としよう。だが、「エストニア」は「電子上で行政を執り行え」るだろうか。

結婚と離婚、不動産売買」は電子化されていないので無理だ。「エストニア」国内の国民に「IDカード」を新規に付与するのも難しい。それに「侵略」した側が「IDカード」を使った手続きをできないように何らかの手を打つ可能性も高い。

何を以って「国家は残る」とするかは微妙だが、「行政」関連のデータや手続きに限っても、かなり不完全になるのは確実だ。

最後に記事の書き方で注文を付けておきたい。

【日経の記事】

エストニアが電子大国への道を急いだのは国家存亡の危機感からだ。欧州とロシアの境に位置し、要衝の地である同国は13世紀にデンマークが侵攻して以降、ドイツやスウェーデン、ロシアによる支配が相次いだ。


◎「欧州とロシアの境」?

欧州」に明確な定義はない。だが、ウラル以西のロシアは「欧州」とするのは、かなり一般的だ。ちなみに外務省は「欧州」にロシアを含めている。なので「エストニア」を「欧州とロシアの境に位置し~」と説明されると引っかかる。

記事では「エストニア」を「北欧の小国」とも書いていた。これも間違いではないが、個人的にはバルト三国を「東欧」に入れたい。

上記のくだりで、もう1つの問題が「同国」だ。「欧州とロシアの境に位置し、要衝の地である同国」と書いた場合「同国ロシア」となってしまう。筆者は「同国エストニア」のつもりだろう。


※今回取り上げた記事「第1部 ブロックチェーンが変える未来(1)国土破れてもデータあり
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190403&ng=DGKKZO42776850S9A320C1TL1000


※記事の評価はD(問題あり)。筆者である小川知世記者への評価も暫定でDとする。

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