2019年4月18日木曜日

「誰が投げても勝てる野球」の実現を信じた日経 篠山正幸編集委員

日本経済新聞の篠山正幸編集委員はプロ野球に詳しいはずだが、なぜかよく分からない解説を披露する。18日の朝刊スポーツ面に載った「逆風順風~データ野球で薄れる『人』要素」という記事では以下のように書いている。
流川桜並木(福岡県うきは市)
       ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

野球界は今、メジャー発の革命のさなかにある。極端なシフトがその例だし、打撃は上からたたくより、打球が上がるスイングの方がいい、という「フライボール革命」もそうだ。

投手起用では救援投手を先発させ、まず相手上位陣の攻撃を封じて、先手を取れる確率を高くする、という新手も現れた。形だけの先発を立て、早い継投で目先を変えていく手法も試されている。

現代野球で、しょせん完投は望めず、何人かの投手でまかなうことになる。その場合の各人の分担回数と順番の最適解とは……。それはそれで興味深い設問で、大エースに頼らずとも勝てるシステムの模索といえる。新手法はいずれ、統計的な精査を受け、有効とされれば普及するだろうが、気がかりなのはその過程で「人」の要素が薄れていくことだ。

野球ファンは「人」についている面もある。誰が投げても勝てる野球は、誰が投げるかに注目するファンの欲求と両立するのか。効率と確率を究める先に、胸ときめくフィールドがあるとは限らない。



◎「誰が投げても勝てる」?

まず「誰が投げても勝てる野球は、誰が投げるかに注目するファンの欲求と両立するのか」という問題提起が謎だ。「形だけの先発を立て、早い継投で目先を変えていく手法」などがいくら普及しても「誰が投げても勝てる野球」は絶対に実現しない。こんなことは、わざわざ説明しなくても篠山編集委員も分かるはずだが…。

その過程で『人』の要素が薄れていく」との指摘も理解に苦しむ。「現代野球で、しょせん完投は望めず、何人かの投手でまかなうことになる」という状況は既にある。そこからさらに「効率と確率を究め」ても、1試合を「何人かの投手でまかなう」のは同じだ。なぜ「『人』の要素が薄れていく」のか。

投げる投手の数が少なければ少ないほど「『人』の要素」が濃くなると篠山氏は考えているのだろう。これも解せない。先発が8回まで投げて抑えに9回を任せると、先発完投より「『人』の要素が薄れていく」のか。強いて言えば2人の投手が出てくる方が「『人』の要素」は濃くなる気がする。控えめに言っても、濃さは同じではないか。



※今回取り上げた記事「逆風順風~データ野球で薄れる『人』要素
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190418&ng=DGKKZO43874000Y9A410C1UU8000


※記事の評価はD(問題あり)。篠山正幸編集委員への評価はDを維持する。篠山編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

日経 篠山正幸編集委員「レジェンドと張り合え」の無策
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_10.html

「入団拒否」の表現 日経はどう対応? 篠山正幸編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post.html

大谷を「かぐや姫」に例える日経 篠山正幸編集委員の拙さ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_11.html

下手投げは「道なき道」? 日経 篠山正幸編集委員の誤解
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/01/blog-post_50.html

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