2018年8月18日土曜日

「デジタルで熟議の海」が苦しい日経「パンゲアの扉」

17日の日本経済新聞朝刊1面に載った「パンゲアの扉 つながる世界~混沌を超えて(下)デジタルで『熟議』の海 民主主義の自己修正」も(上)(中)と同様に問題を抱えている。最初の段落を見ていこう。
マリゾン(福岡市早良区)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

9月に議会総選挙を控えるスウェーデン。争点の移民問題で流入規制を掲げる極右政党が第1党に躍進する勢いをみせる。ナショナリズムに訴えて支持を取り付けるポピュリズム(大衆迎合)の波が中東欧から北欧にも押し寄せている



◎「西欧」はポピュリズムの波が来てない?

ポピュリズム(大衆迎合)の波が中東欧から北欧にも押し寄せている」と書いてあると、西欧には「押し寄せて」いない感じがする。しかし、フランスやイタリアでも「ポピュリズム(大衆迎合)の波」は起きている。

日経も6月5日の「イタリア新首相『我々はポピュリズム政権』上院で所信表明」という記事で「(新首相の)コンテ氏を支えるポピュリズム政党『五つ星運動』と極右『同盟』」と書いている。「ポピュリズム(大衆迎合)の波」は本当に「中東欧から北欧」に向かっているのか。

記事では、さらにおかしな説明が出てくる。

【日経の記事】

ポピュリズムの克服には「情報の真偽を見分ける有権者の力が重要だ」。こう指摘する政治学者の曽根泰教慶大名誉教授は、不人気政策の世論は専門家らも交えた討議を重ねると容認が増える研究成果を得たことがある。情報の偏りをなくし「熟議」の海を築けるか。デジタル技術の活用が胎動している

オーストラリアの非営利団体「MiVote」は、政治献金規制などの重要政策をネット上で国民投票するプラットフォームを開発した。安直な二者択一の人気投票を避けるために、専門家の見解や賛否双方の主張や意見といった判断材料を提供する。投票結果は民意として議会に示す。

◎「熟議」と関係ないような…

情報の偏りをなくし『熟議』の海を築けるか。デジタル技術の活用が胎動している」と書いた後で「ネット上で国民投票するプラットフォーム」を紹介している。しかし「『熟議』の海を築けるか」どうかと基本的に関係がない。

この「プラットフォーム」は「専門家の見解や賛否双方の主張や意見といった判断材料を提供する」だけで「討議を重ねる」ことにはならない。「デジタル技術の活用が胎動している」と訴えるのなら「デジタル技術」によって「熟議」を増やす仕組みを取り上げるべきだ。

ついでに言うと「専門家の見解や賛否双方の主張や意見といった判断材料」という部分が分かりにくい。「専門家の見解」や「賛否双方の主張」や「意見」と区切りたくなるが、筆者は「専門家の見解」や「賛否双方の主張や意見」で分けているつもりなのだろう。

この場合、「意見」が不要だと思える。「専門家の見解や賛否双方の主張といった判断材料」とすれば、拙さも解消できるのではないか。

次に移ろう。

【日経の記事】

もっと先の未来にあるのは、米マサチューセッツ工科大(MIT)のセザール・イダルゴ准教授が研究する「人工知能(AI)直接民主主義」だ。有権者一人ひとりの日常生活などから生まれるビッグデータを解析。これらをもとに有権者の代わりに政策の最適な賛否を判断する「デジタルエージェント」だ。

誰でも自分に痛みを伴うような政策は避けたい。直接民主制は衆愚政治になるリスクが大きいとされる理由だが、イダルゴ氏は「有権者はAIで学習力と判断力を高められる可能性があり、世の中に責任感を持つ“政治家”になれるはずだ」との仮説を立てている。



◎有権者の判断力が高まる?

このくだりは解釈に迷う。「デジタルエージェント」は「有権者の代わりに政策の最適な賛否を判断する」存在のはずだ。A氏が増税に反対でも、「日常生活などから生まれるビッグデータを解析」して「デジタルエージェント」が「A氏にとっては増税の方がメリットが大きい」と判断すれば、A氏の意思に反して「デジタルエージェント」が「増税賛成」と投票するはずだ。
小長井駅(長崎県諫早市)※写真と本文は無関係です

ところが「有権者はAIで学習力と判断力を高められる可能性があり~」となると話が変わってくる。A氏の例で言えば「増税はダメだと思ってたけど、AIに教えられて増税賛成に変わったよ」などとA氏が考えるようになるのだろう。だとしたら「デジタルエージェント」は必要なさそうだ。「デジタルティーチャー」がきちんとA氏を教育してくれるのだから。

電子版に出ている「セザール・イダルゴ准教授」のインタビュー記事を読むと、「デジタルエージェント」は有権者に提案するだけで、最終的な決定は有権者自身がするようだ。だとしたら、「有権者の代わりに政策の最適な賛否を判断する」という説明は誤解を招く。

色々な人の意見を聞いて有権者自身が賛否を決めるというやり方は今でもできる。「デジタルエージェント」に投票行動を丸投げするのならば、かなり新しい動きだ。しかし「AIで学習力と判断力を高められる」といった程度ならば、大した話ではない。今でも人々は新聞や雑誌を読んだりテレビを見たりして「学習力と判断力を高められる可能性」を持っているし、「世の中に責任感を持つ“政治家”」にもなれる。

ここでも「世界は変わる」と強引に訴えている感が否めない。それが失敗の元だ。


※ 今回取り上げた記事「パンゲアの扉 つながる世界~混沌を超えて(下)デジタルで『熟議』の海 民主主義の自己修正
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180817&ng=DGKKZO34231470W8A810C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

悪い意味で日経らしい1面連載「パンゲアの扉~混沌を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_63.html

企業が「土地やマネーを独占」できる? 日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_38.html


※「パンゲアの扉 つながる世界」の以前の連載については以下の投稿も参照してほしい。

冒頭から不安を感じた日経 正月1面企画「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_2.html

アルガンオイルも1次産品では? 日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_4.html

スリランカは東南アジア? 日経「パンゲアの扉」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_28.html

根拠なしに結論を導く日経「パンゲアの扉」のキーワード解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_8.html

「小が大を制す」が見当たらない日経1面「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/1_24.html

今度は「少数言語の逆襲」が苦しい日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/1_24.html

「覆る常識」を強引に描き出す日経1面「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/blog-post_95.html

華僑の始まりは19世紀? 日経1面「パンゲアの扉」の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/19.html

「覆る常識」というテーマを放棄? 日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/blog-post_27.html

「崩れ始めた中央集権」に無理がある日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_82.html

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