2018年6月5日火曜日

「岩田規久男前日銀副総裁の苦しい弁明」を批判してみた

週刊エコノミスト6月12日号の「出口の迷路 金融政策を問う(34)インタビュー岩田規久男前日銀副総裁『リフレ理論も政策も正しい、だが逆風で時間がかかる』 」という記事は興味深い内容だった。聞き手である藤枝克治編集長の突っ込み不足は感じるが、全体としての完成度は高い。リフレ派のダメさを象徴する岩田氏の問題点も浮き彫りになっている。
三浦教会(長崎県佐世保市)
      ※写真と本文は無関係です

記事の批評から離れて、今回はインタビューの内容を基に岩田氏への批判を試みたい。まずは「消費税率引き上げのせいで2%の物価目標が達成できなかった」という弁明について見ていこう。


【エコノミストでの岩田氏の発言】

最初の1年目は想定通りの展開だった。まず、「リフレレジーム」に転換した日銀による大量の長期国債を中心とする資産買い入れが、株高を引き起こし、為替市場では円安をもたらした。株や外貨建て資産を持っている人に対して、資産効果が働き、消費が大きく伸びたのが1年目の特色だ。

我々が重視していた予想インフレ率も順調に上がり、消費者物価(除く生鮮食品)前年比は、13年3月のマイナス0・5%から、14年4月には1・5%まで2ポイントも上がった。遅くとも14年8月には2%に達するスピードで、2年以内に目標を達成できると思った。

消費増税について、安倍晋三首相は自民党総裁選に出る前に、「デフレから脱却しない限りやらない」と述べていたので、私はそのつもりでいた。ところが結局実施され、財政政策が需要を圧縮したため、とたんに物価が上がりにくくなってしまった。


◎「自分達のせいではない」と言い訳してない?

2013年の就任会見で岩田氏は以下のように述べている。

2 年くらいで責任をもって達成するとコミットしているわけですが、達成できなかった時に、『自分達のせいではない。他の要因によるものだ』と、あまり言い訳をしないということです。そういう立場に立っていないと、市場が、その金融政策を信用しないということになってしまいます

ところが、今回のインタビューも含めて結局は原油安や増税を言い訳にしている。

また、「(物価上昇率が)14年4月には1・5%まで2ポイントも上がった」ことを受けて「2年以内に目標を達成できると思った」のも奇妙だ。

今回のインタビューで岩田氏は「消費増税については、実施前に『2%を安定的に達成する前に、消費増税すれば、2年で2%を達成することは不可能だ』とはっきり言うべきだった」とも述べている。つまり、少なくとも14年4月に消費税率が8%になる段階では「2年で2%を達成することは不可能」と確信していたはずだ。なのに、14年4月の物価上昇率を見て「遅くとも14年8月には2%に達するスピードで、2年以内に目標を達成できると思った」のか。矛盾している。

次は「現在の日本は景気がよく、雇用も改善しているので、2%の物価目標にこだわらなくてもいいという意見がある」との問いに対する岩田氏の考えを見ていく。


【エコノミストでの岩田氏の発言】

世界標準の物価目標が2%のなかで、日本が仮に1%にすると、長期的には円高傾向が続く。そのため、製造業は日本からどんどん出ていくだろう。日本はデフレが長く続き、デフレリスクが非常に大きい。いったんデフレになったら脱却するのは非常に難しいことが分かったはずだ。デフレに陥らないための「のりしろ」としてもインフレ率を上げておかなければならない。



◎そんな簡単な話?

世界標準の物価目標が2%のなかで、日本が仮に1%にすると、長期的には円高傾向が続く」と断言しているのが引っかかった。これが本当ならば、中央銀行は物価目標を動かすだけで簡単に為替相場の長期的なトレンドを決められる。
久留米市立久留米商業高校 ※写真と本文は無関係です

自国通貨安に対応する必要が生じた新興国などに教えてあげたらどうか。「通貨安に悩んでいるんですか。そんなの簡単に解決できます。試しに物価目標を0%にしたらどうですか。長期的には通貨高となりますよ」と。

もちろん、そんな簡単な話ではないはずだ。実際のインフレ率は為替相場に影響するとは思う。長期的に物価上昇率2%のA国と1%のB国で比べればB国の通貨が高くなりやすいのは道理だ。だが「物価目標」で決まるとは考えにくい。目標だけ2%で揃えても、実際の物価上昇率が低ければ通貨高を招く。

次に「就任時に『2年で2%に達しなかったら辞任する』と国会で答弁しながら、辞任しなかった理由は」という問いへの答えを検証したい。


【エコノミストでの岩田氏の発言】

何度も同じ質問をされるが、私はそうは言っていない。国会では、「どういう責任をとればいいのかはよくわからないが、最高の責任のとり方は辞任だ」と言ったので、「2年で2%に達しなかったら、その理由が何であれ、直ちに辞任する」とは言っていない。

責任のとり方は、責任の所在によって違う。消費増税や原油価格下落の下でも、2年で2%を達成できるような代替策があったのであれば、私の政策選択の誤りのために2年で2%に達しなかったことになる。その場合は、最高の責任のとり方である辞任を選ぶ。これは責任のある立場にある人にとっては、当たり前の話ではないか。

ところが、日本では、どれほど自分に責任があっても辞職しないのが普通のため、私の発言が珍しがられて、「最高の責任のとり方」という部分を飛ばして、「2年で2%に達しなかったら(達しなかった理由がどうであれ)辞任する」と言った、という報道や批判が絶えないのは、はなはだ遺憾だ。


◎「消費増税や原油価格下落」のせい?

消費増税や原油価格下落の下でも、2年で2%を達成できるような代替策があったのであれば、私の政策選択の誤りのために2年で2%に達しなかったことになる」との弁明に無理がある。繰り返すが「『自分達のせいではない。他の要因によるものだ』と、あまり言い訳をしない」と就任会見で岩田氏は述べていた。なのに、ここでも「消費増税や原油価格下落」という「他の要因」のせいにしている。

他の要因によるものだ」と言い訳をせず、2年で2%を達成できなかった時の「最高の責任のとり方は辞任だ」との考えであれば、やはり2年経過時点で辞任すべきだ。「2%を安定的に達成する前に、消費増税すれば、2年で2%を達成することは不可能だ」と確信していたのならば(怪しい気もするが…)、増税が避けられないと判断した時点で辞めるのが筋かもしれない。

もう少し岩田氏の言い訳を詳しく見ていこう。

【エコノミストでの岩田氏の発言】

私が言いたかったのは、自分は職に拘泥しておらず、報酬や名誉のために副総裁を務めるわけではないということだ。元々、13年3月末で大学を定年退職した後は好きに暮らそうと思っていた。20年以上もの間、デフレを放置してはダメだと言い続けてきたのに、日本の多くの学者やエコノミストたちは日銀を批判せず、政策金利がゼロになると、金融政策には物価を引き上げる力はない、という金融政策無効論を主張し続けていた。そのため、私は日本国民に絶望していた。

副総裁に任命されても、なるべく早く、できれば2年より前に目標を実現させて辞めたいと思っていた。欧州ではインフレ目標をほぼ2年で達成している。しかし、量的質的金融緩和を始めて1年しかたたないうちに実施された消費増税と原油価格の長期にわたる大幅下落の下で、20年間も続いたデフレを2年で終わらせて、インフレ率を2%に引き上げることは、無理な話だ。

今から思えば、原油価格の下落はどうしようもない外的要因だが、消費増税については、実施前に「2%を安定的に達成する前に、消費増税すれば、2年で2%を達成することは不可能だ」とはっきり言うべきだった。「日銀副総裁は、財政再建の手段に対しては、中立を守るべきだ」との信念から、中立を守ったことを悔やんでいる


◎「悔やんでいる」なら…

中立を守ったことを悔やんでいる」のならば、なおさら早く辞任すべきだったのではないか。「消費増税すれば、2年で2%を達成することは不可能」「自分は職に拘泥しておらず、報酬や名誉のために副総裁を務めるわけではない」「日銀副総裁は、財政再建の手段に対しては、中立を守るべきだ」「(2年で2%を達成できないときの)最高の責任のとり方は辞任」という4つの条件から、ベストな選択を考えてみよう。
甘木公園の桜(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係

答えは「増税の実現が濃厚になったと判断した時点での辞任」だ。増税となれば「2年で2%を達成することは不可能」となる。それを訴える上では「日銀副総裁は、財政再建の手段に対しては、中立を守るべきだ」との信念が妨げになる。だが、黙っていたら「2年で2%」は達成できない。だったら、辞めて自由に発言すればいい。元々「職に拘泥して」はいないはずだ。

そうすれば「2年で2%を達成する」可能性が多少は高まるし、達成できなくても「最高の責任のとり方」はできる。なのに「2年で2%を達成することは不可能」だと確信してから何年もダラダラと職にとどまったのだから、「職に拘泥して」いると見られても仕方がない。

無理のある正当化は他にもある。

【エコノミストでの岩田氏の発言】

理論も、それに基づいた金融政策も正しかったと思っており、我々が採用した金融政策以外のデフレ脱却の金融政策はないと考えている。理論とそれに基づく政策の妥当性は、代替案との比較で評価されるべきもので、代替案のない批判は無意味だ。我々の金融政策は理論通りには進んでいるが、既に述べたさまざまな逆風が吹いて、2%の達成に時間がかかっている。

さらに、国内総生産、実質雇用者報酬、失業率、有効求人倍率、正規社員有効求人倍率、新卒の就職状況、経済的理由による自殺者数の大幅減少など、どの指標をとっても、20年間も続いたデフレ期と比べれば、この5年間で大きく改善している。2%を達成しないことだけをもって、量的質的金融緩和やイールドカーブ・コントロール政策は失敗だと主張するのは妥当ではない。そもそも、2%の物価安定を目標にしているのは、これらの経済指標を改善するためであるから、我々が採用した金融政策は効果的だったといえる。


◎だったら、そちらを目標にしたら…

自分の勉強不足かもしれないが、「2%の物価安定を目標にしているのは、これらの経済指標を改善するため」という話は初めて聞いた。だったら、そちらを目標に掲げるべきではないか。

「今季は30本塁打を達成する」と公言したプロ野球選手が、シーズン終了後に「本塁打は10本しか打てなかったけど、チームは昨季の最下位から3位に上がった。だから、やはり30本塁打という目標を掲げたのは効果的だった」と言い訳しているようなものだ。だったら最初から「チームのAクラス入りに貢献する」とでも宣言すべきだ。

推測だが「国内総生産、実質雇用者報酬、失業率、有効求人倍率、正規社員有効求人倍率、新卒の就職状況、経済的理由による自殺者数の大幅減少」と並べたのは、改善した経済指標を後になって見つけて並べただけだろう(「経済的理由による自殺者数」を「経済指標」とするのは抵抗があるが、ここでは論じない)。

実質雇用者報酬」を入れて「実質賃金」は外している辺りに、後付けの正当化の臭いがする。「実質賃金」が伸びなくても「実質雇用者報酬」が増えれば「金融政策は効果的」との結論になるのか。だったら最初にそう宣言しておいてほしい。岩田氏の主張はご都合主義が過ぎる。

代替案のない批判は無意味だ」と岩田氏が言うので、素人なりに「代替案」を提示すると、日本で起きた程度のマイルドなデフレならば放置でいい。個人的には物価上昇率2%よりもマイナス2%の方が嬉しい。日本では年間の物価下落率が2%を超えたことはないのだから、幕引きが困難となるような強引な金融緩和は必要ない。

岩田氏の考えでは「予想インフレ率が2%で安定した段階で金利を緩やかに上げていくのが、出口だ」となる。つまり出口の手前では実質金利がマイナス2%に達する。これは怖い。外貨建て資産はあまり持ちたくないが、実質金利のマイナスが大きくなると、さすがに円資産を減らすしかない。そういう状況に陥らないことを祈りたい。


※今回取り上げた記事「出口の迷路 金融政策を問う(34)インタビュー岩田規久男前日銀副総裁『リフレ理論も政策も正しい、だが逆風で時間がかかる』 」
https://www.weekly-economist.com/20180612bojexit34/


※記事の評価はB(優れている)。構成を担当した黒崎亜弓記者への評価は暫定D(問題あり)から暫定Bへ引き上げる。聞き手の藤枝克治編集長も高く評価したいところだが、間違い指摘の無視を続けている責任を重く見てF(根本的な欠陥あり)評価とする。6月5日号の「株主総会直前! ここが変だよ企業統治~増配・自社株買い 株主重視より増配のおかげ 減益局面では通用せず」という記事では「増配のおかげ」という見出しが明らかに間違っていた。これに関する指摘を無視した上に次号に訂正も載せなかったので、編集の責任者である藤枝編集長の責任は免れないと最終的に判断した。この件に関しては以下の投稿を参照してほしい。

「増配は増配のおかげ」? 週刊エコノミストの誤り
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_29.html

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