2017年8月16日水曜日

ファイザーの研究開発費は「1兆円」? 日経 中山淳史氏に問う

16日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「Deep Insight~物理と化学 融合の先に」という記事(筆者は本社コメンテーターの中山淳史氏)は大きなテーマに取り組んだ意欲作ではある。だが、上手く書けているとは言えない。まずは、不正確と思える記述から見ていきたい。この件では日経に問い合わせを送ったので、その内容を見てほしい。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

「Deep Insight~物理と化学 融合の先に」という記事についてお尋ねします。記事には「興味深いのは、IT(情報技術)産業を代表する米国のグーグルやアップル、アマゾン・ドット・コムが研究開発に毎年1兆円を投じる一方で、医薬品の米ファイザーや、中外が経営統合したスイスのロシュ・ホールディングも同額を研究に充てている点だ」との記述があります。これを信じればグーグル、アップル、アマゾン・ドット・コム、ファイザー、ロシュ・ホールディングの研究開発費はいずれも約1兆円のはずです。

2016年の研究開発費(AnswersNews調べ)を見ると、ロシュは117億6300万ドル(1兆2685億円)ですが、ファイザーは78億7200万ドル(8502億円)に過ぎません。これではファイザーは研究開発費に1兆円を充てているとは言えません。また、記事の書き方からは5社の研究開発費がほぼ同水準に収まっている印象を受けますが、117億ドルと78億ドルでは大差があります。

ファイザーに関して「同額(1兆円)を研究に充てている」との記述は誤りと判断してよいのでしょうか。正しいとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。


◎説明が雑すぎる

上記の件で日経からの回答はないだろう。2017年にファイザーが1兆円規模の研究開発を計画しているかもしれないので、記事の説明を誤りと断定するつもりはない。だが、問題のくだりの説明が不正確なのは間違いない。
豪雨被害を受けた筑前岩屋駅(福岡県東峰村)
       ※写真と本文は無関係です

まず「グーグルやアップル、アマゾン・ドット・コムが研究開発に毎年1兆円を投じる」との記述が怪しい。3社の研究開発費が何年にもわたって「1兆円」にきちんと収まるとは考えにくい。「毎年」というのも正確さに欠ける可能性が高い。創業当初から3社とも「研究開発に毎年1兆円を投じ」ているなら分かるが…。

こういう数字は丁寧に書いてほしい。例えば「2016年までの10年間は研究開発に年間1兆円以上を投じてきた」などとなっていれば、きちんと説明している印象を受ける。

他にも気になった点があったので指摘しておく。中山氏は量子コンピューターに関して以下のように書いている。

【日経の記事】

(計算速度が)仮に、1億倍が可能になれば、1千日以上かかった演算処理が1秒ですむことになり、たいへんな進歩だ。半分の5千万倍でも一変するのはケミカル探索の世界だけではなかろう。例えば、本来の「化学」領域では、これまで何年もかかった化合物開発のための実験が短期間の計算やシミュレーションで済ませられるようになる。「内燃機関が生まれた19世紀末、インターネットが登場した1980年代に匹敵する変化が、物理学由来の技術革新によって2020年代に起こる」と化学大手JSRの小柴満信社長はみる。

◇   ◇   ◇

上記の説明はその後の記述と辻褄が合わない。

【日経の記事】

富士通研究所(川崎市)の佐々木繁社長は「今ほど(両分野が)お互いを必要とし合っている時期はない。物理側は情報(データ)の格納、伝送、処理のあらゆる段階で近い将来、技術的な限界に突き当たる。突破口を見つけるには化学と物理が融合したマテリアルズサイエンス(材料工学)の知見が不可欠になる」と話す。


◎量子コンピューターでも「限界」に?

最初の量子コンピューターの話では、これまでの常識を超えた新たな時代が来そうな感じだ。しかし、「富士通研究所(川崎市)の佐々木繁社長」によると「物理側は情報(データ)の格納、伝送、処理のあらゆる段階で近い将来、技術的な限界に突き当たる」らしい。だとしたら、量子コンピューターの話はどう理解すればいいのか。「1千日以上かかった演算処理が1秒ですむ」ような技術革新が起きつつあるのではないのか。

技術的な限界に突き当たる」から「突破口を見つけるには化学と物理が融合したマテリアルズサイエンス(材料工学)の知見が不可欠になる」と訴えたいのであれば、量子コンピューターなどによって大きな技術革新が起きつつある現状を描くのではなく、「物理側」で「技術的な限界」に直面している姿を描く必要がある。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~物理と化学 融合の先に
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170816&ng=DGKKZO20021680V10C17A8TCR000

※記事の評価はD(問題あり)。中山淳史氏への評価もDを据え置く。

追記)結局、回答はなかった。

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