2017年7月31日月曜日

どこに「自己否定」? 日経 石鍋仁美編集委員「経営の視点」

看板に偽りありと言うべきだろう。31日の日本経済新聞朝刊企業面に載った「経営の視点~グリコ、おしゃれな『健康アイス』 自己否定からヒット商品」という記事は、肝心の「自己否定」が見当たらないし、「ヒット商品」かどうかも怪しい。石鍋仁美編集委員が書いた記事を見ながら、そうした点を検証したい。
九州北部豪雨で冠水した国道386号(福岡県朝倉市)
        ※写真と本文は無関係です。

【日経の記事】 

江崎グリコが今年発売したアイスクリーム「SUNAO(スナオ)」シリーズが売れている。特徴は低糖質と低カロリー。前身となる健康志向アイスに比べ売上高は倍増したそうだ

◎それで「ヒット」と言える?

江崎グリコが今年発売したアイスクリーム『SUNAO(スナオ)』」が「ヒット商品」かどうかを探る材料は「前身となる健康志向アイスに比べ売上高は倍増した」ことだけだ。この材料から「ヒット商品」だと結論付けられるだろうか。

まず、販売数量や販売金額には触れていない。「前身となる健康志向アイス」の販売が振るわなかった場合、リニューアルして売上高が「倍増」したとしても、「ヒット商品」と言えるような販売規模ではない可能性が十分にある。

また、リニューアルして広告宣伝などに力を入れれば、「前身となる」商品を上回る売り上げでスタートするのは当然だと思える。例えば、自動車でモデルチェンジした車種の発売直後の売り上げがモデルチェンジ直前の2倍になった時、それだけで「ヒット商品」誕生と断定できるのか。

結局、「スナオ=ヒット商品」と信じるべき根拠は見当たらない。

次に「自己否定」について検証しよう。

【日経の記事】

出発点は「アイスを食べる罪悪感、うしろめたさの払拭」だったと、開発を担当した健康事業・新規事業マーケティング部の原田祐輔氏は振り返る。

アイスクリームという商品の魅力のもとは砂糖の甘さとミルクのコクにある。新商品では、この2つを極力避けた。いわばアイスという商品の自己否定だ。砂糖は一切使わず、豆乳などを用いることで糖質は通常の半分、カロリーは3分の1に抑えた。

しかし、健康にいい食品でも、おいしく、おしゃれでなければ、広範な支持は得られない。脱脂濃縮乳など素材の工夫で後口のよい甘みとコクを確保。パッケージデザインも写真に撮り友人に自慢できる「インスタ映え」するものに一新。時には甘い物を素直に楽しもうという呼びかけに「スナオ」と名づけた。


◎これで「自己否定」?

スナオ」に関して「いわばアイスという商品の自己否定だ」と石鍋編集委員は述べている。だが、これは「前身となる健康志向アイス」と大差ない気がする。
九州北部豪雨後のJR日田彦山線の陸橋
(福岡県東峰村)※写真と本文は無関係です

否定したのは「砂糖の甘さとミルクのコク」で「砂糖は一切」使っていないという。ただ、砂糖不使用は前身の「カロリーコントロールアイス」も同じだ。「糖質は通常の半分」というのもほぼ同じ。カロリーも「80キロカロリー」で変わっていない。

ミルクのコク」についても「脱脂濃縮乳など素材の工夫で後口のよい甘みとコクを確保」しているのであれば、「アイスという商品の自己否定」とまでは言い切れない。「ミルク」は使っているし、「コク」も確保している。

ついでに言うと「パッケージデザインも写真に撮り友人に自慢できる『インスタ映え』するものに一新」という説明も引っかかった。個人的には、普通のカップ入りのアイスにしか見えない。これを多くの消費者が「『インスタ映え』する」と感じるのだろうか。

この記事には他にも引っかかる点があった。いくつか紹介しておこう。

【日経の記事】

第3に社内でのカニバリズム(共食い)をおそれなかったことも指摘できる。新商品を開発した新規事業部門は終始、既存のアイスクリーム部門に応援してもらったという。開発の中心となる原田氏が直前までアイス部門に在籍していたことがプラスに働いた。

既存部門と新規部門の関係がこじれると、うまくいくものもダメになる。実際には、スナオを置いた小売店ではアイス全体の売り上げが伸びた。共食いではなく市場が拡大したのだ。

◎「カニバリズム」心配の必要ある?

グリコのホームページで「カロリーコントロールアイス」を見ると「カロリーコントロールアイスは、SUNAOに生まれ変わりました」と出てくる。既存商品を新商品に置き換えるのだから「社内でのカニバリズム(共食い)をおそれなかったこと」は当然で、恐れる方が不思議だ。「カロリーコントロールアイス」と「スナオ」が同時に市場を奪い合うのならば話は別だが…。
九州北部豪雨で流されたJR久大本線の陸橋
    (大分県日田市)※写真と本文は無関係です

高齢化や人口減をただ嘆くのではなく、かといって安易に健康志向に乗るだけでもない。手のひらサイズのカップに、逆風下の経営への教訓が詰まっている」と石鍋編集委員は記事を締めている。だが、ヒットしているかどうか怪しい商品を乏しい根拠に基づいて持ち上げているようにしか見えなかった。


※今回取り上げた記事「経営の視点~グリコ、おしゃれな『健康アイス』 自己否定からヒット商品
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170731&ng=DGKKZO19439100Q7A730C1TJC000


※記事の評価はD(問題あり)。石鍋仁美編集委員への評価はC(平均的)からDへ引き下げる。石鍋編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

「シェアリング」 日経 石鍋仁美編集委員の定義に抱いた疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_88.html

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