筑後川昇開橋(佐賀市・福岡県大川市) ※写真と本文は無関係です |
【日経の記事】
格差の大元には、ある組織の存在がある。社会保険診療報酬支払基金。なじみが薄いこの組織は医療費の「番人」ともいえる。
健康保険組合などに代わって医療費の請求が適正か調べ、病院などに報酬を払う。総医療費の4分の1に当たる約11兆円を審査する。1カ月に8千万件をチェックするというから、その作業量は膨大だ。
取材を進めると妙な事実が浮かんできた。国民皆保険制度が始まって半世紀以上たつにもかかわらず、都道府県ごとに医療保険からの支払いが認められる投薬や検査が異なる可能性があるのだ。支払基金に聞くと、全国共通の審査ルールは約14万9千件あり、都道府県の独自ルールは約42万6千件に上ることを認めた。
住んでいる場所によって審査を通る明細が異なる。たとえ隣り合う都道府県でも不思議な事態が起こりうる。首都圏の大病院の担当者は「東京と千葉で疾病や習慣の違いがあるとは思えない」と首をひねる。
独自ルールの裏には47の基金支部があり、組織を維持するために相応のお金が投じられている。約3千万人の加入者を抱える健康保険組合連合会(健保連)は2014年度に審査料を166億円支払ったが、審査で減額できたのは110億円。56億円の持ち出しとなり、担当者は「『赤字』が大きすぎる」と憤る。
支払基金はどう考えるのか。審査担当幹部は「疾病などの地域差を考慮して審査している。コスト削減の視点では医療全体がゆがむ」と反論する。支部での審査を担うのは地元の医師。同業者が審判役を務める。既得権の影もちらつくが、日本医師会の松原謙二副会長は「制度維持のためのボランティアだ」と語る。
医療費の明細は電子化が進み、多数の拠点に頼らずとも審査は可能ではないのか。負担が膨らむなか、番人もそれにふさわしい姿を示すときが来ている。
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「医療費の請求が適正か」調べる「社会保険診療報酬支払基金」の中に「47の基金支部があり」、「都道府県の独自ルールは約42万6千件に上る」らしい。取材班ではこれを問題視しているが、「独自ルールがあるから差し戻し率に差が生じる」との分析には疑問が残る。
ゲント(ベルギー)のフランドル伯爵城 ※写真と本文は無関係です |
病院はルールに精通しており、全ての過大請求は病院が不正に利得を得ようとしたものと仮定してみよう。そしてモラル最低のA県とモラル最高のB県があるとする。A県の不適切請求率は10%で、B県は1%だ。両県では請求を認めるかどうかのルールが若干異なる。
ここからルールを統一したらどうなるか。極端なルール変更でない限り、両県の「格差」に大きな変化は生じないだろう。格差が生じるのはモラルの差であり、ルール変更でモラルが大きく変わるとは期待できない。
では、全ての過大請求が故意ではなく、うっかりミスだった場合はどうか。これも同じだ。うっかり率が高い県はルールを統一しても、やはりミスが多いはずだ。
「独自ルールは必要ない」との主張は理解できる面もある。だが、そこに「格差」の原因を求めるのは無理がある。都道府県によってモラルやうっかり度に差があるならば、過大請求の割合に差が生じるのは当然だ。どうしても格差をなくしたいならば、モラルやうっかり度をならすように働きかけた方がいい。
ただ、それに意味があるとは思えない。過大請求率に都道府県で差があるとしても、それをチェックしてきちんと差し戻しているのならば、無駄な支出は生じない。差し戻し率は「高ければいい、低ければダメ」という類の数字ではない。真の過大請求が10%あるのに2%しか差し戻していない場合と、真の過大請求が1%で差し戻し率も1%の場合、どちらが適正にチェックできているだろうか。
ついでに、他にも気になった点があるので指摘しておく。
◎「56億円の持ち出し」?
「審査料を166億円支払ったが、審査で減額できたのは110億円。56億円の持ち出し」だから、担当者は「『赤字』が大きすぎる」と憤っているらしい。しかし、これは憤る方がおかしい。理由は2つある。
大分県日田市豆田町 ※写真と本文は無関係です |
まず「真の過大請求」が110億円だと仮定しよう。この場合、憤って意味があるだろうか。真の過大請求が110億円ならば、ベストの対応は審査による110億円の減額だ。審査料を所与のものとした場合、憤られても困る。
さらに言えば、審査料の「166億円」が高いかどうかは、審査がなかった場合と比較すべきだ。審査があると過大請求が110億円にとどまり、審査を無くすとやりたい放題になって1000億円に達するとしよう。この場合、審査の価値は890億円だ。「審査料を166億円」払う価値はある。
◎誰に「審判役」を務めさせたい?
「支部での審査を担うのは地元の医師。同業者が審判役を務める。既得権の影もちらつく」と述べている。だとして、取材班では誰に「審判役」を務めさせたいのか。
社会保険診療報酬支払基金のホームページには「個々の診療行為が保険診療ルールに適合しているか否かを確認する審査は、これら機械的に判断できないものも多いことから、個々の症例において医師等の専門家の目による医学的判断が必要となる」と記している。そういう判断の場から医師を除外して、どう人材を確保するのか。そこを詰めずに「同業者が審判役を務める」ことを問題視しても説得力は乏しい。
付け加えると、基金のホームページには「審査委員会は、医師、歯科医師及び薬剤師の専門集団」と出ていた。記事の書き方だと、審査を担うのは「地元の医師」のみに見える。実際には薬剤師も入っているのではないか。
※記事の評価はD(問題あり)。今回の連載については以下の投稿も参照してほしい。
「格差是正が必要」に無理あり 日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_16.html
※昨年12月連載の「砂上の安心網」については以下の投稿も参照してほしい。
「2030年に限界」の根拠乏しい日経1面「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030.html
第2回で早くも「2030年」を放棄した日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030_20.html
「介護保険には頼れない」? 日経「砂上の安心網」の騙し
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_21.html
日経朝刊1面連載「砂上の安心網(4)」に見えた固定観念
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_62.html
どこが「北欧流と重なる」? 日経1面「砂上の安心網(5)」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_42.html
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