2017年1月7日土曜日

そもそもファストリは「渡り鳥生産」? 日経「断絶を超えて」

日本経済新聞朝刊1面で連載している「Disruption 断絶を超えて」も6日で第5回を迎えた。今回の「なくなる『世界の工場』 渡り鳥生産からの卒業」という記事も、相変わらずの苦しい中身になっている。具体的に見ていこう。
角島大橋(山口県下関市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

あるはずの縫い目のないセーターやワンピースが、淡路島を望む和歌山市内のニット工場で次々に編み込まれている。

ファーストリテイリングがニット編み機世界最大手の島精機製作所と共同で昨秋設けたイノベーションファクトリー。

「世界最高の技術」。柳井正会長兼社長がほれ込む島精機と取り組むのは、これまで手つかずだった生産技術の革新だ。柳井氏は「(今自分たちが)変わらなければ産業がなくなる」という強い焦りを感じている。

背景にあるのはファストリの成長を支えてきた低賃金の国に生産地を移す渡り鳥生産の断絶だ。

米ボストンコンサルティンググループによると、2015年時点で中国の製造コストは人件費の高騰などで米国を100とすると95に達した。先行きの厳しさからファストリは昨秋、20年度に5兆円をめざす売り上げ目標を撤回。島精機との協業には生産技術に磨きをかけることで商品価値を高め、人件費の増加を吸収する狙いがある。


◎疑問その1~「渡り鳥生産の断絶」?

まず、ファストリは「低賃金の国に生産地を移す渡り鳥生産」をこれまで続けてきたのかが疑問だ。ベトナムやバングラディシュでも生産しているようだが、ファストリがメジャーになった1990年代から中国生産のイメージが強い。主な生産国が何十年も中国ならば「渡り鳥生産」とは言い難い。

また、中国の「人件費の高騰」で「渡り鳥生産の断絶」が起きるとの説明も不可解だ。中国がダメならば、ベトナムやミャンマーへ、アジアがダメならアフリカへというのが「渡り鳥生産」ではないのか。世界中を探しても生産地を移せる「低賃金の国」がないのならば「渡り鳥生産の断絶」と呼ぶのも分かる。しかし、記事では米国との比較で中国の競争力の低下を説明しているだけだ。


◎疑問その2~ファストリは国内回帰?

記事を素直に解釈すると、ファストリは「渡り鳥生産の断絶」を受けて中国生産から撤退し、国内で「商品価値を高め」て生き残りを図るのだろう。だが、常識的には考えにくい。「渡り鳥生産」で生産国を色々と移してきたが、今後は人件費が高くても中国に腰を据えると解釈できなくもないが、記事中に決め手となる記述はない。

ファストリの事例の後に「渡り鳥をやめ本国に戻ろうとする会社もある」と書いているので、ファストリは「本国に戻ろうと」はしていないのだろうが、何とも分かりにくい。

その「本国に戻ろうとする会社」の話にも問題がある。

【日経の記事】

渡り鳥をやめ本国に戻ろうとする会社もある

スポーツ用品の世界大手、独アディダスが見据えるのは人件費に左右されない生産体制だ。

ドイツ南部アンスバッハ。アディダスは本社近くに設けたスピードファクトリーで24年ぶりに靴の国内生産を再開する。

人手頼みだった工程の見直しを可能にしたのは、産業用ロボットや、あらゆるモノがネットにつながるIoTをフル活用する第4次産業革命だ

「アジアから6週間かけて欧州に運んでいたのでは間に合わない」。新興国頼みの生産に異議を唱えたのは前社長のヘルベルト・ハイナー氏。「消費者ニーズは多様化し、流行の移り変わりも速まっている」と説得、体制刷新にカジを切った。

アディダスがめざすのは、ロボットによる多品種少量生産だ。顧客が求める製品をいち早く提供。IoTで販売店と工場を直結し、店の在庫に応じて生産をきめ細かく調整し、ムダを極力なくす。米国でも近くロボット工場を稼働、日本でも新設する構想がある


◎疑問その3~「IoT」が要る?

店の在庫に応じて生産をきめ細かく調整し、ムダを極力なくす」のに「産業用ロボットや、あらゆるモノがネットにつながるIoT」が必要だろうか。店ごとの販売や在庫の状況を把握した上で生産品目や生産数量を指示できる情報システムがあれば十分ではないか。「IoTで販売店と工場を直結」と記事では書いているが、販売店と工場が情報を共有できるシステムを構築するだけではダメなのか。だとしたら、なぜ「IoT」が要るのかの説明が欲しい。


◎疑問その4~「本国に戻ろうと」してる?

渡り鳥をやめ本国に戻ろうとする会社もある」との記述の後に「独アディダス」が出てきたので、同社では生産をドイツに集約しようとしているのだと思ってしまった。記事を読み進めると「米国でも近くロボット工場を稼働、日本でも新設する構想がある」と出てくる。だとすると「本国に戻ろうとする」という説明は、間違いではないにしても誤解を招く表現だ。

連載もそろそろ終わりに近付いてきた。ツッコミを入れずにすんなり読める記事はまだ出ていない。このまま低位安定で終わってしまうのだろうか。


※記事の評価はD(問題あり)。

※今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

失敗覚悟? 「断絶」見えぬ日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post.html

第2回も予想通りの苦しさ 日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_3.html

肝心の「どう戦う」が見当たらない日経連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_5.html

「メガヨット」の事例が無駄な日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_25.html

最後まで「断絶」に無理がある日経連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_8.html

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