阿蘇山(熊本県阿蘇市) ※写真と本文は無関係です |
記事の全文は以下の通り。
【日経の記事】
夜の街から子どもが消えた――。年末年始、繁華街の見回りをしていた知人の防犯ボランティアにこんな話を聞いた。以前は盛り場をうろつき、飲食店やゲームセンターにたむろする中・高生の姿をよく目にした。それがここ数年で、すっかり見かけなくなったという。
少子化だけでは説明がつかない変わり様らしい。実際、警察による補導の件数なども大きく減っている。背景にはやはり、インターネットやスマートフォンの普及があるようだ。交流サイト(SNS)や通話アプリで連絡を取り合えばすむのだから、わざわざ深夜の街に繰り出して会う必要もない、ということなのだろう。
落ち合う場所は、親が外出している仲間の家が多いと聞く。飲酒や喫煙に及ぶこともあるようだ。「出会い」を求めて客を探す少女たちもまた、街頭ではなくネット上で誘いをかけている。外から見えにくくなった非行に危機感を強める警察は、一般人のフリをして彼女らに接触を試みるサイバー補導に力を入れはじめた。
だがなにしろネットの世界では、子どもたちの方が一枚上手なのだ。サイバーポリスの存在は先刻承知。不自然な受け答えがあれば、「こいつ、サイポリじゃね?」と即、拒絶されてしまう。IT(情報技術)の進展を追いかけるのは疲れるけれど、子どもたちを見守るため、大人社会にはスキルを磨き続ける責任がある。
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「盛り場をうろつき、飲食店やゲームセンターにたむろする中・高生の姿」を「ここ数年で、すっかり見かけなくなった」理由について、「背景にはやはり、インターネットやスマートフォンの普及があるようだ」と筆者は分析している。ネットやスマホの普及が「ここ数年」の話ならば、この分析を受け入れてもいい。しかし、スマホに限ってみても、普及は「ここ数年」の出来事とは言い難い。
その後の話の流れも奇妙だ。まず「交流サイト(SNS)や通話アプリで連絡を取り合えばすむのだから、わざわざ深夜の街に繰り出して会う必要もない、ということなのだろう」と説明してみせる。
だが、すぐに「落ち合う場所は、親が外出している仲間の家が多いと聞く。飲酒や喫煙に及ぶこともあるようだ」と辻褄の合わない話が出てくる。「交流サイト(SNS)や通話アプリで連絡を取り合えばすむ」のに、わざわざ「親が外出している仲間の家」で「落ち合う」必要があるのか。
単に子供たちのたむろする場所が「盛り場」から「家」に変わっただけではないのか。「インターネットやスマートフォンの普及」といった、もっともらしい理由をよく考えずに付けたりするから問題が生じてしまう。
さらに言うと、「外から見えにくくなった非行に危機感を強める警察は、一般人のフリをして彼女らに接触を試みるサイバー補導に力を入れはじめた」という説明にも時期の問題がありそうだ。
2014年2月27日の日経の記事に以下の記述がある。
【日経の記事】
サイバー補導は、警察官が身分を明かさずにやりとりし、実際に会って注意や指導をする。静岡県警が2009年から実施。昨年4月に10都道府県警が加わり、10月からは警察庁の指示により全国で導入された。
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この記事が正しければ、遅くとも2013年10月には警察が「サイバー補導に力を入れはじめた」と考えてよさそうだ。「力を入れはじめた」時期については、いくらでも弁明できるし、目くじらを立てる問題とも思わない。ただ、記事全体の出来が悪かったので、この辺りにも注文を付けたくなってしまう。
日経の場合、「春秋」の筆者だからといって、書き手としてのレベルが高いとは限らない。今回の記事からもそれが分かるはずだ。このまま手を打たずに完成度の低い記事を世に送り出してよいのかどうか、日経編集局の上層部はよく考えてほしい。
※記事の評価はD(問題あり)。
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