2016年12月14日水曜日

「インフレはドル高招く」と日経 河浪武史記者は言うが…

「米国でのインフレはドル安要因かドル高要因か」と問われれば、「ドル安」と答えるだろう。もちろん話は単純ではない。だが、「インフレ圧力が強まればドル高を招く」と断定されると「ちょっと待ってくれ」と言いたくなる。13日の日本経済新聞朝刊 景気指標面にワシントン支局の河浪武史記者が書いた「トランプ氏、雇用守れるか」という記事の全文を見た上で、インフレ圧力がドル高を招くかどうか考えてみたい。
佐嘉神社(佐賀市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

11月の米雇用統計は失業率が4.6%と約9年ぶりの水準まで低下、労働市場の好調さを裏付けた。ただトランプ次期米大統領が雇用維持にこだわる製造業は就業者の減少が続く。トランプ氏が声高に主張するように「米国に雇用を取り戻す」ことはできるのか。

米雇用統計発表の前日である12月1日、トランプ氏は米空調大手キヤリアのインディアナ州の工場を訪れ、メキシコ移転によって計画されていた工場の閉鎖と人員割削減を阻止したと高らかに表明した。「この国ではこれ以上の従業員削減は認められない、そう言ってやったんだ」。トランプ氏はキヤリアの親会社トップに電話で直接そう圧力をかけたことを堂々と明らかにした。

製造業の雇用減は、大統領選の大きな争点となった。「ラストベルト(赤さび地帯)」と呼ばれる中西部の製造業集積地で、トランプ氏は予想を上回る集票力を発揮し、番狂わせとされた勝利を呼び込んだ。「感謝ツアー」と銘打った1日からの遊説では、真っ先に中西部を訪問した。

トランプ氏の政治圧力で製造業の雇用減を食い止められるとの見方は少ない。製造業の雇用者数は2008年の金融危機前と比べ150万人も少なくなった。その主因は「生産工程の自動化だ」(フロマン米通商代表部代表)。15年の米国の輸出金額を00年と比べると、家電は約1.4倍、自動車は約2倍に増えており、米製造業が縮小したわけではない。企業は国際競争力を保つために省力化投資を進めており、製造業の雇用減は先進国共通だ

米経済の活力につながってきた労働者の移動を損ねるリスクもある。米労働市場は完全雇用に近づいており、伸び盛りの企業は人材確保のコストが上がっている。生産性の落ちた旧来型の産業から新興企業に人員が移らなければ、米経済は人手不足という成長の天井にぶち当たる。

トランプ氏の経済政策の多くはインフレ圧力を強める。それはドル高を招き、結果として米製造業の雇用をさらに脅かしかねない

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最終段落を見る限り「インフレ圧力の高まり→ドル高」と河浪記者は思い込んでいるようだ。しかし、教科書的に言えばインフレはドル安要因だ。極端なケースを考えれば分かりやすい。ハイパーインフレが米国で起きたらドル相場はどう動くだろうか。

ただ、河浪記者の気持ちも分からなくはない。推測すると「インフレ圧力が高まる→利上げが進む→高金利に釣られてドルが買われる」というルートを想定しているのだろう。これは間違いではない。米国でのインフレ圧力の高まりが利上げ観測を生みドル高が進行する局面も十分にあり得る。

だからと言って、当たり前のように「インフレ→ドル高」と書くのは問題だ。教科書的な動きではないのだから、そこはしっかりと背景を説明すべきだ。

ついでに言うと、ドル高は「インフレ圧力」を弱める働きがある。なので、「インフレ→ドル高」と動くとしても、ドル高が進めばインフレを抑えてドル高の原因自体を消す方向に力が働く。だとすれば「結果として米製造業の雇用をさらに脅かしかねない」と心配する必要は乏しくなる。

この記事には他にも気になる点があった。列挙してみる。

◎なぜ「輸出金額」で見る?

15年の米国の輸出金額を00年と比べると、家電は約1.4倍、自動車は約2倍に増えており、米製造業が縮小したわけではない」と河浪記者は書いている。なぜ「輸出金額」なのか。米国の製造業が縮小したかどうかを見たいのならば「生産金額」の方が適切だ。輸出が増えていても内需が落ち込んでいれば、「米製造業が縮小」している可能性は残る。

家電」と「自動車」にしか触れていないのも引っかかる。製造業全体の数字はないのだろうか。


◎「2008年の金融危機前」っていつ?

製造業の雇用者数は2008年の金融危機前と比べ150万人も少なくなった」と言われて、いつと比較しているか分かるだろうか。何となくは分かる。08年8月か07年12月が有力候補だとも思う。だが、断定できる材料は記事中にはない。こういう書き方は、できるだけ避けてほしい。


◎製造業の雇用減は続くはずでは?

トランプ氏の政治圧力で製造業の雇用減を食い止められるとの見方は少ない」「製造業の雇用減は先進国共通だ」と書いているのだから、「労働者の移動を損ねるリスクもある」と心配する必要は乏しいのではないか。トランプ氏がどうあがこうと製造業での雇用減少が続き、「生産性の落ちた旧来型の産業から新興企業に」人が移ると河浪記者は見ているのではないか。

これは書き方の問題でもある。「トランプ氏の思惑通りに雇用減を食い止められても、それはそれで厄介な事態を引き起こす」などと間に入れれば、記事としてはスムーズに流れる。


※記事の評価はD(問題あり)。河浪武史記者への評価も暫定でDとする。

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