和田倉噴水公園(東京都千代田区) ※写真と本文は無関係です |
その意味で8日の日本経済新聞 朝刊景気指標面に載った「黒田総裁の謎かけ戦術」というコラムは残念だった。筆者の菅野幹雄編集委員は以下のように書いている。
【日経の記事(全文)】
9月には何が出るのだろうか。黒田東彦日銀総裁が7月29日に示唆した金融緩和策の「総括的な検証」が市場関係者やエコノミストの想像をたくましくしている。
異次元緩和の導入と拡大、さらにマイナス金利の導入と、黒田氏は市場の裏をかいて大砲を放つ「びっくり戦術」を展開してきた。市場、企業と家計に対して日銀の気合を伝え、物価が上がる感覚を思い出させようとするショック療法だが、壁に突き当たっている。
7月緩和は質が違う。上場投資信託(ETF)の購入を年6兆円に倍増する措置を日銀は「金融緩和の強化」と名づける。2013年までの白川方明前総裁の時代に続いた小刻みな緩和と同じ言葉だ。戦力の逐次投入はしないと豪語した黒田氏が、就任3年余りで初めて小刻みな緩和を選んだ。
9月20、21日に開く次の金融政策決定会合で「総括的な検証」の公表を明言したのも、黒田流の「市場との対話」の変化を映す。
世界に目を転じればユーロ圏を託された欧州中央銀行(ECB)の総裁が、政策変更の前の会合で次の一手を示唆する手法をとっている。米連邦準備理事会(FRB)も政策金利の引き上げの方向をはっきりさせ、その時期に市場の関心を集中させている。
日銀も予告型に転じたのか。そう問うと、黒田総裁は「特定の政策を前提にしていない」と切り返す。それでも「何かがある」と思わせるには十分だ。マイナス金利の「びっくり緩和」が市場や金融機関を混乱させた教訓があろう。
いわば黒田流の謎かけ戦術だが、答えは黒田氏自身の頭の中にもまだ出ていないはずだ。
6月の生鮮食品を除く消費者物価指数は3年3カ月ぶりの落ち込み幅になった。これからは原油価格の持ち直しや賃金上昇の圧力が効いてくる。その力は十分か、世界経済の混乱が水を差さないかなど、チェックポイントは多い。
政策を判断する指標はいまのままでいいのか。いまの金融緩和策の利点と欠点をみたうえで、新たな政策をどう展開するか。黒田氏と市場の腹の探り合いが続く。
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日銀の金融政策に関してあれこれ話を並べた上での結論が「いまの金融緩和策の利点と欠点をみたうえで、新たな政策をどう展開するか。黒田氏と市場の腹の探り合いが続く」だ。これでは何も言っていないに等しい。金融政策の行方を探る市場の動きはこれまでもあったし、今後もなくなることはない。「腹の探り合いが続く」のは、菅野編集委員に教えてもらわなくても、初歩的な知識があれば誰でも分かる。
菅野編集委員は「9月に出る日銀の『総括的な検証』に絡めて記事を書くか」ぐらいの方針しか決めずに執筆したのだろう。これまでの流れをあれこれと綴ってそろそろ行数が埋まってきたところで「黒田氏と市場の腹の探り合いが続く」と適当に結んで記事を仕上げたのではないか。これでは編集委員という肩書を付けてコラムを書く意味がない。
日銀の「総括的な検証」という同じテーマでコラムを執筆しているのに、週刊ダイヤモンド8月13・20日号に載った「金融市場 異論百出~『大株主は日銀』の異常が多発 異次元緩和の検証は虚心坦懐に」は何を訴えたいかが明確になっていた。筆者は東短リサーチ代表取締役社長の加藤出氏だ。
加藤氏の記事の内容は以下の通り。菅野編集委員は自分のコラムと読み比べて今後に生かしてほしい。
【ダイヤモンドの記事(全文)】
日本銀行は、「マイナス金利付き量的質的金融緩和策」の効果を9月の金融政策決定会合で「総括的に検証」すると発表した。どのような結論となるのか、市場の観測は二分している。「新たなバズーカ緩和策の導入か」という期待の一方で、「マイナス金利を撤廃するのではないか」との見方もある。
実際に出てくるのはどちらでもないと考えられる。今回の「検証」における日銀の最大の狙いは、インフレ目標達成に向けた闘いを、短期決戦から持久戦に事実上シフトすることにあるだろう。
7月に日銀が公表した「経済・物価情勢の展望(展望レポート)」にも記載があったが、日本は実際に物価が上昇しなければ、人々のインフレ予想は高まらない傾向が強い。しかし、消費者物価指数でウェイトを占めるのは、公共料金や家賃関連など日銀の緩和策に短期的には反応しない品目で、インフレ率は上がりにくい。
一方、インフレ率のプラス幅は目標の2%から当面遠ざかっていくことが予想される。このままでは市場からたびたび追加緩和策を催促されてしまうが、その手段は実際のところ枯渇してきている。
「できるだけ早期に2%のインフレを目指す」という文言は、2013年1月に出した政府との共同声明にも記載されているため、公式には変えられない。せめて、海外の大半の中央銀行に倣って、運営上のスタンスとしてインフレ目標達成期間を微妙に「中期化」する印象を発し、市場の追加緩和要求の高まりを鎮めたいのだろう。
欧州中央銀行(ECB)や英国、スイスなどの中央銀行も2%近辺のインフレ目標を採用しているが、実際のインフレ率は大幅に低い状態が続いている。しかし、彼らは「中期的には目標に届くように頑張っています」と、おうような態度を取っている。現実的には、インフレ率を短期間に目標値へ誘導することは不可能だからだ。市場もそれを理解しているので、あまり攻撃を仕掛けない。
ところが、日銀だけが「短期的に達成してみせる。そのためにはちゅうちょなく、あらゆる手段を取る」と宣言しており、市場に攻められる構図に自ら陥っている。
7月の決定会合で日銀は、市場の期待に無回答ではまずいと思ったらしく、株価指数連動型上場投資信託(ETF)の購入額をほぼ倍増の年間6兆円にした。この決定を“小粒”と評する報道もあったが、これはすごい金額だ。外国人投資家全体でも、日本株を年間6兆円買い越すことは滅多にない。
また、米通信社ブルームバーグによると、4月時点ですでに日銀がETFの購入を通じて、かなりの数の企業で大株主になっていた。日経平均株価の構成銘柄である225社のうち、日銀が大株主の上位10位に入っている企業は9割弱もあり、テルモやヤマハなど上位3位のケースも6社あったという。
今回の増額により、来年には日銀が事実上の筆頭株主となる企業が増加しそうだ。ファーストリテイリング(ユニクロ)もいずれそうなるだろう。日銀が将来ETFを売却すると言ったら、それらの株は暴落する可能性があるため、出口政策は極めて難しい。
浮動株比率が小さい株の場合、価格は日銀によって大幅にゆがめられる。日銀は日本の市場における価格発見機能を次々と壊している。日本経済を社会主義化するかのようなこうした政策は本当に正しいのか、黒田東彦・日銀総裁の言葉通り、日銀政策委員会は「虚心坦懐」に検証する必要がある。
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「ETFの大量購入で市場を歪める日銀のやり方に問題がないのか、自分たちでしっかり検証しろ」と加藤氏は訴えている。主張は明確だし、結論に説得力を持たせるための材料提供も十分にできている。
「総括的な検証」の中身についても、「市場の観測は二分している」と紹介した上で「実際に出てくるのはどちらでもないと考えられる。今回の『検証』における日銀の最大の狙いは、インフレ目標達成に向けた闘いを、短期決戦から持久戦に事実上シフトすることにあるだろう」と予想している。
この予想は外れるかもしれない。だが、重要なのは、加藤氏がリスクを負って自らの見方を公表し、記事を構成している点だ。安全地帯に留まったままの菅野編集委員とは大きく違う。書き手としての覚悟の差が出ているのだろう。
日銀の金融政策の動向を理解する上で、読者がどちらの筆者に頼るべきかは明らかだ。菅野編集委員には、編集委員というもっともらしい肩書を付けて記事を書く意味をじっくり問い直してほしい。
※日経の記事の評価はC(平均的)。菅野幹雄編集委員への評価もCを維持する。ダイヤモンドの記事の評価はB(優れている)。加藤出氏への評価はA(非常に優れている)を据え置く。
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