熊本城(熊本市) ※写真と本文は無関係です |
【日経ビジネスの記事】
「ゆでガエル世代」--。
日経ビジネスは、今の50代をこう命名する。50代の読者にとっては、不愉快な話だろう。しかし、現状を冷静に分析すれば、そう指摘せざるを得ない。
カエルは熱湯に放り込むと驚いて飛び出すが、常温の水に入れ徐々に熱すると水温変化に気が付かず、ゆで上がって死んでしまう。この寓話はまさに、今の50代、とりわけ多くの男性の会社人生にそっくりだ。
彼らの会社人生はバブル経済到来とともに幕を開けた。数年後に30歳前後でバブルが崩壊。その後もITバブル崩壊やリーマンショックなど幾度となく危機が訪れた。ところが、「このまま安泰に会社員生活を終えられる」と、厳しい現実から目を背けてきた。そして50代になった今、過酷な現実を突きつけられ、ぼう然自失となっている。
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記事の分析が正しければ、今の50代は「水温変化に気が付かず、ゆで上がって死んでしまう(あるいは既に死んでいる)」はずだ。しかし、記事の説明とどうも合わない。
【日経ビジネスの記事】
「こんなはずじゃなかったのに」
今、多くの50代男性が、そんな思いにさいなまれている。原因の1つが、55歳前後の管理職から強制的にポストを剥奪する「役職定年制度」だ。バブル崩壊後の1990年代から大手企業の間で広がり始め、中央労働委員会が2009年に大企業218社を対象に調査したところ、約半数が既に役職定年制度を導入していたという。
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記事では何を以て「会社人生の死」としているのか不明なので、「出世競争からの脱落=会社人生の死」と仮定してみる。その場合、今の50代は「水温変化に気が付かず、ゆで上がって死んでしまう」人たちだろうか。
記事によると09年の段階で「(大企業の)約半数が既に役職定年制度を導入していた」らしい。だとしたら、よほどぼんやりしている人を除けば「水温変化」に気付いてしまう。そもそも、50代にもなれば出世競争で勝敗が明確になっているのは、就職した時点で分かるはずだ。役職定年制度があるのならば、いずれ役職を解かれて定年を迎えることも容易に予想できる。なのになぜ「水温変化に気が付かず、ゆで上がって死んでしまう」と表現したのか謎だ。
50代を「ゆでガエル世代」と名付けるならば、「自分の会社が10年前に役職定年制度を導入したのに気付かず働き続け、今年に入って制度適用の対象になって茫然とする50代男性」などの事例が欲しい。ただ、そうした事例はあっても特殊なので、それを50代全体に当てはめるのは無理があるが…。
こうした世代物の特集はどうしても無理のある内容になってしまう。理由は2つある。
まず、10年単位の世代ごとに明確な段差などない。今の49歳と50歳に大きな世代間格差があるならば、話は分かる。しかし、そうした例は極めてまれだ。ほぼないと言ってもいい。差と言う点では49歳と50歳よりも50歳と59歳の方が大きいだろう。しかし「50代は40代とは違う」と言い出すと、50歳は59歳と一緒にされて、49歳とは離されてしまう。
例えば80代と20代の比較ならばギャップは明確にあるだろう。だが、60代と50代を比べたり、50代と40代を比べると、差を明確にして論じるのは非常に難しくなる。
もう1つは個人差の問題だ。今回の特集で日経ビジネスは50代について「『このまま安泰に会社員生活を終えられる』と、厳しい現実から目を背けてきた」と言い切っている。しかし、現時点で既にリストラなどで職を失って困窮し、「安泰に会社員生活を終えられ」なかった人も多数いるだろう。会社員に見切りを付けて起業した人もいるはずだ。つまり個人差が非常に大きい。
なのに、こうした特集を組めば、一括りにして「今の50代はこうだ」と型にはめざるを得ない。「色々な人がいて一言では言えません」では話にならないからだ。だから、この手の特集を読んで「なるほど」と思えた試しがない。今回の特集もその例外ではなかった。
※特集の評価はD(問題あり)。担当者については、大竹剛記者、齊藤美保記者、小平和良記者への評価をDで据え置く。上木貴博記者と河野祥平記者は暫定でDとする。
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