2016年8月29日月曜日

日経1面トップ「4社に1社、公的マネーが筆頭株主」に注文

「なぜGPIFを加えて『公的マネー』にしたのか。日銀に絞ればいいのに…」というのが、29日の日本経済新聞朝刊1面のトップ記事「東証1部企業の4社に1社、公的マネーが筆頭株主 市場機能低下も」を読んで抱いた感想だ。そう思った理由はいくつかある。まずは記事の冒頭部分を見てほしい。
佐田川(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

「公的マネー」による日本株保有が急拡大している。日本経済新聞社が試算したところ、公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)と日銀を合わせた公的マネーが、東証1部上場企業の4社に1社の実質的な筆頭株主となっていることが分かった。株価を下支えする効果は大きい半面、業績など経営状況に応じて企業を選別する市場機能が低下する懸念がある。

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GPIFと日銀を合わせた主体を「筆頭株主」としているのが、まず引っかかる。GPIFと日銀はいずれも政府の支配下にはあるだろうが、一括りにしてよいほど一体とは思えない。複数の株主を合わせてよいのならば「公的マネー」は個別の株主ではなく「外国人」といった括りと比較する必要が出てくる。上場企業の株式の約3割は外国人が保有していると言われる。それでも「公的マネー」は「外国人」を抑えて「4社に1社」の筆頭株主になるのだろうか。

記事の続きをさらに見ていく。

【日経の記事】

GPIFは運用総額約130兆円の世界最大の年金基金。2014年に日本株の保有比率の目安を12%から25%へと大幅に引き上げた。日銀は金融緩和策の一環として上場投資信託(ETF)を買い入れている。7月29日に年間購入額を3.3兆円から6兆円へと倍増した。

GPIFと日銀は信託銀行などを通じて間接的に株式を保有し、株式名簿には記載されない。そこでGPIFによる保有銘柄の公表データや、日銀が購入するETFの銘柄構成比を組み合わせて独自に試算した。

GPIFと日銀を合わせた公的マネーは、東証1部の約1970社のうち4社に1社にあたる474社の筆頭株主となっており、日本株は「官製相場」の色彩が強まっている。TDK(17%)やアドバンテスト(16.5%)などで保有比率が特に高い。企業側からは「長期に保有してもらいたい」(横河電機)などの声が出ている。

東証1部全体でみると株式保有比率は7%強。国内の民間株主では最大の日本生命保険(約2%)を大きく上回る。政府の市場介入を嫌う風潮が強い米国では、公的部門の株式保有比率はほぼゼロ。国営だった企業が多く上場している欧州でも同比率は6%未満だ。

GPIFと日銀の株式保有額は3月末で約39兆円と5年前の11年3月末比で約25兆円増えた。この間に日経平均株価は約7割上昇し、株価の押し上げ効果は大きい。日銀がETFを年間6兆円買うと、「日経平均を2000円程度押し上げる効果がある」(野村証券の松浦寿雄チーフストラテジスト)という。

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記事の冒頭で「『公的マネー』による日本株保有が急拡大している」と宣言しているが、記事中のグラフを見ると、16年3月末の公的マネーによる株式保有金額は15年3月末に比べてわずかしか増えていない。GPIFは減っている。だからなのか記事では「GPIFと日銀の株式保有額は3月末で約39兆円と5年前の11年3月末比で約25兆円増えた」と5年前との変化を強調している。日銀に絞って数値を出せば、直近でも株式保有額が膨らんでいると示せたはずだ。

ついでなので、記事の終盤にも注文を付けておこう。

【日経の記事】

弊害も懸念されている。公的マネーは企業を選別せず、株価指数に沿って広く薄く投資するパッシブ運用(総合・経済面きょうのことば)が中心。その比率は日銀が9割超、GPIFも8割超にのぼる。

大量の資金を業績などに関係なく投じると、市場の「価格発見機能」が低下し、業績や経営に難のある企業の株価も下支えされて資金調達などを続けやすくなる恐れがある。市場からの退出圧力が働きにくくなれば、「経営の規律が弱まり、企業統治の面でも問題が大きい」と三菱UFJモルガン・スタンレー証券の芳賀沼千里チーフストラテジストは指摘する。

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この書き方だと、「公的マネーが企業を選別してアクティブ運用するのであれば問題はない」とも解釈できる。しかし、日銀のETF買い入れはあくまで金融緩和の手段のはずだ。なのにROEやPERを見ながら銘柄を選別して買い入れるようになったら、そっちの方が問題だと思うが…。

日銀のETF購入に関しては、週刊エコノミスト9月6日号にニッセイ基礎研究所チーフ株式ストラテジストの井出真吾氏が「市場を左右する“大株主”日銀」という記事を書いている。その一部を見てみよう。

【エコノミストの記事】

日銀は今年7月末時点で8.7兆円のETFを保有している。日本株のETFには主に、TOPIX連動型(7月末時点の時価総額5.7兆円)、日経平均株価連動型(同7.4兆円)、JPX日経400連動型(同0.6兆円)があり、それぞれに個別株の組み入れ比率が決まっている。この3つのタイプのETF時価総額に比例して日銀が買い入れ枠を配分していると仮定し、個別株の間接保有割合を試算。年間6兆円に拡大した場合、来年7月末時点でどのように変化するかも見た。

その結果、今年7月末時点でミツミ電機(11.2%)を筆頭に、5%超を保有する銘柄は27銘柄にのぼるが、1年後には87銘柄に増加。10%超は21銘柄となり、ミツミ電機に至っては20.6%と仮に直接保有なら持ち分法適用会社となる規模に相当する。

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エコノミストの記事は「日銀」に限定して保有比率を試算している。数字は7月末時点のもので、3月末の数字を用いた日経よりも新しい。日経もGPIFとの合算を選ばなければ、7月末の数字で記事を作れたはずだ。

エコノミストの記事は来年7月の保有比率を試算している点でも日経より優れている。「公的マネー」の株式保有の拡大に関して、最近の大きな動きは日銀のETF買い入れ枠拡大なのだから、これを反映させた数字があるのとないのとでは大違いだ。

1面のトップに据えるには「大きな数字」が必要だとの判断で、日経では日銀とGPIFの保有金額を合計したのだろう。だが、エコノミストの試算では「1年後には日銀が20銘柄以上で実質的に1割以上を保有」する。月曜朝刊の1面トップであれば、日経もGPIFを含めないこの数字で十分に記事を作れたのではないか。


※日経の記事に対する評価はC(平均的)。

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