2016年6月4日土曜日

「増税再延期を問う」でも問題多い日経 中山淳史編集委員

3日の日本経済新聞朝刊1面に載った「増税再延期を問う(中) 民力高める工夫はいつ」(筆者は中山淳史編集委員)は「増税再延期を問う」というより「成長戦略を問う」とでも言うべき内容だ。「増税再延期は本当に景気浮揚効果があるのか」「企業経営にとってプラスは大きいのか」など再延期を巡っては企業関連でも色々と論点があるはずだ。しかし、中山編集委員はそうした点を素通りして、政府に「成長戦略や構造改革」を求めるだけだ。
太宰府天満宮(福岡県太宰府市)※写真と本文は無関係です

しかも、この記事は他にも色々とツッコミどころが多い。中身を順に見ながら注文を付けていこう。

◎円安で「特需」発生?

【日経の記事】

「風がやんで等身大の姿に戻った」。先月、2017年3月期に4割もの営業減益になると発表したトヨタ自動車の豊田章男社長は記者会見でこう語った。

3年半にわたるアベノミクス。金融緩和に伴う円安の進行は企業活動に「追い風参考記録」(豊田氏)ともいわれる特需をもたらした

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安倍政権下での円安で輸出が劇的に増えたわけではない。通商白書2015では「2012年末以降、実質実効為替レートはようやく大幅な低下に転じたものの、我が国の輸出数量は増加に転じず、おおむね横ばいの動きを続けている」と書いている。数量が増えなくても為替相場が円安に動けば輸出企業の利益は大きくなる。しかし、それを「特需」とは言わない。「特需」があったのならば、「円安の進行」が輸出数量の大幅な伸びにつながっているはずだが…。

◎なぜ「12年6月末」と比較?

【日経の記事】

政府は法人税の実効税率も下げ、産業界が窮状を訴えた「6重苦」はかなり改善した。だが、アベノミクスは企業の創意工夫を生かす規制緩和や構造改革の勢いが不十分でもあった。

企業の資本効率を示す自己資本利益率(ROE)。安倍晋三政権になる直前の12年6月末は上場企業平均(金融除く株式時価総額で上位1千社)が5%弱にとどまっていたが、15年12月末には政府が「最低ライン」と言及した8%弱に改善した。だが欧米企業にはなお見劣りし「上昇分は円安と過去3年間の法人実効税率の引き下げ要因が大きかった」とSMBC日興証券の圷正嗣株式ストラテジストは指摘する。

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第2次安倍政権の発足は2012年12月だ。アベノミクスの成果を見るために上場企業のROEを「15年12月末」と比べるのであれば、起点は「12年12月末」が最適だろう。しかし、なぜか「12年6月末」と比べている。「12年6月末」が「安倍晋三政権になる直前」と言えるかも微妙だ。ご都合主義的なデータの見せ方ではないかとの疑念が深まる。

◎過当競争だと販管費が減らない?

【日経の記事】

伸び悩んだ原因は何か。同社の分析によれば、「人手不足で人件費が高止まりし、企業再編の停滞から過当競争も続いて販管費が低下しなかったため」(同)だという。

昨年起きた東芝の会計不祥事も元をたどれば企業再編の遅れが背景にあった。不採算事業を抱えつつ、問題解決を先送りする企業がまた現れるのは避けたい。企業が姿勢を正す一方で、再編を嫌がる会社や従業員をその気にさせるようなインセンティブを政府も考えてはどうか。「事業を売ったら法人税を減らすなどの制度があれば再編の起爆剤になる」と投資ファンド、KKRジャパンの平野博文社長はみる。

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過当競争も続いて販管費が低下しなかった」というコメントが理解できなかった。競争が激しいのであれば、普通は経費削減への圧力が強まるはずだ。しかし、なぜか「競争が激しいから販管費が減らない」と逆の説明になっている。これが正しければ、市場の独占によって大きな利益が得られるようになると、その会社には販管費を減らすインセンティブが強まるのだろう。ちょっと考えにくい。

推測だが、SMBC日興証券では「販管費が低下しなかった」ではなく「売上高販管費率が低下しなかった」と説明したのではないか。それを中山編集委員が誤解したと考えれば辻褄は合う。


◎「民泊」「相乗り」は「産業」?

シェアリングエコノミーや「インダストリー4.0」といわれるような新しい経済への対応もまだ足りない。

民泊の予約仲介サイトを運営する百戦錬磨(仙台市)の橋野宜恭最高財務責任者は「政府の対応が各国に比べて遅い」と話す。民泊では規制緩和を待たずに事業を本格化している企業も少なくなく、「順法意識から政府の法整備を待つ企業が割を食っている」という。

アプリで車の相乗りを仲介する米ウーバーテクノロジーズ。先月から自家用車で人を運ぶサービスを始めたが、認められたのは公共交通機関の空白地帯である京都府内の一部だ。タクシー業界の警戒感が強く、政府の対応もやはり後手に回る。

民泊も相乗りも世界では成長産業だ。米国では株式未公開ながら斬新な発想で企業価値を10億ドル以上に拡大した「ユニコーン」と呼ばれる企業群が勃興している。代表例が民泊のエアビーアンドビーやウーバーであり、時価総額世界一を競うアップル、グーグルなど既存勢力を脅かす存在だ

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民泊も相乗りも世界では成長産業だ」と中山編集委員は言うが、「民泊」や「相乗り」を「産業」の1つとして括るのは抵抗がある。「成長分野」ぐらいでいいのではないか。

代表例が民泊のエアビーアンドビーやウーバーであり、時価総額世界一を競うアップル、グーグルなど既存勢力を脅かす存在だ」という説明も引っかかる。これだとアップルやグーグルが民泊や相乗りでのトップランナーのように見える。

「脅かしているのは、時価総額に関してだ」と中山編集委員は言うかもしれない。しかし、企業価値で言えば、エアビーアンドビーやウーバーはアップルを「脅かす存在」ではないだろう。断定はできないが、桁が1つ少ない気がする。さらに言えば、「時価総額世界一を競うアップル、グーグル」の「グーグル」は「アルファベット(グーグルの親会社)」などとすべきだ。

◎「労働時間規制の見直し」で「人材を移す」?

【日経の記事】

日本でもそうした企業が次々に誕生し、新陳代謝を起こせば、稼ぐ力が増す。解雇規制や労働時間規制の見直しなども併せて進め、生産性の低い分野から高い分野に人材を移すような雇用改革にもつなげたい

日本の企業には将来の成長に向けた原資がないわけではない。上場企業の手元資金はアベノミクス前後で3割以上増え、100兆円を超えた。

ためるだけでは経済は活性化しない。政府が必要な成長戦略や構造改革を進めたうえで企業も技術革新につながる研究・開発や消費を促す賃上げ、投資を進める。

手をこまぬいている余裕はない。消費税率を10%に引き上げる19年10月まで40カ月。それまでに生産性を向上させ稼ぐ力を伸ばさなければ、増税への道筋は整わない。

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解雇規制や労働時間規制の見直しなども併せて進め、生産性の低い分野から高い分野に人材を移すような雇用改革にもつなげたい」と訴えているのだから「労働時間規制の見直し」には人材を流動化させる効果があると中山編集委員は判断しているはずだ。しかし、本当にそうだろうか。

労働時間規制の見直し」とは「残業代なしで長時間労働ができるようにすること」を指しているのだろう。「生産性の低い分野」も「高い分野」も見直しの対象になるはずなので、「生産性の低い分野から高い分野に人材を移す」効果はほぼないと感じる。「生産性の高い分野ではきちんと残業代を出すが、低い分野では残業代なしで長時間労働」となるならば話は別だが…。

上記のくだりは記事の結論部分に当たる。「増税再延期」に関しては結局、「手をこまぬいている余裕はない。消費税率を10%に引き上げる19年10月まで40カ月。それまでに生産性を向上させ稼ぐ力を伸ばさなければ、増税への道筋は整わない」と書いただけだ。これで「増税再延期を問う」という看板にふさわしい内容と言えるだろうか。


※記事の評価はD(問題あり)。中山淳史編集委員への評価はDを据え置く。中山編集委員に関しては「三菱自動車を論じる日経 中山淳史編集委員の限界」「日経 中山淳史編集委員は『賃加工』を理解してない?」「日経『企業統治の意志問う』で中山淳史編集委員に問う」も参照してほしい。

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