2016年5月3日火曜日

パナマ文書をほぼ論じない日経「パナマ文書が問う」(2)

日本経済新聞朝刊1面で3回にわたって連載された「パナマ文書が問う」の中で最も欠点が目立ったのが4月30日の「(上)いたちごっこどこまで 逃げる富、揺らぐ税の信頼」だ。記事に感じた問題点を挙げていく。

菜の花が咲くJR久大本線(福岡県久留米市)
               ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

世界の著名人らの税逃れを暴いた「パナマ文書」が国際社会を揺さぶっている。マネーと企業が世界を行き交うグローバル時代の税のあり方が今、問われる。

「顧客が動揺している。手を組もう」。東京都千代田区の弁護士事務所に米ニューヨークの大手法律事務所から電話が入った。4月のパナマ文書発覚以降、氏名公表を心配した富裕層からの問い合わせがやまない。節税を得意とする事務所が連携し、「脱パナマ」の節税網に顧客を取り込もうとしている。

パナマの法律事務所モサック・フォンセカの内部資料には約400人の日本人も含まれると報じられた

「日本は稼いだ人間が損をする」。高山透氏(仮名、51)は2年前から日本、香港、マレーシアを渡り歩いている。短期滞在を繰り返し所得税を逃れるためだ。税への不満はこんな「永遠の旅人」まで生んだ

相続などに悩む多くの事業オーナーらはタックスヘイブン(租税回避地)を使った節税に走る。マレーシアのラブアン島にはアジアなどから流れ込む富裕層のマネーが急拡大している。相続税がゼロのためだ。

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まず、「永遠の旅人」の事例紹介に意味がない。「パナマの法律事務所モサック・フォンセカの内部資料には約400人の日本人も含まれると報じられた」と書いた後に本題に入るのかと思えば、パナマ文書の問題と関係が薄そうな「永遠の旅人」が出てくる。海外への短期滞在を繰り返すから所得税を逃れられるのならば、滞在先が香港、マレーシアである必要があるのか。その辺りも記事からは分からない。それに、海外への短期滞在を繰り返して所得税を逃れようとする人の問題は、「パナマ文書が問う」ものではないと思える。

そもそも、なぜ「永遠の旅人」なのに高所得なのかも説明がない。しかも「永遠の旅人」にはわずかに触れただけで、今度は「マレーシアのラブアン島」に話が飛ぶ。事例を詰め込み過ぎて説明不足を連発するという日経の1面企画が陥りやすい失敗パターンに見事に嵌まっている。

日米の法律事務所が手を組むという話も奇妙だ。「4月のパナマ文書発覚以降、氏名公表を心配した富裕層からの問い合わせがやまない」から、氏名公表を食い止めたり、公表の可能性があるかを調べたりするというなら分かる。しかし、なぜか「節税を得意とする事務所が連携し、『脱パナマ』の節税網に顧客を取り込もうとしている」そうだ。今から「脱パナマ」に乗り出しても、氏名公表の危険性が減るわけではない。

それに、「パナマの法律事務所モサック・フォンセカの内部資料」が流出したのであれば、タックスヘイブンとしてパナマが危険で他が安全とも言い切れない。事務所単位の問題だろう。結局、この記事は最初から躓いてしまい、その後もなかなか立ち上がってこない。

以下の事例も不可解だ。

【日経の記事】

現実には日本でも財政悪化と格差拡大への批判を受けて政治が高所得者の税金を増やし、富裕層は国境を越えた節税で対抗した。税務当局もあの手この手だ。国税庁は5千万円超の海外財産を持つ人に報告を義務付ける国外財産調書を2014年1月から導入。資産家が海外移住する際に一定以上の株式含み益に所得税をかける出国税も始めた。

捕捉には限界もある。「4億~5億円の無申告財産を海外に持っている男性に修正申告を勧めたら二度と来なかった」。国税庁OBの税理士(57)は苦笑いする。海外資産の申告数は14年分が前年比47%増の8184人。財産総額は3兆1千億円強と2割強増えたが、「実感より1桁少ない」と別の国税庁OB。

節税自体は違法ではない。だが消費増税などで負担が増す中で、富裕層だけが特権を行使しているとみなされれば国民にしらけムードが広がり、税制の基盤である信頼が失われる。違法な脱税に近い「灰色取引」の温床となり資金洗浄などの犯罪も誘発しかねない。

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捕捉には限界もある」と言える根拠として「4億~5億円の無申告財産を海外に持っている男性に修正申告を勧めたら二度と来なかった」という国税庁OBの税理士のコメントを使っているのだろう。しかし、これがよく分からない。

まず「二度と来なかった」場所はどこなのか。税務署なのか。それとも「国税庁OBの税理士」がいる税理士事務所なのか。両方あり得る。「修正申告」を勧められているのだから、男性は税務署で一度は申告しているのだろう。その時はなぜ過少申告したのか不明だし、「4億~5億円の無申告財産を海外に持っている男性」が申告しなくても税務当局が調べ上げている可能性もあるはずだ。

結局、記事だけ読んでも「捕捉にも限界がありそうだな」とは納得できなかった。捕捉に限界があるのは本当だろうが、記事の説明はあまりに不十分だ。基本的に事例を詰め込み過ぎているのだから、「捕捉には限界もある」と訴えたいのならば、もっとストレートに「捕捉できない理由」を述べるべきだ。


※連載全体の評価はD(問題あり)とする。担当者の筆頭に出てくる上杉素直氏を連載の責任者と見なして、同氏の書き手としての評価を暫定でDとする。

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