2015年10月6日火曜日

説明不十分な 日経 太田泰彦編集委員のTPP解説記事

TPP大筋合意」という6日の日経朝刊1面トップに付けた解説記事「環太平洋 成長への決意」は残念な出来だった。説明が不十分で、全体としてぼんやりした内容に終始している。筆者は何かと問題の多い太田泰彦編集委員。しっかりした中身にならないのは当然かもしれないが…。

大濠公園(福岡市中央区) ※写真と本文は無関係です
具体的に記事の問題点を挙げていこう。

【日経の記事】

対立、攻防が白熱した交渉の焦点が、必ずしもその通商協定の本質とは限らない。モノの輸出入を増やす市場開放は欠かせないが、環太平洋経済連携協定(TPP)の本当の心臓部は、これまで無かった斬新な国際ルールの制定にある

12カ国の国内総生産(GDP)の合計は3100兆円。だが、そんな数字の巨大さは一人ひとりの消費者や己の事業に打ち込む企業にとって、どれほど意味があるだろう。肝心なのはTPPがある世界と無い世界がどう違うか。人々の暮らしや経営がどう変わるかだ

TPPはいまひとつピンとこないとされた原因がここにある。12カ国は「協定を成立させる」という重い選択を下した。埋めがたい乳製品や医薬品での溝を最後に克服できたのは、目先の損得よりルール策定を優先する大局観からだ。

背景には中国の台頭がある。南シナ海に軍事進出し、国有ガリバー企業が幅を利かせる超大国。中国の恣意的な判断と腕力がものをいう不安定な未来の景色がほの見えている。日本が敗退したインドネシアの新幹線商戦はその象徴だろう。

戦後70年を経て、いま世界は新たな歴史の岐路に立つ。TPP12カ国はアトランタで、危機感と時代認識を共有した。


第1~第5段落は上記のような構成になっている。話は次々と変わっていくが、基本的にまともな説明はない。「環太平洋経済連携協定(TPP)の本当の心臓部は、これまで無かった斬新な国際ルールの制定にある」と切り出してはみたものの、それがどんなルールで、どう斬新なのか触れずに話は移る。今度は「肝心なのはTPPがある世界と無い世界がどう違うか。人々の暮らしや経営がどう変わるかだ」と問題提起してみるものの、「どう変わるか」は論じないまま、さらに別の話へと展開していく。

記事の後半部分にはTPPの中身について「たとえば、ネット販売の代金支払いの決め事、宅配便がきちんと速く届く通関手続き。コストを抑えるために労働者を酷使するブラック企業の取り締まり、工業優先で自然環境を犠牲にしない約束」というくだりがある。これが太田編集委員の言う「斬新な国際ルール」かもしれないが、流れとして途切れていることもあり判然としない。「斬新」かどうかも不明だ。

中国に関するくだりも理解に苦しむ。「南シナ海に軍事進出し、国有ガリバー企業が幅を利かせる超大国」に対し、TPPはどんな影響を与えるのだろうか。「TPPが成立したから軍事的にはおとなしくして、経済面でも常識的な行動を取ろう」などと中国は思ってくれるのか。常識的には考えづらい。仮に「TPPによって中国は大きく変わる」と太田編集委員が信じているのならば、なぜそうなるのかを具体的に説明すべきだ。

太田編集委員は「TPPにものすごい力がある」と確信しているのだろう。記事では以下のようにも書いている。


【日経の記事】

アジアや中南米の新興国では、日本の常識では考えられない密貿易や賄賂が横行している。ガソリンが安いマレーシアには、二重底の荷台にタンクを隠したトラックがタイから殺到する。税関の職員が嫌がらせで荷揚げを止め、企業から見返りを要求する国もある。

世界経済の成長の中心となったアジアは、現実には無法地帯から抜け出せていない。一部の日本企業にも心当たりがあるだろう。不透明な商習慣の世界で勝ち残るのは、これまでは有力者との人脈と資金力を握る大企業だけだった。

協定違反への対抗措置や紛争処理の仕組みは混沌とした市場に「法の支配」を浸透させる力を秘める。ルールさえ定まれば、次に何が起こるかは予測できる。誰もがリスクを取って飛び出せる新境地。恩恵を受けるのは大企業だけでなく、中小企業や個人事業者だ。


密貿易や賄賂が横行している」国もTPPによって生まれ変わるような書き方だ。しかし、記事からは「新興国も生まれ変わりそうだな」とは思えない。例えば、タイからマレーシアに来るトラックの話。「密貿易」というぐらいだから、現時点でもルールには違反しているのだろう。ルールを定めても違反者が後を絶たないのに、TPPによって密貿易をなくせるのか。そもそもタイはTPPに参加していない。それでも、TPPができるとマレーシアからタイへのガソリンの密貿易はなくなっていくのか。

日経の立場として「TPPは素晴らしい。これで日本も世界も良い方向へ変わる」という話に仕上げるしかないのは分かる。だったら、その方向でもっと説得力のあるストーリーを考えるべきだ。


※記事の評価はD(問題あり)、太田泰彦編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。F評価に関しては「日経 太田泰彦編集委員 F評価の理由」を参照してほしい。

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