シーサイドももち海浜公園(福岡市早良区) ※写真と本文は無関係です |
加えて、昔話が多すぎる。メインの記事の半分以上を00年代までの話で費やしている。アシックスの復活の過程を描くのは構わないが、中心は最近の話にしてほしい。しかも、昔話には明らかな説明不足と思える部分があった。以下のくだりだ。
【東洋経済の記事】
体育用品は基本的に、卸商社を通じて全国のスポーツ用品店に届けられる。学校や指導者に一度指定されれば、安定的にまとまった数量をさばくことができる強力な販路だ。アシックスを含むすべてのメーカーが、代理店ルートにどっぷりと依存してきた。
一方で80~90年代、ナイキのエアジョーダンやアディダスのスタンスミスといった海外ブランドのストリート系ギアが日本でも大ヒット。若者は学校や試合でこそアシックスを着用しても、プライベートでは海外ブランドを愛用するようになった。それでもアシックスは従来どおり、体育や競技のためのシューズばかりを愚直に売っていた。
「当時のわが社にとって一番のお客さんは代理店。代理店の倉庫に段ボールで商品を送りつければ売り上げが立つから。それだけに代理店の顔色をつねにうかがい、百貨店など新しい販路との取引はNGという雰囲気も濃厚にあった」。かつて国内販売に携わっていたOB社員はそう振り返る。
人員削減、ゴルフ用品撤退などで赤字体質は改善したが、年商1300億~1400億円をさまよう時代は結局、00年代前半まで10年近く続いた。
記事ではアシックスが「90~00年代前半に長い業績低迷に陥った」理由の1つに「学校向け体育用品の衰退」を挙げているが、この件に対してどういう対策を立てたのか全く触れていない。学校向けからは撤退したのか、大幅に縮小したのか、今も頼っているのか。推測さえ困難だ。他を削ってでも、ここは言及すべきだろう。
うがった見方をすれば、アシックスへのヨイショが行き過ぎて「国内事業は改善が進んでいない」という実態をあえて伏せたのではないかとも思える。それについては(2)で述べたい。
※(2)へ続く。
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