では、記事の問題点を列挙していこう。
アムステルダムのパン屋で食事中の鳩 ※写真と本文は無関係です |
(1)グラフから相関が読み取れない
【日経の記事】
グラフは主な小売株の昨年末比の上昇率を横軸に、PER(株価収益率、予想ベース)を縦軸にとったものだ。読み取れるのは将来の成長期待を示すPERが高いほど株価上昇率も大きくなるという傾向。国内のデフレなどに苦しんできた小売株だが、物色のキーワードが「成長」へと転換しているのだ。
記事に付いている「主要小売株の上昇率とPER」というタイトルのグラフを見ても、相関関係があるとは思えない。仮にあっても、極めて小さいはずだ。グラフは実際の記事を見てもらうしかないが、「PERが高いほど株価上昇率も大きくなるという傾向」を山下次長がこのデータから読み取ったのならば、ご都合主義が過ぎる。
(2)「ビジネスモデルの変化」?
【日経の記事】
背景にはビジネスモデルの変化がある。まずは海外事業の拡大。海外で積極出店を続けるファーストリテイリングの海外ユニクロ事業の売上高は全体の約35%を占める。こうなれば国内の人口動態などに左右されず海外で成長することが容易になってくる。「小売株は海外売上高比率が20%を超えると、『成長性のない内需株』から『海外で成長する株』へとイメージが変わる」と楽天証券経済研究所の窪田真之チーフ・ストラテジストは指摘する。
「製造小売り」の手法が広がってきたのも成長のドライバーだ。企画・開発も手掛けて商品の魅力を高めつつも、生産は外部に委託し、無駄なコストは負わない。米アップルに似た経営手法ともいえ、ファストリや良品計画、ニトリホールディングスなどが該当する。
「海外事業の拡大」は「ビジネスモデルの変化」と言えるだろうか。ファーストリテイリングは国内事業と全く異なるビジネスモデルで海外展開を進めているわけではないだろう。海外比率が高まるだけならば「ビジネスモデルの変化」と評すのは、かなり大げさだ。
そもそも、海外売上高比率が20%を超える小売株はそんなに多いのか。記事にはファーストリテイリングしか出てこない。「小売り企業が海外比率を急速に高めている」と訴えたいのならば、それを証明できるデータを出してほしい。
「製造小売りの手法が広がってきた」という説明も説得力に欠ける。記事では「今年に入ってからの小売株の値動き」を解説している。ならば、「製造小売りの手法が広がってきた」と言える最近の動きを読者に見せるべきだ。「ファストリや良品計画、ニトリホールディングス」は、ここ数年で製造小売りに転じたわけではない。
ついでに言うと「成長のドライバー」という表現も使う必要を感じない。例えば「成長の推進力」ではダメなのか。「無駄なコストは負わない」という言い回しも気になった。「リスクを負わない」なら分かるが、「コストを負わない」には違和感がある。この表現に関しては、気にならない人も一定数いるとは思うが…。個人的には「無駄なコストはかけない」と言い換えたい。
◎08年と15年は酷似?
【日経の記事】
とはいえ、一部の銘柄のPERは50~30倍と、東証1部銘柄の平均(17倍強)を大きく上回る水準にある。過熱感が高まる背景には機関投資家たちの「2008年の金融危機の苦い記憶」も関係しているようだ。
世界的な景気変調によって当時の主力株だった自動車や電機の業績悪化は、多くのファンドマネジャーの想像を絶するものだった。足元では中国景気の実態が不透明。米利上げも控えるなど投資環境にはきな臭さが再び漂い始めている。このため08年当時にさほど業績が悪化せず、「成長」という新たな買い材料も得た小売株は、消去法的に投資マネーが集まりがちという。
まず、なぜ「50~30倍」なのか。普通は「30~50倍」だろう。それに、小売株の一部銘柄のPERが市場平均を大きく上回るからと言って、小売株全体に「過熱感」があるとは限らない。一部銘柄のPERは高くても、小売株の平均は市場平均並みかもしれない。他の業種でも「一部の銘柄」は市場平均を大きく上回るPERになっているはずだ。
「金融危機の苦い記憶」の話も説得力に欠ける。「今は08年の金融危機の直前に状況が酷似している」と言えるならば分かる。しかし、「中国景気の実態が不透明。米利上げも控える」ぐらいで「2008年の金融危機の苦い記憶も関係している」と説明されても困る。
デスクが一生懸命に書いてこの完成度なのに、日経の編集幹部は何も問題を感じないのだろうか。山下次長に記事の書き方を指導される若手記者がいると思うと気の毒でならない。川崎健次長の「スクランブル」も問題が多かったし、個人と言うより組織の問題だ。それはもちろん、証券部だけの問題ではない。
※記者の評価はD(問題あり)。山下茂行次長の評価もDとする。川崎健次長については「川崎健次長の重き罪 日経『会計問題、身構える市場』」参照。
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