2015年7月8日水曜日

なぜ大林尚編集委員? 日経「試練のユーロ、もがく欧州」

「新聞の顔とも言える1面で、なぜ大林尚編集委員なのか」と思わずにはいられなかった。7日の日経1面の解説記事「試練のユーロ、もがく欧州」は問題だらけだ。日経の編集幹部はこの記事のレベルの低さに気付かないのだろうか。まず言葉の使い方だ。「逆手に取る」に注目して記事の中身を見てほしい。

アムステルダム(オランダ)のアルベルト・カイプ通り
                  ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

ユーロ危機は2009年秋、政権交代の余波でギリシャ財政の粉飾が明るみに出たのが発端だ。

第2次大戦後、ドイツとともに欧州統合のエンジンを担ってきたフランスは、ギリシャを特別扱いした。統一通貨ユーロは1999年、まず独仏など11カ国が概念上の決済手段として導入した。3年後、ユーロ紙幣の流通を始めるとき、対象はギリシャを加えた12カ国に広がっていた。

当時、独仏の指導者はギリシャの経済財政がユーロを使う資格を満たさないのに感づいていた。にもかかわらず仲間に入れたのは、地政学上の重要性に加え、民主政発祥国としての崇拝からだ。

チプラス・ギリシャ首相はそれを逆手にとり、国民投票に打って出た。欧州連合(EU)指導部が突きつけた改革要求を直接民主政で拒む奇策。それでいてユーロ圏からは抜けないと公言する。

この二律背反の達成が無理筋だと自覚していることは5日夜、国旗とEU旗を左右に置いてテレビ演説した自身の厳しい表情から読み取れた。


日経には以下の問い合わせをした。


【日経への問い合わせ】

記事では、ギリシャのユーロ導入を「地政学上の重要性に加え、民主政発祥国としての崇拝」から独仏の指導者が認めたと書いています。その後「チプラス・ギリシャ首相はそれを逆手に取り、国民投票に打って出た」と続きます。これは「逆手に取る」の誤用ではありませんか。「逆手に取る」とは「機転を利かせて不利な状況を活かすこと。相手の責め立てを逆に反論・反撃に利用すること」です。当時の独仏のギリシャへの対応は「不利な状況」「相手の責め立て」とは言えません。誤用でないとお考えであれば、その根拠も教えてください。


「逆手に取る」の使い方もおかしいが、話のつながりも不可解だ。記事の説明を受け入れれば、2002年に独仏の指導者がギリシャをユーロの仲間に入れてくれたことをチプラス首相が利用して今回の国民投票が実現したという話になる。しかし、話が飛びすぎている。しかも現状では「ドイツはギリシャへの崇拝より軽蔑が先に立ちつつある」らしい。ならば、どうやって2002年当時のギリシャへの崇拝などを利用して国民投票に持っていくのだろうか。

付け加えると、「二律背反の達成が無理筋」なのは、わざわざ述べるまでもない。「二律背反」ならば、両方同時に達成できないのは当然だ。達成できるならば「二律背反」ではない。さらに言えば「改革案を拒む」と「ユーロ圏にとどまる」が二律背反かと言えば違うだろう。EU側が妥協すれば、現実的かどうかは別にして両立はあり得る。

他にもいくつか指摘してみる。


【日経の記事】

EU側がギリシャへの追い貸しをやめ、欧州中央銀行がギリシャ中銀への流動性供給を絞れば、ギリシャ経済は確実に破綻する。ギリシャの売りである観光業は廃れ、ユーロはやがて枯渇する。

何を以って「ギリシャ経済の破綻」とするのだろうか。「デフォルト=破綻」ならば、既に破綻している。「確実に破綻する」と断定するのは構わないが、どういう状況を破綻と呼ぶかは明示してほしい。ちなみに週刊エコノミスト7月14日号の記事で菅野泰夫・大和総研ロンドンリサーチセンターシニアエコノミストは以下のように述べている。

「欧州では、ギリシャはユーロ圏を離脱したとしても、豊富な観光資源により直ちに外貨獲得に成功し、通貨価値を早期に回復させるとの見方が根強くある。通貨価値が調整されることで賃金や物価が正常に戻り、想定以上に早く景気回復を実現できるという見方だ」

大林編集委員の記事では、以下のくだりも疑問が残る。


【日経の記事】

ギリシャの経済社会が混乱する可能性を感じとった英独の政府は、在アテネの大使館を一時閉じる検討を始めたと外交筋は語る。その隙を第三国が狙う。ロシアは天然ガスの供給でチプラス政権にすり寄る。海運国ギリシャが売却するピレウス港の買い手には、中国の国営海運の名がある。


記事によれば、英独の政府は「現状ではギリシャの経済社会は混乱していない」と判断しているようだ。しかし、銀行が営業停止に追い込まれているのに「混乱していない」と考えるのは無理がある。例えば「ギリシャで治安が大幅に悪化する可能性を~」となっていれば違和感はないが…。

記事の結びもやはり納得できない。


【日経の記事】 

EU首脳部が改めてギリシャにどう向き合うかは独仏の政治判断にかかっている。この上、債務再編などに応じるには、まずチプラス政権から譲るのが筋だ。年金を減らし、増税し、税捕捉を高め、官肥大を正す。改革からは逃れられない。

この百年に2度の大戦の戦場になった欧州を三たび焦土にしない歴代指導者の決意が、通貨統合の原点にあった。それを思い起こすとき、双方歩み寄りの障壁は崩れる


ギリシャが譲るのが筋だ」と言ったかと思えば「双方歩み寄りの障壁は崩れる」とも書いている。ギリシャが譲るべきなのか、双方が歩み寄るべきなのか読んでいて混乱する。矛盾するとは言わないまでも、分かりにくい。

欧州を三たび焦土にしない」という話も、説得力に欠ける。仮にギリシャがユーロ離脱するとしても、NATOから脱退するわけではないだろう。百歩譲ってNATOを抜けてロシアと同盟を組んだとしても、それで戦争になるかはまた次元の違う話だ。「いや違う。ギリシャがユーロ離脱となれば、戦争の懸念が一気に高まる」と大林編集委員が考えているのであれば、それをきちんと説明してほしい。今回のような書き方では唐突かつ不十分だと思える。

※記事の評価はD(問題あり)。大林尚編集委員の評価はE(大いに問題あり)を維持する。

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