2015年7月16日木曜日

櫻井よしこ氏「憲法9条は70年前に死んでいる」の問題点

週刊ダイヤモンドの連載で度重なる誤りがあり「訂正の訂正」を出さずに黙殺した櫻井よしこ氏には「引退勧告」を出した。この人はやはり書き手として問題がある。経済記事批評からは外れてしまうが、文芸春秋8月号「憲法9条は70年前に死んでいる」を題材にして、問題点を分析してみたい。

◎日米安保があったから戦争が起きなかった?

【文芸春秋の記事】
朝のアントワープ(ベルギー) ※写真と本文は無関係です

戦後日本で戦争が起こらなかったのは、9条のおかげではありません。

その答えは、身も蓋もないことですが、日米安保条約があったからに他なりません。その日米安保を自衛隊が一生懸命支えるという構図で、日本の安全が守られてきたのです。(中略)冷戦時代、ソ連が、そして中国が日本に手を出すことができなかったのは、アメリカを相手にすることを恐れたからでしょう。


櫻井氏は「日米安保条約がなければ、ソ連か中国が冷戦時代に日本へ攻め込んできていた」と考えているのだろう。この考えを完全には否定できないが、かなり無理がある。例えば、台湾は米国と安保条約を結んでいるわけではない。また武力行使で中国が占領しても、日本を占領するのに比べれば国際社会の反発もはるかに小さいはずだ。なのに、中国はすぐにでも台湾に侵攻しないのだろうか。

もちろん中国にすれば「米国の反発が怖い」という面はあるだろう。しかし、台湾には米国との安保条約もなければ、米軍基地もない。「日本には日米安保条約があったから戦争が起きなかった」というのは、あまりに浅い考えだ。櫻井氏の主張が正しければ、中国とソ連に挟まれ、米国の同盟国ではなかったモンゴルは今頃どちらかの国に攻め滅ぼされているはずだ。しかし、なぜか独立を保っているし、どこかの国の属国というイメージもない。

日本の場合、安保条約が戦後の平和に寄与した可能性は否定しない。しかし「安保条約があったから戦争が起きなかった」とは断定できない。「安保条約がなくても戦争が起きなかった可能性はかなり高い」と考えるのが自然だ。


◎アメリカは日本の隣国?

【文芸春秋の記事】

地図を広げれば、東隣がアメリカ、西隣が中国です。世界の2大国に挟まれています。北にはロシアもある。世界の軸となっている大国が隣同士でひしめいている。日本も含めて、それぞれが誇りのある民族で、我が道を行こうという気概を持っている。摩擦が起きないはずがないのです。

間違いとは言えないが「東隣がアメリカ」がまず気になる。「アメリカは日本の隣国」と考える人は少数派だろう。日本、中国、ロシアはともかく、米国も含めて「ひしめいている」感じもしない。それに大国がひしめいているという意味では、ドイツ、フランス、イギリス、イタリア辺りの方がはるかに「ひしめいている」。21世紀に入ってこれらの国で大きな摩擦が起きているだろうか。大国が隣同士でひしめいているからといって「摩擦が起きないはずがない」とは思えない。


◎そんなに「異形」?

【文芸春秋の記事】

特に、中国は価値観の共有できない「異形の大国」となってしまった。現在進行形の懸念事項だけでも、南シナ海では埋め立てを進めて自国の基地を整備しようとする。宇宙開発を積極的かつ大規模に進め宇宙での軍拡で優位に立とうとしている。金融面でも人民元の国際化を狙い、AIIBを立ち上げる。ヨーロッパやアフリカなど遠方の地域へ金融・経済面で“餌”を投げて、支持を求めている。


南シナ海での埋め立てはともかく、他はそんなに「異形」なのか。「宇宙開発を積極的かつ大規模に進め宇宙での軍拡で優位に立とうとしている」ような国は「異形」であり「価値観を共有できない」とするなら、アメリカと同盟関係を結ぶのは明らかな誤りだろう。「人民元の国際化を狙い、AIIBを立ち上げる」のも、国を発展させるための戦略として責められる筋合いのものとは思えない。他国へ「餌」を投げて支持を求めるのがダメならば、やはり「親米の独裁国家を支援したりしてきたアメリカとは、なぜ価値観を共有できるのか」という話になる。

中国は「価値観の共有できない異形の大国」かもしれない。しかし、上記の説明ではあまりに説得力に欠ける。


◎だったら集団的自衛権は不要では?

【文芸春秋の記事】

一方、頼りだったアメリカは、2013年9月、オバマ大統領が「アメリカは世界の警察官ではない」と宣言して以来、明確に内向きになっていると言わざるを得ません。

もし、アメリカ不在の隙を突いて、中国やロシアが日本に矛先を向けてきたら、5年後、10年後、日本はどうなるのでしょうか。私たちは次の世代に国を引き継ぐとき、しっかりした独立国としてバトンタッチできるのか。このままでは、中国の顔色をうかがいながら、なんとか生き延びなければならない国に成り果てるやもしれません。

この現状を責任ある立場で考えれば、いま国会で憲法改正が議論され、安保法制が制定されようとしているのは当然です


10年後、アメリカ不在で中国と対峙しなければならないとしよう。それに備えるために、なぜ集団的自衛権が必要なのか。日本の同盟国はアメリカのみと仮定すれば、そのアメリカが不在となるのだから単独で戦うしかない。その時に集団的自衛権は明らかに必要ない。そんな暇があるなら、単独でどうやって国を守るかを議論すべきだろう。

5年後、10年後にアメリカ不在となる事態を想定しなければならないほどアメリカが頼りにならないのならば、安保条約はさっさと破棄して米軍基地の一部は自衛隊の基地に転換した方がいい。そもそも、米国の顔色をうかがいながら何とか生き延びている現状は、「中国の顔色をうかがいながら何とか生き延びる」のと、そんなに違いがあるのだろうか。個人的にはどちらも「しっかりした独立国」とは思えないが…。


※週刊ダイヤモンドでミスを連発した記事ほどひどくはないが、今回もやはり出来は良くない。記事の評価はD(問題あり)。櫻井氏への評価はF(致命的な欠陥あり)を維持する。櫻井氏の評価に関しては「櫻井よしこ氏へ 『訂正の訂正』から逃げないで」などを参照してほしい。

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