2015年4月29日水曜日

土曜が前年より2日減?日経「外食売上高、3月4.6%減」

「今年の3月は土曜日が前年より2日少なかった」と言われたら、「そんなバカな」とは思わないのだろうか。28日の日経朝刊消費Biz面の記事には堂々と「土曜が2日少なかった」と書いてある。同日午前10時20分頃に日経へメールで問い合わせた内容は以下の通り。

ナミュール(ベルギー)の中心部 ※写真と本文は無関係です

【日経に問い合わせた内容】

28日付「外食売上高、3月4.6%減」についてお尋ねします。記事では「前年同月に比べ土曜日が2日少なかった」と書いておられます。今年3月は土曜が4回なので、昨年3月は6回でないと辻褄が合いません。しかし、これだと1カ月の日数が31日を超えます。今年は春分の日が土曜日でしたが、だからと言って土曜日が1つ消えるわけではありません。記事の説明は誤りなのか、正しいとすれば根拠は何かを教えてください。

上記の問い合わせに関して、珍しく日経から回答が届いた。

【日経の回答】

いつも日本経済新聞をご愛読いただきありがとうございます。このたびは、記事の内容に関し、貴重なご意見をお寄せいただき、ありがとうございました。今後の紙面づくりの参考にさせていただきたいと存じます。今後とも日本経済新聞をよろしくお願いします。

無視よりはマシだが、質問には全く答えていない。もちろん反省もない。


今回の記事は日本フードサービス協会の発表に基づくものだ。同協会のホームページで発表内容を見ると、確かに「土曜日と祝日が重なり土曜日が前年より2日少なかった」と書いてある。これはこれでいい。業界では祝日が土曜だった場合、「土曜がなくなる」と見なすのだろう。しかし、記事で「前年同月に比べ土曜日が2日少なかった」と記述してはダメだ。


さらに気になるのが、協会のニュースリリースの表現を安易に拝借している点だ。両者を比べてみよう。


【日経の記事】

前年同月に比べ土曜日が2日少なかったことなどから、多くの業種で客数が前年を下回った。ファミリーレストランは高単価商品の投入で客単価が上昇し、好調な売り上げとなった。

【ニュースリリース】

土曜日と祝日が重なり土曜日が前年より2日少なかったことから、多くの業種で客数が前年を下回った。FRは客数が前年を下回ったが、客単価の上昇から好調な売上となった。


記者としてもプライドのかけらも感じられない節操のなさだ。記事はニュースリリースの単なる要約とも言える内容。単なる要約で済ますにしても、表現ぐらいは変えたくなるものだが、そんな配慮もなく大胆に“コピー”している。


ついでに言うと、記事では冒頭で「ファミリーレストランは高単価商品の投入で客単価が上昇し、好調な売り上げとなった」と書き、最後にも「ファミリーレストラン全体の客単価は前年同月を上回った」と繰り返している。短い記事でこの繰り返しは感心しない。ファミリーレストランの客単価について最終段落で再び触れるなら、客単価がどの程度上がったのかといった、より詳細な情報を提供すべきだ。


しかし、ニュースリリースの要約に留まる内容で記事をまとめ上げ、表現までそっくり頂いてしまう記者に期待しても無駄だろう。


※記事の評価はE。

2015年4月27日月曜日

日経 瀬能繁編集委員のほとんど何も分析しない記事(2)

せっかくの機会なので、瀬能繁編集委員に関する判断材料を追加で紹介したい。取り上げるのは、2014年10月29日の日経朝刊総合面に載った「真相深層~少子化対策より交付金?」という記事だ。掲載直後に瀬能編集委員へ送ったメールを基に、この記事の問題点を検証してみる。

メールを送ったのは、慶応大学の男子学生から「この記事はおかしいのではないか」と相談を受けたのがきっかけだ。記事では人口密度と出生率に関して、以下のように記述している。


ブルージュ(ベルギー)の西フランドル庁舎
                  ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

最近の欧州の例は真逆の結果を示しているからだ。欧州連合(EU)統計局の地域別データからは、人口密度が高い地域ほど出生率が高いという相関があることがわかる



慶大生が疑問に感じた内容は以下の通り。


【慶大生の疑問】

欧州には人口密度が高い地域ほど出生率が高いという相関がある」という説明は誤りではないか? 欧州の国別データで見ると、逆の相関(人口密度が高いほど出生率は低い)になってしまう。記事には「欧州の地域別人口密度と出生率」というグラフが付いていて、ここでも「人口密度が高い地域は出生率も高いという緩やかな相関を示す」と解説している。しかしグラフには人口密度の低い地域のデータが圧倒的に多く、相関を見るのに適していない。これで本当に統計学的に有意な相関が見出せるのか?


瀬能編集委員には慶大生の疑問を伝えるとともに、以下のように補足した。 


瀬能編集委員に送った補足の内容】

確かにグラフでデータの分布だけ見ると、相関関係はほとんどないように見えます。グラフに関して相関係数やP値を示して「統計学的に有意な数字だ」と訴えれば、学生も納得するでしょう。ただ、人口密度の高い地域のサンプルが少ないという問題は残ります。「人口密度6000人、出生率2.5の辺りに他と離れて存在する1地域を外れ値として除けば、少なくとも見た目の相関は完全になくなります。


慶大生の疑問に答えてくれるようお願いもしたが、この件で瀬能繁編集委員から返信はなかった。記事の説明には問題があると考えるべきだろう。この記事に関しては、さらに2点を指摘した。


~指摘その1~

【日経の記事】

「人口密度が高い地域ほど出生率が低いという議論をしていた」と日本創成会議のメンバーの一人、加藤久和明治大教授は振り返る。日本や米国のデータをみると、人口密度が高い地域ほど出生率が低いという相関はある。だが「なぜかという原因を突き止められなかった」(加藤氏)。それもそのはず。最近の欧州の例は真逆の結果を示しているからだ。欧州連合(EU)統計局の地域別データからは、人口密度が高い地域ほど出生率が高いという相関があることがわかる。
ノートルダム大聖堂(アントワープ)
        ※写真と本文は無関係です


【メールで指摘した内容】

「日米では人口密度と出生率に負の相関がある」「相関が生じる原因は不明」だとしましょう。その場合「欧州では人口密度と出生率に正の相関がある」と分かれば、「日米でなぜ負の相関が生じるのか分からないのも当然だ」となるでしょうか? 例えば、「日米では大都市ほど子育て支援策が貧弱だが、欧州では逆に大都市ほど支援策が充実している」という条件があって、これが出生率に影響を与えているとしましょう。その場合、「欧州では人口密度と出生率に正の相関が見られるのだから、日米で負の相関が出る理由が分からないのも当然だ」とはなりません。「逆の相関関係が見出せるのは、出生率に影響を与える主な要因が子育て支援策の充実度だからだ」との結論を導き出せます。

ついでに言うと「真逆」はお薦めしません。基本的には辞書にも載っていない新しい言葉です。市民権を得つつあるとは思いますが、紙面では「正反対」などとした方が無難です。特に高齢読者は「真逆」になじみが薄いようです。


~指摘その2~

【日経の記事】

都市部で少子化対策をやるのが効果的と小峰隆夫法政大教授はいう。(中略)ただ、政府が人口減を本気で止めようというのであれば、大都市への人口流入を止める前に、いま大都市にいる20~30歳代の若者向け出産・子育て支援を充実するのが先ではないか



【メールで指摘した内容】

「都市部で少子化対策をやるのが効果的」「大都市にいる若者向け出産・子育て支援を充実するのが先」と主張する根拠はあるのでしょうか? 記事では「人口密度と出生率に相関関係はあっても因果関係はない。都市部だから出産・子育てがしにくいという根拠はない」と示唆しています。ならば「都市部に限定した支援策を打ち出しても意味はない。都市部の出生率が低いのは偶然なのだから、都会でも田舎でも同じように支援していくべきだ」となるのが自然です。



※上記の指摘に対しても瀬能編集委員から反応はなかった。記事の内容も含めて判断すると瀬能編集委員には厳しい評価を下すしかない。

2015年4月26日日曜日

日経 瀬能繁編集委員のほとんど何も分析しない記事(1)

「わざわざ朝刊1面で100行以上も使ってこの記事を載せる必要があるのか」と思わせる出来だったのが、24日付日経の「株高 持続の条件(下)」だ。まず、気になった表現を指摘しておく。


【日経の記事】

安倍政権の誕生から2年あまり。異次元の金融緩和で物価上昇率への期待を高め、財政出動で景気を下支えした。成長戦略で岩盤規制の一部に風穴も開けた。そして賃上げでデフレ脱却へ最後の一押しを政権は狙う。


ブルージュ(ベルギー)の中心部  ※写真と本文は無関係です
「物価上昇率への期待」とはあまり言わない。「率」を抜いて「物価上昇への期待」とする方が自然だ。さらに言えば、ここで「期待」を用いるのは、できれば避けたい。「物価上昇に対する期待」とは、経済学的には単に「物価上昇に対する予想」という意味になる。しかし、一般的には「物価上昇への期待」と言われると、「物価上昇は良いこと」との前提を感じてしまうので、読者に誤解を与えかねない。幅広い層を対象にする記事なのだから、上記の場合「異次元の金融緩和で予想インフレ率を高め~」といった表現の方が好ましい。


細かい話から入ったが、この記事の最大の問題点は「ほとんど何も分析していない」点にある。冒頭では政府による賃上げ要請に触れた後で、「企業が賃上げで家計に資金を還元すれば消費拡大→収益拡大→賃上げ→さらなる消費と収益拡大、という好循環が実現しやすくなる」と当たり前のことを書いている。それを是とするとしても、流れはここで途切れて、次の段落では「バブル崩壊からほぼ四半世紀がたった。この間に国全体の正味資産である『国富』は400兆円あまり消失した」と、あまり関連のない話題へ移ってしまう。その後も「ほとんど何も分析しない」展開は変わらない。実際の記事を見てみる。


【日経の記事】

消費増税の下押しを乗り越え日経平均株価が2万円に乗せた今、改めて問われるのは「失われた四半世紀」から日本経済が決別できるかどうか。デフレ脱却と、国富を再び大きくしていく挑戦の主役はやはり企業だ。


 焦点の一つは省力化、合理化などを目的とした設備投資だ。「企業がもうちょっと前向きになれるかがポイント」とみずほ総合研究所の高田創チーフエコノミストは心理の変化に期待する。


「主役が企業」で「焦点の1つは設備投資」なのは良しとしよう。しかし、なぜ「省力化、合理化などを目的とした設備投資」に限定しているのかは教えてくれない。「企業がもうちょっと前向きになれるかがポイント」というコメントを使うのであれば、「なぜ企業が前向きになれないのか」「それを打破するにはどうすればいいのか」ぐらいは論じてほしい。もう1つの焦点である「グローバル化への対応」も、実質的にはほぼ何も論じていない。記事では以下のように記述している。


【日経の記事】
ノートルダム大聖堂(アントワープ)
          ※写真と本文は無関係です

もうひとつは、グローバル化への対応だ。15年前の日本の国内総生産(GDP)が世界全体に占める割合は14%だったが、足元で6%程度にとどまる。外需を取り込むことなく、日本企業は収益力を高められない。

 製造業の生産拠点の国内回帰が相次ぐとはいえ、海外生産比率の基調は上昇を続ける見通しだ。「国内事業を維持しつつ海外事業を拡大させ、そのすみ分けを図ることで高い収益性を獲得している」。日銀は日本のグローバル企業の新しい姿をこう分析する。

「内需か外需か」の二分法ではなく「内需も外需も」追う必要がある。株価を過度な金融緩和や予算のばらまきで押し上げるのではなく、自然に押し上がっていくために政府がやるべきことはたくさん残っている。


普通に解釈すれば、「外需を取り込むことなく、日本企業は収益力を高められない」と訴える根拠は「15年前の日本の国内総生産(GDP)が世界全体に占める割合は14%だったが、足元で6%程度にとどまる」ことだろう。しかし、このつながりがよく分からない。「過去15年にわたって日本企業は外需を取り込まなかった。だから、GDPシェアが低下した」と言いたいのだろうか。しかし、日本企業全体で見れば、外需も内需も懸命に取り込もうとするのは15年前も今も変わらないだろう。そもそも外需を取り込んだとしても、それが輸出ではなく海外生産であれば、日本のGDPには寄与しないはずだ。しかし記事からは、海外事業を拡大すると日本のGDPシェアも高まっていくような印象を受ける。


内需も外需も追う必要がある」という当たり前の主張をわざわざしている意義が記事を読んでも理解できない。「日本企業は外需を無視しすぎだ」との問題意識があるならば、そういう現状を少しは描いてほしい。しかし、記事中で「海外生産比率の基調は上昇を続ける見通しだ」と書いているのだから、日本企業は外需を追ってきたし、今後も追い続けると考えるべきだろう。結局、まともな分析はほとんどしていないと言うほかない。


※記事、記者の評価はともにD。筆者の瀬能繁編集委員は過去にも問題のある記事を書いていた。次回はその内容を紹介しよう。


(つづく)

2015年4月25日土曜日

「航空の第三極が消える」と誤った日経 西條都夫編集委員

23日付日経朝刊企業1面の「新興航空、不毛の日本」というコラムに関して、同日午後5時頃に日経へ問い合わせた。問題としたのは冒頭の部分だ。
ゲント(ベルギー)のフランドル伯爵城
                ※写真と本文は無関係です


【日経の記事】

ANAホールディングスによるスカイマークへの出資が決まり、日本の航空市場からANA陣営にも日本航空(JAL)陣営にも属さない「第三極」が姿を消す。海外に目を向けると、マレーシアのエアアジアなど急成長する新興航空会社に事欠かない。なぜ日本は不毛が続くのだろう。



記事が正しければ、日本では国内の航空会社は必ずANA陣営かJAL陣営に属していることになる。「日本の航空市場」という表現はやや曖昧だが、ここでは「日本で国内線を運行している航空会社」と考えよう。そこで気になるのが春秋航空日本だ。成田を拠点に高松、広島などと結んでいるこの航空会社は中国の春秋航空の系列で、ANA、JALのいずれからも出資を受けていないようだ。業務提携もないらしく、まさに「第三極」と言える。こうした情報は報道などに基づいているので、きちんと確認はしていない。つまり、ANAやJALから出資を受けている可能性を完全には捨て切れない。そう考えて日経にメールで質問を送ってみた。しかし、丸1日が経っても、例によって返事がない。日経の対応を見る限り、記事の説明は誤りだと推定するのが妥当だろう。


※記事の評価はD、筆者である西條都夫編集委員の評価もDとする。

2015年4月22日水曜日

「15年度を中心とする期間」を巡る東洋経済の苦しい弁明

問い合わせに回答しない東洋経済に対し「東洋経済よ、お前もか」と嘆いたが、1週間以上が経った4月20日に返事が来た。問い合わせと回答は以下の通り。

【問い合わせ内容】


グラン・プラス(ブリュッセル)に建つ市庁舎
         ※写真と本文は無関係です
「漂流・黒田日銀 異次元緩和撤退は不可避!?」という記事に関してお尋ねします。筆者の因幡博樹氏は、2%の物価目標の達成時期を日銀が「15年度を中心とする期間」としていることに触れた上で「15年度を中心とする期間」は「16年3月31日まで」と言い切っています。しかし、日銀の黒田東彦総裁は会見で「15年度を中心とする期間と言っているので、その前後に若干はみ出る部分はある」と述べているようです。これに従えば「15年度を中心とする期間」は「16年3月31日まで」ではなくなります。表現としても「15年度を中心とする期間」と言った場合「16年度を含む余地を残している」と解釈するのが妥当でしょう。記事の説明は誤りなのか、正しいとすればその根拠は何かを教えてください。


【東洋経済の回答】

 平素は弊社商品・サービスをご愛顧いただきまして誠にありがとうございます。
お問い合わせいただきました件につきまして、週刊東洋経済編集部より回答させていただきます。

結論から申し上げますと、記事の説明は誤りではないと考えます。

2013年4月に量的・質的緩和(QQE)を導入した際の黒田総裁の説明は「2年で2%」でした。
素直に解釈すれば、15年4月には2%を達成する、と理解されると思います。
しかし、記事でも触れているように、その後「2年」の解釈は「15年度を中心とする期間」に延び、
さらにはご指摘のように「若干はみ出る部分はある」と、黒田総裁の説明は変転しています。

当初「2年で2%」と説明してきた文脈から考えると、13年4月から起算して「2年」が指す範囲は、15年4月が終期でなく、「15年度を中心とする期間」という表現を使うことによって、16年3月まで伸ばしたという意味だと考えられます。(これでも13年4月から計算すると約3年後であり、日本語の普通の語感からすると、かなり無理のある解釈です)

なお、記事の趣旨は、言葉の厳密な解釈もさることながら、日本語の普通の意味で「2年で2%」を達成できない、ことを指摘することにある点もご理解賜ればと存じます。


どうぞよろしくお願い申し上げます。



苦しい弁明ではある。回答までに1週間以上かかったのも褒められた話ではない。しかし、そこを批判するより、回答したこと自体を評価したい。同様の質問に無視を決め込んでいる日経よりは、はるかに期待できる。メディア格付けでは日経のBBに対し、東洋経済はA-だ。「東洋経済よ、お前もか」とガックリ来た時は「A-の格付けも弱含みかな」と思ったが、格付け通りの対応に落ち着いたと言える。

2015年4月20日月曜日

「購買力平価」に関する日経 田村正之編集委員への疑問

18日日経朝刊M&I面「円相場、長期で考える」に関して、いくつか疑問が浮かんだ。記事の後半部分には以下のような説明がある。


【日経の記事】
ブルージュ(ベルギー)の広場    ※写真と本文は無関係です

黒田東彦日銀総裁が2%の物価上昇の目標にこだわるのも、購買力平価が1つの根拠とされる。他の主要先進国の物価上昇率はこれまで長期的には2%程度。日本の物価が目標に近づかないと、為替市場では円高圧力がかかりやすくなる。

 購買力平価は、起点とする年や用いる物価指数によって変わる。為替の高安を判断するうえでは「実際の為替相場が購買力平価からどれだけかけ離れて動いているかを見るのが有効」とJPモルガン・チェース銀行の佐々木融・債券為替調査部長はいう。


 2月末の購買力平価(企業物価指数ベース)は1ドル=約100円。現在の円相場はこれより約2割円安方向にかい離している。円安方向へのかい離の度合いとしては、過去最大だった80年代前半(最大27%)に近づいている。


 日米金利差の拡大見通しなどから短中期的に円安が続く可能性があるが、購買力平価で考える限り、長期ではいずれ円高方向への回帰が起きるのが経験則だ。


疑問~その1


「黒田総裁がそう考えてるんだから」と言われればそれまでだが、「円高圧力がかかりやすくならないように、物価を上げる」という考え方は理解に苦しむ。「円高になると輸出競争力が低下するから、ある程度のインフレにして円高圧力を和らげる必要がある」といった趣旨だと推測して、ここでは話を進める。


2国間のインフレ率の差に応じて為替相場が変動するだけならば、輸出競争力は変化しないはずだ。だから「円高圧力がかからないようインフレに誘導する」といった政策は必要ない。例えば、1ドル100円の時に80円のコストをかけた商品を1個1ドル(100円)で輸出していたとしよう。日本の物価が10%下落(米国は0%と仮定)し、それに対応して為替相場が1ドル90円の円高になる。1ドルの輸出価格を維持すると、90円しか手元に残らない。しかし、10%のデフレなので、基本的にコストも72円となる。利益率はいずれの場合も20%で変わらない。利益額は減るが、10%のデフレなので実質の価値に影響はない。つまり何の問題も生じない。「いや違う」と筆者が考えるのであれば、そこは解説が欲しいところだ。スペース的にその余裕がないのであれば、このくだりは不要だったと思える。


ノートルダム大聖堂(アントワープ)
      ※写真と本文は無関係です
疑問~その2


「購買力平価は、起点とする年や用いる物価指数によって変わる。為替の高安を判断するうえでは実際の為替相場が購買力平価からどれだけかけ離れて動いているかを見るのが有効」という説明は、説明として成立しているのだろうか。「購買力平価は用いる物価指数によって複数ある。だから単純に今の購買力平価は1ドル何円とは決められない。だとすれば、どう考えればいいのか」と思案する読者にすれば、「実際の為替相場との乖離を見るが有効」と言われても何の参考にもならないだろう。


「起点となる年は1990年以前が好ましい」「物価指数は企業物価を用いるのが適切」「様々な条件で購買力平価を算出して総合的に判断すべき」といった話なら分かる。しかし、「実際の相場との乖離を見ろ」と言われても、何年を起点にして、どの物価指数を用いて購買力平価を算出すべきかが明らかにならないと、実際の相場と比べるべき購買力平価がいくらなのか決められない。なのに記事では、その点に関して何の助言もない。




疑問~その3


この記事では見出しに「『購買力平価』では円高へ」と付けている。結びでも「購買力平価で考える限り、長期ではいずれ円高方向への回帰が起きるのが経験則だ」と書いている。これも納得できなかった。


「長期的に見れば、購買力平価と為替相場が同じトレンドになる」との見方に異論はない。しかし「長期ではいずれ円高方向へ回帰」との予測には、購買力平価を固定させているような印象を受ける。「現状は購買力平価に比べて円安」「長期的に見れば、購買力平価と実際の為替相場はリンクする」との前提が成り立つ場合、購買力平価が変動する形で現在の乖離が解消する可能性も考慮すべきだ。実際、日銀は2%の物価目標を掲げ、デフレからインフレに誘導しているのだから、「購買力平価の基調に今後も変化は起きない」と結論付けられないはずだ。

記事の説明が「購買力平価に大きな変化は起きないと仮定すると、長期では円高方向への回帰が起きるのが経験則だ」などとなっていれば違和感はない。


※記事の評価はやや甘めにC。筆者である田村正之編集委員の評価もCとする。

2015年4月17日金曜日

WTIが全体で買い越し?日経「原油価格 底入れ観測」

相場が上昇している時に「市場全体が買い越しになっている」と言われると何となく納得してしまいそうになる。しかし、もちろん明らかな誤りだ。売買が成立する場合、売りと買いの数量は常に同数となる。それを踏まえると、16日付の日経朝刊に出ていた「原油価格 底入れ観測」(総合1面)という記事は問題ありと言える。記事では以下のように説明している。


【日経の記事】
ナミュール(ベルギー)市街 ※写真と本文は無関係です

イランと米欧など6カ国はイランの核開発計画を縮小する枠組みで合意した。しかし6月末を目指す最終合意まで曲折が予想され、制裁が解除され原油輸出が拡大するのは来年以降にずれ込む公算が大きい。値上がりを見込んだ投資ファンドなどの買いが活発で、WTIの買越残高は2週連続で増え7日時点で25万枚(1枚1千バレル)を超えた。


「WTIの買越残高は2週連続で増え7日時点で25万枚(1枚1千バレル)を超えた」と書いてあると「WTIは全体として買い越しが続いているんだな」との印象を与えてしまう。「ファンドなど非商業部門の買越残高が2週連続で25万枚を超えた」といった書き方をすべきだ。市場全体が買い越しだと筆者が誤解しているのであれば、知識不足がひどい。ちゃんと分かっていたとすれば、説明が下手すぎる。下手な説明はこれに留まらない。


【日経の記事】
米国では夏場のドライブシーズンを控え、製油所の稼働率も上がっている。原油需要は日量で50万バレル増えるとの見方もあある。市況の底入れ観測が広がり「WTIは60ドルを目指す展開となるだろう」(石油天然ガス・金属鉱物資源機構の野神隆之・主席エコノミスト)との指摘が出ている。

※「見方もあある」は記事のまま。


まず「原油需要は日量で50万バレル増えるとの見方もある」と言われても、いつといつを比べているのか判然としない。現在と夏場の比較かもしれないが、断定できる材料は見当たらない。それに「50万バレル」が多いのか少ないのか一般の読者は判断できないだろう。50万バレルが全体の何%を示すのかは明示すべきだ。そもそも、季節的な要因だけで需要が増えるのであれば、相場動向を占う材料として、それほど大きな意味はない。


色々な意味で雑な書き方が目立つ。記事の評価はDとする。

2015年4月13日月曜日

「同社」はどの社? 日経 小平龍四郎編集委員に問う

日経は「同社」の使い方が下手だ。12日付日経朝刊総合・経済面「けいざい解読~日本企業、海外M&A加速」を例に取る。


【日経の記事】
アントワープ(ベルギー)のグルン広場  ※写真と本文は無関係です。

過去にM&Aで海外での業容を広げた企業の代表として、LIXILグループがある。これまでに米アメリカンスタンダード、独グローエと買収攻勢をかけた。同社の藤森義明社長は本紙上で「今は新たな組織を円滑に運営していくことが最優先」と語った。

 業容を広げた後は、社内融和や重複業務の削減で、相乗効果を引き出す必要があるというわけだ。そうでなければ成長戦略としてのM&Aは成功とはいえず、企業価値の破壊につながる。新たに海外M&Aに走る他の日本企業もいずれ同じ課題に直面する。


形式的には「同社=独グローエ」だが、文脈から判断すると「同社=LIXILグループ」だろう。ついでに言うと、上記のくだりは当たり前すぎてわざわざ記事にする意味がない。「海外企業を買収して規模を拡大すればそれで成功。買収した後にどう組織を運営するかは重要ではない」と考えている人はまずいないだろう。これで記事を結ぶようでは「記事を通じて訴えたいことがないのかも」と疑われても仕方がない。編集委員という肩書きを付けてコラムを書くのであれば、もう少しひねりが欲しい。

※記事への評価はD。小平龍四郎編集委員への評価もDとする。