2021年11月5日金曜日

「成長と分配」は解決策にならないのに「成長」で問題解決? デービッド・アトキンソン氏の矛盾

小西美術工芸社社長のデービッド・アトキンソン氏の主張にはツッコミどころが多い。5日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「エコノミスト360°視点~成長のために本当にやるべきこと」という記事でも、その傾向は変わっていない。中身を見ながら具体的に指摘したい。

岩国城の近く

【日経の記事】  

総選挙で信任を得た岸田文雄政権は「新しい資本主義」を強調している。中心に「成長と分配」が掲げられているが、日本の課題は成長と分配で解決できるほど甘くない

給料が増えていないにもかかわらず、高齢者を支える生産年齢人口の減少により増税が繰り返され、可処分所得は減る一方だ。結果、個人消費は冷え込む。また、企業は将来の先行きが見えないので投資をしない。従って国内総生産(GDP)も増えない


◎説明になってる?

日本の課題は成長と分配で解決できるほど甘くない」とアトキンソン氏は言う。ならば「成長」でも「分配」でもダメだと納得できる根拠が欲しい。しかし、なぜか「従って国内総生産(GDP)も増えない」という話になってしまう。

成長」では「解決」できないのではなく「成長」自体が無理だと言っているだけだ。これでなぜ「日本の課題は成長と分配で解決できるほど甘くない」となってしまうのか。

続きを見ていこう。


【日経の記事】

そして急増する社会保障費を負担するために国の財政は悪化している。社会保障の増加は企業の生産性を高め、経済成長に資する生産的政府支出(PGS)を犠牲にする。日本のPGSはGDP比で1割を切り、先進国の平均24.4%を大きく下回っている。


◎「社会保障の増加は企業の生産性を高め」る?

上記のくだりは書き方が下手だ。素直に読めば「社会保障の増加は企業の生産性を高め」ると取れる。推測だが「社会保障の増加は『企業の生産性を高め、経済成長に資する生産的政府支出(PGS)』を犠牲にする」と言いたいのだろう。

日経の担当者も、この問題に気付かなかったのか。あるいは「社会保障の増加は企業の生産性を高める」と解釈するのが正解なのか。

さらに続きを見ていく。


【日経の記事】

この問題を根本から解決するには、社会保障を削るか、生産性の向上しかない。しかし、現実にはどちらも反対が根強い。とくに社会保障削減は、最大の票田たる高齢者が猛烈に反対する。そこに手を突っ込みたくないから、「成長と分配」になるのだろう。しかし生産年齢人口が減るなか、労働参加率が限界に近い日本では、人口増加という形での自然増による大幅な経済成長はありえない。

となると、既存の生産要素を組み直し、生産性の高い分野に再配分するしかない。筆者がかねて主張している、中小企業を強化せよという話だ。ところがそれは中小いじめだという横やりが入る。

新政権が示唆する大企業の努力と下請け救済では、大した生産性の改善はない。大企業も頑張らないといけないが、社会保障負担に対応できるほどの生産性向上は不可能だ。上場企業で働く労働者の割合は約2割で、企業数なら0.3%である。いじめの対象になる下請けは、中小企業白書によれば、中小企業の1割にも満たない。

生産性を大きく向上させるには、日本企業の99.7%を占め、7割以上の労働者を雇用している中小企業を全体として底上げするしかない。しかし私が中小企業の問題に触れると、すぐに「淘汰策だ!」と反対される。現状維持をしたい人が、そう叫ぶことによって改革の回避を図っているように見える。

また賃上げする企業を税制面で優遇するというが、それは性善説である。7割近くの企業は法人税を納めておらず、税率優遇程度で賃上げする企業は少ないと思う。「生産性を上げてから賃上げをする」という向きもあるが、そもそも賃上げを考えていない企業はどうするのか。結局、最低賃金が肝心なのだ


◎問題はベストな上げ幅では?

アトキンソン氏は「最低賃金」の引き上げを訴え続けているが、どの程度の期間にどのぐらい上げるのがベストなのかは教えてくれない。「最低賃金」を上げさえすれば「日本の課題」が解決するならば話は簡単だ。「最低賃金」を時給1億円にすれば1日働いただけで誰でも後は遊んで暮らせる…とならないのはアトキンソン氏も分かるはずだ。

最低賃金」の引き上げに効果があるとしても、期間と上げ幅はどうするのか。最適解をどういう基準で決めるのか。基準を決める上での理論的な根拠は何か。その答えを出さない限り、アトキンソン氏の主張に説得力は生まれない。

アトキンソン氏はMMTにも批判の矛先を向けている。これにもツッコミを入れておこう。


【日経の記事】

さらに、高所得者の税負担を増やすとか、インフレにならない限り借金をしてもいいという現代貨幣理論(MMT)の導入も耳にする。高所得者の負担額などたかが知れている。MMTを使って社会保障負担を新札を刷って賄ったとしても、より以上に財政を悪化させるだけだろう


◎何が問題?

MMTを使って社会保障負担を新札を刷って賄ったとしても、より以上に財政を悪化させるだけだろう」とアトキンソン氏は言う。強い通貨主権を持つ国は「インフレにならない限り借金をしてもいい」というのが「MMT」の考え方だ。「インフレにならない」前提で言えば「財政を悪化させ」ても問題はない。アトキンソン氏が重視する「生産的政府支出(PGS)」を増やす余地も生まれる。

社会保障負担を新札を刷って賄ったとしても」インフレになるだけだと言うなら分かる。しかし「財政を悪化させ」るだけならば、問題はないはずだ。政府・日銀は日本円を無限に創出できるので国債の債務不履行などを心配する必要もない。

記事の結論部分にもツッコミを入れておこう。


【日経の記事】

日本経済衰退の本質は、高齢化社会の負担にどう対応するかである。まず持続性が強い「成長」を担保する中小企業の強化策がなければ、この新たな政策も画餅に終わると言わざるを得ない


◎話は戻るけど…

日本の課題は成長と分配で解決できるほど甘くない」とアトキンソン氏は訴えていたはずだ。なのに「まず持続性が強い『成長』を担保する中小企業の強化策がなければ、この新たな政策も画餅に終わると言わざるを得ない」と結局は「成長」を求めている。

中小企業の強化策」を進めれば「成長」が可能だとしよう。だとしたら「日本の課題は成長と分配で解決できる」のではないか。なのに、なぜ「日本の課題は成長と分配で解決できるほど甘くない」と断定してしまったのか。

やはりアトキンソン氏の主張は苦しい。この結論でいいだろう。



※今回取り上げた記事「エコノミスト360°視点~成長のために本当にやるべきこと」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211105&ng=DGKKZO77260750U1A101C2TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。アトキンソン氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

D・アトキンソン氏の「最低賃金引き上げ論」に欠けている要素
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/d.html

改めて感じたアトキンソン氏「最低賃金引き上げ論」の苦しさ
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/blog-post_10.html

日経でも雑な「最低賃金引上げ論」を披露するアトキンソン氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/blog-post_11.html

相変わらず説明に無理があるデービッド・アトキンソン氏の記事
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/blog-post_7.html

最低賃金引き上げ率「5%」の根拠を示さないデービッド・アトキンソン氏https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/5.html

日経で「最低賃金の引き上げ」を再び訴えたデービッド・アトキンソン氏へのツッコミhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2021/04/blog-post.html

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