「パッシブ運用」を問題視する記事は基本的に説得力がない。19日の日本経済新聞朝刊グローバル市場面に川崎健編集委員が書いた 「Market Beat『タダ乗り投資』市場蝕む~パッシブ化の弊害強く」という記事もそうだ。最後まで読んでも「弊害強く」とは感じられない。中身を見ながら具体的に指摘したい。
夕暮れ時の巨瀬川 |
【日経の記事】
株式市場は古くから、景気や企業業績の実態を正確に映し出す「経済の鏡」に例えられてきた。だが、この鏡が曇り始めているのではないか。そんな疑念を抱かせる重大な構造変化が、世界の株式市場で進行する。株価指数の構成銘柄をまるごと保有して市場並みの運用成績をめざす「パッシブ運用」の膨張だ。
「インデックスファンドは割高な値段で買ってしまう」。米リサーチ・アフィリエイツのロブ・アーノット会長はいう。典型例が2020年12月に米S&P500種株価指数に採用された米電気自動車のテスラ株だ。
テスラの時価総額は指数組み入れ前に6600億ドル(約72兆円)とトヨタ自動車の2倍以上に膨らんだ。S&P500は時価総額加重平均型の指数で、時価総額に比例して組み入れ比率が決まる。連動するパッシブファンドはテスラの時価総額に見合う1000億ドル規模の買いを入れた。
だが組み入れ後のテスラ株はさえない。現在まで6%下落し、18%上昇したS&P500を下回る。パッシブファンドはたとえ株価が割高でも機械的に買っており、その反動が出ている。
テスラは効率的な手法とされるパッシブ運用が実は非効率である事実を示唆するが、パッシブ運用は膨らむ一方だ。
◎どこが「非効率」?
「割高」な水準で買うことを「非効率」と川崎編集委員は見ているようだ。だとすれば、そもそも「パッシブ運用」が「効率的な手法とされ」てきたのかが疑わしい。
「パッシブ運用」は低コストという意味では「効率的」ではあるが、「割高」な水準で買わずに済む訳ではない。株式相場が時に「割高」になったり割安になったりするものだと仮定しよう。「パッシブファンド」は常に売られているのだから「割高」な時に購入する投資家も当然にいる。
逆に、効率的市場仮説が成立している(市場は効率的)だと仮定すると、いつ買っても「割高」ではないし、割安でもない。「テスラ株」が「S&P500種株価指数に採用された」後に「さえない」展開になったからと言って、採用直前の株価が「割高」だったとは言えない。市場が効率的だとの前提に立てば、その時点での株価は原理的に「割高」にはならない。
「組み入れ後のテスラ株はさえない」という事実は「パッシブ運用」に関して新たに何かを教えてくれている訳ではない。
続きを見ていこう。
【日経の記事】
オープンエンドファンドと上場投資信託(ETF)を足した世界の株式ファンドに占めるパッシブ運用は20年末に10.6兆ドル。数字を遡れる07年の7.4倍に膨らんだ。
一方、個別株を選別するアクティブ運用は13.5兆ドル。世界の株式ファンドに占めるパッシブ比率は44%に上がった。
ほぼ右肩上がりだったリーマン危機後の相場では個別銘柄を売り買いせず、低コストのパッシブ運用で指数構成銘柄に分散投資するのが効率的だった。一方、多くのアクティブファンドは指数に勝てず、パッシブファンドに資金が流出した。
パッシブファンドは1976年に米バンガード・グループ創業者のジョン・ボーグルが個人向けに初めて販売。40年以上を経てパッシブファンドはアクティブに匹敵するまで成長した。
ボーグルがファンドを立ち上げた時に誰も予想していなかったことがある。パッシブが株式市場の多数派になる事態だ。
◎「パッシブが株式市場の多数派」?
「世界の株式ファンドに占めるパッシブ比率は44%」に過ぎない。なのに「ボーグルがファンドを立ち上げた時に誰も予想していなかったことがある。パッシブが株式市場の多数派になる事態だ」と書いている。「44%」で「多数派」なのか。あるいは、近く「多数派」になりそうなのか。
「44%」はあくまで「株式ファンドに占める」比率だ。個人投資家による個別株投資などの「アクティブ」運用も含めれば「パッシブ」の比率はさらに下がるだろう。「パッシブが株式市場の多数派になる事態」はまだ起きていないし、そうなる日が近い訳でもなさそうだ。
続きを見ていく。
【日経の記事】
「全ての情報を反映するマーケットに勝ち目がないからと投資家全員がパッシブ運用になってしまったら、誰が市場に情報を反映させるのか」。米国でパッシブ比率が4割を超えた17年、ノーベル経済学賞のロバート・シラー教授は言った。
パッシブ運用の有効性は、株価には入手可能な情報が全て反映されており、誰も市場を出し抜けないという「効率的市場仮説」が裏付けだ。株価は常に妥当な水準だから、銘柄を調査せずともコストが高いアクティブ運用に勝てるという。
◎パッシブ運用の有効性は「効率的市場仮説」が裏付け?
「パッシブ運用の有効性」は「『効率的市場仮説』が裏付け」との見方には同意できない。そもそも「仮説」で「裏付け」できるものなのか。
「効率的市場仮説」が成立しなくても「パッシブ運用の有効性」は残り得る。低コストだ。「アクティブ運用」が「パッシブ運用」を運用成績(コストは考慮しない)で上回るとしても、コストを含めたリターンで負けてしまうのならば、やはり「パッシブ運用」は有効だ。
コスト面で差がなくなれば、「効率的市場仮説」が成立する前提であっても「パッシブ運用」に優位性はない。この状況では「アクティブ運用」と「パッシブ運用」の差に意味がなくなる。
さらに続きを見ていく。
【日経の記事】
だがパッシブ運用はコストをかけて企業を調査し、株価に情報を反映させる多数のアクティブ運用者がいて初めて成立する。「パッシブ運用は他人の努力へのフリーライダー(タダ乗り)だ」。シラー教授は喝破した。パッシブが多数派になった途端、市場の価格発見機能が蝕(むしば)まれる恐れが出てくる。
◎「多数派」かどうかが重要?
「パッシブ運用はコストをかけて企業を調査し、株価に情報を反映させる多数のアクティブ運用者がいて初めて成立する」とは思えない。「アクティブ運用者」がいない世界では「市場の価格発見機能」は損なわれるだろう。それが株式市場のあるべき姿とはかけ離れているとしても「パッシブ運用」が不可能になる訳ではない。
「パッシブが多数派になった途端、市場の価格発見機能が蝕まれる恐れが出てくる」という説明はさらに謎だ。
「パッシブ」比率49%の時は「市場の価格発見機能」がしっかり働くのに51%になると「途端」に「機能が蝕まれる」のか。「多数派」かどうかが、そんなに決定的な意味を持つ理由が分からない。
さらに続きを見ていく。
【日経の記事】
世界がこれから直面するパッシブ化の弊害を探るうえで参考になる市場がある。この日本だ。
日本株はETFを買ってきた日銀が実質的な筆頭株主だ。日本はパッシブ比率が73%に達する「パッシブ先進国」だ。
東京証券取引所では1日の売買代金に占める午後3時の「大引け」時の比率が14%に達した。パッシブファンドは成績を指数と一致させるため、大引けで注文を出す場合が多い。パッシブ比率の高まりを映し、大引け時に売買が集中している。
これは「ザラバ」と呼ぶ日中取引の閑散ぶりの裏返しだ。「持ち合い全盛の80年代と似た光景だ」。70年代から日本株を見てきた米ディメンショナル・ファンド・アドバイザーズのジョン・アルカイヤ日本代表はいう。パッシブ運用は資金が流出しない限り、構成銘柄を持ち続ける。パッシブが保有する株は持ち合いと同じ固定株となり、市場の流動性を下げる。
そんな市場で最近目立つ現象がある。米国で悪材料が出ると本家の米国以上に相場が下がるのだ。パッシブ運用が固定株となり、流動性低下を通じて相場の変動を高める逆説に直面している。
パッシブ化の弊害をどう抑えるか。日本の市場参加者は世界のフロントランナーとして、この問題に真っ先に取り組むタイミングにきている。
◎それは「パッシブ化の弊害」?
「固定株」が増えると「市場の流動性を下げ」てしまうのは確かだ。しかし、それは「パッシブ化の弊害」なのか。むしろ長期投資の「弊害」だ。「アクティブ運用」でも銘柄入れ替えをしないまま投資家が長期投資に徹する場合は「固定株」となり得る。「パッシブ運用」であっても「資金が流出」すれば「市場の流動性」を高める効果がある。
それに「米国で悪材料が出ると本家の米国以上に相場が下がる」からと言って、「流動性低下を通じて相場の変動を高める」動きだと断定はできない。「相場の変動」を起こす要因は「米国で悪材料」以外もあるからだ。
「パッシブ運用」の増加が「流動性低下を通じて相場の変動を高め」ていると言える根拠を川崎編集委員は示していない。
「パッシブ化の弊害」を訴える記事が説得力を欠くのは「アクティブ運用」を応援したいという意図が見え隠れするからだ。川崎編集委員のような書き手には「アクティブ運用」側からの働きかけが多いのではと推測している。
「パッシブ化の弊害」は少なくとも現時点では確認できない。今回の記事を読む限りではそう判断していいだろう。
※今回取り上げた記事 「Market Beat『タダ乗り投資』市場蝕む~パッシブ化の弊害強く」
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210719&ng=DGKKZO73994810Y1A710C2ENG000
※記事の評価はD(問題あり)。川崎健編集委員への評価はDで据え置く。川崎編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。
川崎健次長の重き罪 日経「会計問題、身構える市場」http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_62.html
なぜ下落のみ分析? 日経 川崎健次長「スクランブル」の欠陥http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_30.html
「明らかな誤り」とも言える日経 川崎健次長の下手な説明http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_27.html
信越化学株を「安全・確実」と日経 川崎健次長は言うが…http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/blog-post_86.html
「悩める空売り投資家」日経 川崎健次長の不可解な解説
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/10/blog-post_27.html
日経「一目均衡」で野村のリーマン買収を強引に庇う川崎健次長
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/09/blog-post_11.html
英国では「物価は上がらない」と誤った日経「モネータ 女神の警告」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/12/blog-post_29.html
日経 川崎健次長の「一目均衡~調査費 価格破壊の弊害」に感じた疑問https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/blog-post_23.html
日経 川崎健編集委員「一目均衡~失われた価格発見機能」に見える矛盾https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/03/blog-post_16.html
日経「統治改革、東芝が試金石」に感じる川崎健編集委員の説明不足https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/04/blog-post_15.html
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