30日の日本経済新聞朝刊総合4面に水野裕司編集委員が書いた「Views~先読み『最低賃金1000円』議論へ 古びた制度、賃上げの壁」という記事には色々と問題を感じた。内容を見ながら具体的に指摘したい。
夕暮れ時の筑後川 |
【日経の記事】
菅義偉政権初となる最低賃金の引き上げをめぐる審議会の議論が6月下旬にも始まる。政府は全国平均で時給1000円への早期引き上げを掲げるが、新型コロナウイルス禍で労使の対立が激しさを増し、実現は容易ではない。議論の進め方や制度設計をめぐる3つの問題が浮かび上がる。
最低賃金は都道府県ごとに改定される。引き上げ幅の目安を、学識者らの公益委員と労使代表で構成する厚生労働省の中央最低賃金審議会が示す。
だが2020年は目安の提示を断念する異例の事態となった。コロナ禍による景気低迷で労使が合意できる水準を見いだせなかったためだ。公益委員が出した見解は「現行水準の維持が適当」というもので、議論は各都道府県の地方審議会にゆだねられた。全国平均の時給は前年から1円増の902円にとどまった。
中央審議会での議論が膠着状態に陥りがちな点が、第1の問題だ。公益委員は景気や雇用のデータを基に適切な上げ幅を探るというよりも、労使間の調整が役割になる傾向がある。労使対立が激しいと、どうしても目安は控えめになる。
英国では政府諮問機関の低賃金委員会が最低賃金の改定案を示す。これまでの引き上げが物価や企業の投資などに及ぼした影響を精査する。同委員会は20年10月、最低賃金を2.2%上げて8.91ポンド(約1370円)とするよう提案、英政府は今年4月に実施した。
◎どう変えたい?
「第1の問題」は「中央審議会での議論が膠着状態に陥りがちな点」だと水野編集委員は言う。だとしたら話は簡単だ。「全国平均で時給1000円への早期引き上げ」を是とするのならば「学識者らの公益委員と労使代表で構成する厚生労働省の中央最低賃金審議会」を「引き上げ」賛成派で固めればいい。しかし水野編集委員はそれを求めない。
そして「英国」の話を持ち出す。日本も「政府諮問機関」で「景気や雇用のデータを基に適切な上げ幅を探る」べきだと言いたいのかもしれない。しかし、それだと「議論が膠着状態」になるのを防げない。例えば学者だけをメンバーにして「景気や雇用のデータ」を分析するにしても、見解が一致するとは限らない。
続きを見ていこう。以下のくだりに最も大きな問題を感じた。
【日経の記事】
日本の第2の問題は、最低賃金を引き上げた場合の企業への影響を抑える工夫が足りないことだ。
英国は若年層を18~20歳、16~17歳などに分け、年齢が下がるに従い最低賃金を減額する。スウェーデンは産業別に労使が協議し、景況や技能水準を踏まえて最低賃金を決める。ドイツは職業訓練生の一部などが最低賃金の対象外だ。
日本の最低賃金は安倍前政権下での上げ幅が計150円を超えた。とはいえ現在の額の水準は英独仏の65~70%強にとどまる。
一方、急速な引き上げで、改定後に賃上げが必要になった労働者の比率(小規模企業ベース)は19年には16.3%に高まった。
「国際的にみて低い日本の最低賃金は今後も引き上げが必要だが、雇用への影響を抑える工夫が一層重要」(日本総合研究所の山田久副理事長)。生産性に見合う形で最低賃金が上がる制度設計が求められる。
◎本当に「工夫が足りない」?
「日本の第2の問題は、最低賃金を引き上げた場合の企業への影響を抑える工夫が足りないことだ」と水野編集委員は言う。本当だろうか。
「英国は若年層を18~20歳、16~17歳などに分け、年齢が下がるに従い最低賃金を減額する」らしい。きめ細かく分けているから「企業への影響を抑え」られると言いたいのだろう。しかし「最低賃金」に関して英国は全国一律で日本は都道府県別だ。地域の実情に応じて決めることで日本は「企業への影響を抑える工夫」をしているのではないか。
「スウェーデンは産業別に労使が協議し、景況や技能水準を踏まえて最低賃金を決める」らしい。日本でも「学識者らの公益委員と労使代表で構成する厚生労働省の中央最低賃金審議会」で「引き上げ幅の目安」を示すのだから「企業への影響を抑える工夫」としては似たようなものだ。
「ドイツは職業訓練生の一部などが最低賃金の対象外」と書いてあると日本に対象外のものはないような印象を受ける。しかし厚生労働省のホームページを見ると「基礎的な技能等を内容とする認定職業訓練を受けている方のうち厚生労働省令で定める方」は「最低賃金の減額の特例」が認められると出てくる。
結局「最低賃金を引き上げた場合の企業への影響を抑える工夫が足りない」と言える十分な根拠を水野編集委員は示せていない。
さらに最後まで見ていこう。
【日経の記事】
第3の問題は雇用の安全網の不備だ。職業訓練や職業紹介が充実していないと最低賃金を上げにくい。ハローワークの求人開拓力のテコ入れなどが急務だ。
最低賃金引き上げは格差拡大の抑制策として各国が重視する。成長力を失った企業を淘汰する効果も指摘される。日本の現行制度の骨格が固まってから40年余り。制度を立て直す時だ。
◎どういう関係?
「職業訓練や職業紹介が充実していないと最低賃金を上げにくい」という理屈が謎だ。労働側から見るとほとんど関係ない。「職業訓練や職業紹介が充実していない」から「最低賃金」を上げないでほしいと労働側が望む場合があるのか。経営側から見ても同じだ。「職業訓練や職業紹介が充実」してきたら「最低賃金」の引き上げに抵抗がなくなるものなのか。人件費の負担増が困るのならば、「職業訓練や職業紹介が充実」しても問題は解決しない。
「最低賃金」が上がると雇用が減るから「職業訓練や職業紹介」を充実させるべきとの考えなのだろうか。しかし「最低賃金」の引き上げが雇用の絶対数を減らすのならば「職業訓練や職業紹介」を充実させても、あまり意味はない。椅子取りゲームの椅子が減るのに、椅子取りゲームの参加者への「訓練」を充実させても椅子を取れる人は増えないはずだ。
※今回取り上げた記事「Views~先読み『最低賃金1000円』議論へ 古びた制度、賃上げの壁」
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210530&ng=DGKKZO72412090Z20C21A5EA4000
※記事の評価はD(問題あり)。水野裕司編集委員への評価もDを据え置く。水野編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。
通年採用で疲弊回避? 日経 水野裕司編集委員に問う(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_28.html
通年採用で疲弊回避? 日経 水野裕司編集委員に問う(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_22.html
宣伝臭さ丸出し 日経 水野裕司編集委員「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_26.html
「脱時間給」擁護の主張が苦しい日経 水野裕司編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_29.html
「生産性向上」どこに? 日経 水野裕司編集委員「経営の視点」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_23.html
理屈が合わない日経 水野裕司編集委員の「今こそ学歴不問論」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/blog-post.html
日経 水野裕司上級論説委員の「中外時評」に欠けているものhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_9.html
具体策は「労使」丸投げで「雇用と賃金、二兎を追え」と求める日経 水野裕司上級論説委員https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/02/blog-post_17.html
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