2021年3月16日火曜日

日経 川崎健編集委員「一目均衡~失われた価格発見機能」に見える矛盾

16日の日本経済新聞朝刊 投資情報面に川崎健編集委員が書いた「一目均衡~失われた価格発見機能」という記事には矛盾を感じた。

臼杵石仏

全文は以下の通り。

【日経の記事】

株価がファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)を反映しなくなっているのでは――。多くの投資家が今の株式市場に感じているであろう違和感の正体を、数字で解き明かした論文が今月発表された。

証券アナリストジャーナルが3月号に掲載した野村アセットマネジメントのクオンツやファンドマネジャーら3人の手による「バリュー投資の再考」と題した論文だ。

「2018年以降に限っていえば(企業の)利益の改善があったとしても価格発見機能が働いておらず、株式市場は深刻な機能不全に陥っている」。過去約40年の日米株式市場のデータを分析して導き出した結論は、衝撃的だ。

論文は12カ月先利益が正確にわかっていると仮定し、この「完全予見利益」ではじいた割安銘柄を買った場合のリターンを計算する。すると1980年以降、年率10%以上の超過リターンを出してきた。必ず当たる利益予想に従って投資すれば、業績が株価に織り込まれる過程で高いリターンを得ることができた。

だが2010年以降はリターンが上がりづらくなっており、日本の超過リターンは18年に1.6%、19年に1.1%まで低下。米国は19年にマイナス2.2%に転じた。業績が株価に織り込まれず、割安な銘柄がいつまでも放置されていることを意味する。

この事実は投資の前提を真っ向から否定する。将来の利益を正確に予想しても業績は株価には反映されず、そんな投資家の努力は無駄に終わることを意味するからだ。

なぜ市場の価格発見機能は壊れてしまったのか

第1の理由は、リーマン危機後に顕著になった世界経済の成長率低下と主要国の金融緩和だ。経済成長が見込めない中でも高い利益成長が期待できる一握りのテック企業に緩和マネーが集中。割高なグロース(成長)株が買い進まれ、景気と業績の連動性が高いバリュー(割安)株は見向きもされなくなった

第2の理由は、パッシブ運用という、個別企業の業績を全く参照せずに投資する投資家の膨張だ。マネーはアクティブ運用から、指数構成銘柄を一括購入する低コストのパッシブ運用にシフト。銘柄選別を通じて業績を株価に反映させるコストを誰も負担しないようになってきている。

第3の理由は、現行の会計システムだけでは企業の価値を捕捉できなくなってきたことだ。知的財産など無形資産が企業の成長力を左右するようになれば会計上の利益だけでは株価は動かなくなる。ESG(環境・社会・統治)を企業評価に組み込もうとする最近の変化も同じ文脈だ。

米長期金利の上昇を機に足元ではバリュー株がようやく反転しているが、その持続力は市場に価格発見機能が戻るかどうかにかかっている。

このままでは、産業へのリスクマネーの効率的な配分という株式市場の最も大事な役割が永久に損なわれてしまいかねない。バリュー株の本格復活の可否が、単なる運用スタイルの優劣を超えた重要な問題と考えるゆえんだ。


◇   ◇   ◇


疑問点を列挙してみる。


(1)矛盾してない?

パッシブ運用にシフト」してきたため「銘柄選別を通じて業績を株価に反映させるコストを誰も負担しないようになってきている」と川崎編集委員は言う。一方で「一握りのテック企業に緩和マネーが集中」とも書いている。これは整合しない。「パッシブ運用」ばかりで「銘柄選別」をしなくなっているのに、なぜ「一握りのテック企業に緩和マネーが集中」するのか。「一握りのテック企業に緩和マネーが集中」しているのは「アクティブ運用」が大きな影響力を持っている証ではないか。


(2)見向きもされない?

パッシブ運用」が主流なのに「バリュー(割安)株」が「見向きもされなくなった」のも不思議だ。「指数構成銘柄を一括購入する」のだから、「指数構成銘柄」であれば「バリュー(割安)株」も買われるはずだ。市場平均に対する「超過リターン」が得られないからと言って「見向きもされ」ていないと考えるのは早計だ。


(3)「価格発見機能」は壊れてる?

なぜ市場の価格発見機能は壊れてしまったのか」と川崎編集委員は言うが、本当に「壊れてしまったのか」。

第3の理由は、現行の会計システムだけでは企業の価値を捕捉できなくなってきたことだ。知的財産など無形資産が企業の成長力を左右するようになれば会計上の利益だけでは株価は動かなくなる」と記事でも書いている。

会計上の利益」以外の要素も含めて「株価」が形成されているとすれば「価格発見機能」は「壊れて」いないとも言える。

そもそも「株価」は「12カ月先利益」だけに左右されるものではない。13カ月より先の「利益」や保有資産の影響も受ける。

さらに言えば、「12カ月先利益」をベースに、どうやって「割安」かどうか判断したのか基準を記事では示していない。どういう基準を使うかによっても「バリュー(割安)株」かどうかが変わってくる。

論文では「価格発見機能が働いておらず、株式市場は深刻な機能不全に陥っている」と結論付けているようだが、それを鵜呑みにしてよいのか疑問は残る。


(4)「永久に損なわれてしまいかねない」?

百歩譲って「2018年以降に限っていえば(企業の)利益の改善があったとしても価格発見機能が働いておらず、株式市場は深刻な機能不全に陥っている」としよう。だからと言ってなぜ「このままでは、産業へのリスクマネーの効率的な配分という株式市場の最も大事な役割が永久に損なわれてしまいかねない」と考えるのか。

個人的には「明らかに割安な状態は長く放置されない」と予測したい。純資産100億円で安定的に利益を出している企業の株が「見向きもされ」ず時価総額1億円にとどまっているとしよう。それでも長期にわたって放置される状況は考えにくい。買収して利益を得ようとする者が現れると見る方が自然だ。

「簡単に利益が得られる機会があるのに誰も関心を持たない」という状況が「永久に」続くことを川崎編集委員は心配しているのか。気が知れない。


※今回取り上げた記事「一目均衡~失われた価格発見機能」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210316&ng=DGKKZO69996500V10C21A3DTA000


※記事の評価はD(問題あり)。川崎健編集委員への評価はDで据え置く。川崎編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。


川崎健次長の重き罪 日経「会計問題、身構える市場」http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_62.html

なぜ下落のみ分析? 日経 川崎健次長「スクランブル」の欠陥http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_30.html

「明らかな誤り」とも言える日経 川崎健次長の下手な説明http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_27.html

信越化学株を「安全・確実」と日経 川崎健次長は言うが…http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/blog-post_86.html

「悩める空売り投資家」日経 川崎健次長の不可解な解説
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/10/blog-post_27.html

日経「一目均衡」で野村のリーマン買収を強引に庇う川崎健次長
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/09/blog-post_11.html

英国では「物価は上がらない」と誤った日経「モネータ 女神の警告」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/12/blog-post_29.html

日経 川崎健次長の「一目均衡~調査費 価格破壊の弊害」に感じた疑問https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/blog-post_23.html

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