「自分が属する集団の利益を守れ」と外に向かって訴えるのは美しくない。訴えるならば「結果として社会全体の利益につながる」という理屈が欲しい。しかし20日付の東洋経済オンラインに載った「80歳の私が政府のコロナ対策に強く切望する事~通常医療を保って救える命を守れるように」という記事で、筆者で早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問の野口悠紀雄氏は「自分を含む高齢者の利益を守れ」と強く訴える。同氏を長年高く評価してきたが今回の記事には失望した。
夕暮れ時の巨瀬川(久留米市) |
一部を見ていこう。
【東洋経済オンラインの記事】
そこで、つぎのような考えが生まれます。
まず、高齢者や基礎疾患者は、隔離状態に置きます。
それら以外の人々については、社会経済活動の制限は、最小限にとどめます。
そして、ある程度の感染を許容します。
感染が拡大して医療崩壊に至った場合には、高齢者は見捨てます。これは、「トリアージ」(選別)と呼ばれる措置です。
スウェーデンでは、実際に、これに近い考えが採られました。
医療現場での個別的判断だけでなく、都市のロックダウンを行わないなど、社会全体としての政策にも、その考えが反映されました。これを「社会的トリアージ」と呼ぶことができるでしょう。
私は、こうした政策には断固反対です。
沖縄やスウェーデンやトリアージのことを考えていたのは、春のことです。ところが、最近になって、日本でもすでに間接的な社会的トリアージが始まっていると考えるようになりました。
そう考えたきっかけは、私の近所の病院で、新型コロナウイルスのクラスターが発生したことです。
40人程度の感染者が発生したようです。一部のテレビでは報道されましたが、新聞に記事が現れません。地域版にも記事がでません。
外来には影響がなかったからということのようです。外来患者への通知もありませんでした。
つまり、この程度のことは、もはやニュースにもならない「当たり前」のことになってしまったのです。今年の春であれば、大ニュースだったでしょう。
ところで、この件があったため、この病院の外来診療は、当面休止になってしまいました。ここは地域の中心病院なので、多くの人が診療を受けられなくなりました。その大部分は高齢者です。
コロナによる医療逼迫とは、コロナ患者の病床が不足することだけでなく、通常医療ができなくなることでもあると、改めて認識しました。
コロナ感染を免れたとしても、そのほかの病で命を落とす確率が上昇しているわけです。
◎自分を守りたいから?
「社会的トリアージ」には「断固反対」だと野口氏は言う。その理由は「コロナによる医療逼迫とは、コロナ患者の病床が不足することだけでなく、通常医療ができなくなることでもある」からのようだ。「地域の中心病院」で「多くの人が診療を受けられなく」なり「その大部分は高齢者」だったという事例も紹介している。
記事では「高齢者や基礎疾患者以外の人々が『自分は大丈夫』と考えるのは、多分、合理的な判断」とも書いている。そうした人たちが「高齢者」のために「社会経済活動の制限」に協力すべきだというのが野口氏の考えだ。
つまり「高齢者や基礎疾患者以外の人々」の犠牲の下に自分たちの利益を増やしたいと訴えている。気持ちは分かる。だが自分たちへの利益誘導を懸命に訴えられても共感はできない。
野口氏は記事を以下のように締めている。
「SNSの発信は若い世代が中心です。60代以上の高齢者になるほど、インターネットの利用率、スマホの保有率は下がり、その声はSNSではあまり現れません。なんとか、コロナ弱者である高齢者の声が、政策当局に届いてほしいものです」
「高齢者」が声を上げて「高齢者」の利益を守る。悪いことではない。しかし、それが全体の利益につながるという理屈を野口氏は示していない。そうなると結局は「高齢者」による「高齢者」のための訴えだ。
個人的には「若い世代」の利益を優先させたい。それを堂々と言えるのは自分が「若い世代」に属していないからだ。「感染が拡大して医療崩壊に至った場合には、高齢者は見捨て」ていい。基本的には年齢が上の者から犠牲になるような仕組みにしたい。
結果的に自分が「見捨て」られる側に回るとしても受け入れるつもりだ。そこそこ長生きしてきた人間が「若い世代」に多大な犠牲を強いてさらに長生きしようとする姿勢には醜さしか感じない。
「若い世代」もいずれ年老いていく。自分たちが「高齢者」になった時に同じような状況になれば、上の世代を見習って今度は自分たちが「見捨て」られる側に回る。そういう社会にであってほしい。
野口氏のような優れた書き手が「80歳」になって声高に「高齢者」の利益を守れと主張したのには驚いたし、がっかりした。
自分も「80歳」になったら野口氏のように考えるのだろうか。だとしたら怖い。
※今回取り上げた記事「80歳の私が政府のコロナ対策に強く切望する事~通常医療を保って救える命を守れるように」
https://toyokeizai.net/articles/-/396720
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