2019年5月14日火曜日

「名目」で豊かさを見る理由 日経ビジネスの苦しい回答

日経ビジネス4月29日・5月6日合併号に載った「革新者を求めた産業構造の変化とデフレ」という記事に関する問い合わせへの回答が5月13日にようやく届いた。問い合わせを送ったのが4月29日。連休が終わってから数えても1週間を要している。内容は非常に苦しい。筆者の田村賢司編集委員も本当は回答したくなかったのだろう。それでも最終的に逃げなかった点は評価したい。
小石川後楽園(東京都文京区)
       ※写真と本文は無関係です

問い合わせと回答の内容は以下の通り。


【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス 編集委員 田村賢司様

4月29日・5月6日合併号の「革新者を求めた産業構造の変化とデフレ」という記事についてお尋ねします。記事の中で田村様は「平成のもう一つの変化はデフレだ。厚生労働省の調べによると、1990年代半ばから名目賃金は2005年前後を除いてじりじり低下を続け、豊かさは失われていった」と記しています。この説明には2つの問題を感じます。

(1)名目賃金は低下してますか?

2月8日付のロイターの記事では「18年の名目賃金をみると、現金給与総額は月額32万3669円で前年を1.4%上回り、5年連続増となった」と報じています。これは「厚生労働省が8日発表した2018年の毎月勤労統計調査(速報)」を基にしたもので、厚労省の資料でも「5年連続増」だと確認できます。

平成」に関して「1990年代半ばから名目賃金は2005年前後を除いてじりじり低下を続け」たとの説明は誤りではありませんか。2014年以降は「低下」していないはずです。記事の説明に問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。


(2)名目賃金で「豊かさ」を判断できますか?

デフレ」で「名目賃金」が「低下」したことを根拠に「豊かさは失われていった」と田村様は判断しています。しかし「名目賃金」を基に「豊かさ」を判断するのは不適切だと思えます。

名目賃金」が5%、物価が10%低下したとしましょう。この場合、「豊かさは失われて」いますか。購買力は向上しています。逆に「名目賃金」が5%、物価が10%上昇した場合はどうでしょう。「名目賃金」の上昇によって「豊かさ」が得られるでしょうか。

豊かさ」がどうなるかは物価との兼ね合いです。つまり「実質賃金」で見る必要があります。「実質賃金」を基準にすれば、「デフレ」でも「豊かさ」は得られます。

名目賃金」では「豊かさ」を判断できないのではありませんか。「判断できる」と田村様が本当に思ったのならば「貨幣錯覚」に陥っているのかもしれません。「貨幣錯覚」とは「人々の経済行動が貨幣で表現された名目額に基づいて行われること」(日本大百科全書)です。

経済記事を書く時には「名目ではなく、物価変動を考慮した実質ベースで考えるべきではないか」と意識した方が良いでしょう。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。



【日経BP社の回答

いつも弊誌をご購読頂き、ありがとうございます。またご意見を頂戴し、お礼を申し上げます。

ご質問につきまして、今回の記事は平成の30年間で成長した企業の要因を考えるものでした。長期的に環境がどのように変化し、その中でどのように動くことで成功したかという視点です。その意味で賃金についても長期での変化を見ました。これでは90年代半ば以降、ほぼ下落しております。1人当たり名目賃金を2015年を100として指数化してみると、1994年半ばに約114でしたが、2019年3月時点では約101となっています。


ただ、ご指摘の通り、2014年末頃からわずかに上昇をしております。さらに細かくその辺りまで触れればより分かり易かったかと思います。ありがとうございます。


また、名目賃金を使ったことにつきましては、ご指摘の通り実質賃金は大変重要なものだと考えています。物価下落が大きければ、賃金が小幅に下落しても購買力は増すということは言えると思います。


ただ、日本は長期的に緩やかなデフレが続いています。デフレは突き詰めれば供給に対して需要が不足している状態かと思います。こうした中では企業は売り上げを伸ばすことは容易ではない(出来ないということではありません)と考えるのが一般的とエコノミストの間では言われます。そのため、名目の変動も重視するわけです。もちろん、実質賃金の変動は重視しますが、長期のデフレが続く状態では、企業行動への影響の視点などから名目も重要視されるというわけです。


とはいえ、前述のように実質賃金は重要な指標です。合わせて記述すればさらに分かり易かったものと思っております。ありがとうございました。



日経ビジネス編集部

◇   ◇   ◇


平成」に関して「1990年代半ばから名目賃金は2005年前後を除いてじりじり低下を続け」と書いてあれば、読者は「2014年末頃からわずかに上昇をして」いるとは思わないはずだ。「2005年前後を除いて」との説明があれば、なおさらだ。こんな話をするまでもなく、今回の回答はしっかり疑問に答えているとは言い難い。

そこをしつこく追及するつもりはない。ただ、編集部として田村賢司編集委員に今後も記事を書かせ続けるのならば、しっかりとした支援体制を築くべきだ。そこは忘れないでほしい。


※記事の評価はD(問題あり)。田村賢司編集委員への評価はDを維持する。田村編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

間違い続出? 日経ビジネス 田村賢司編集委員の記事(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_8.html

間違い続出? 日経ビジネス 田村賢司編集委員の記事(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_11.html

間違い続出? 日経ビジネス 田村賢司編集委員の記事(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_12.html

日経ビジネス「村上氏、強制調査」田村賢司編集委員の浅さ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_6.html

日経ビジネス田村賢司編集委員「地政学リスク」を誤解?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post.html

日経ビジネス田村賢司主任編集委員 相変わらずの苦しさ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_12.html

「購入」と「売却」を間違えた?日経ビジネス「時事深層」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/09/blog-post_30.html

「日銀の新緩和策」分析に難あり日経ビジネス「時事深層」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post.html

原油高を歓迎する日経ビジネス田村賢司編集委員の誤解
https://kagehidehiko.blogspot.com/2016/11/blog-post_12.html

「日本防衛に“危機”」が強引な日経ビジネス田村賢司編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/blog-post_18.html

「名目」で豊かさを見る日経ビジネス田村賢司編集委員の誤解
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_3.html

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