2018年11月7日水曜日

「生産性」を論じない日経「生産性考~その先に何が(下)」

7日の朝刊1面に載った「生産性考~その先に何が(下) ケインズの予言 富の再分配、新たな議論」という記事は「生産性」に全く触れていない。「生産性」を論じるのが難しいのならば「生産性考」とのタイトルは外すべきだ。
豊後森機関庫公園(大分県玖珠町)
      ※写真と本文は無関係です

最初の事例を見ていこう。

【日経の記事】

富山涼平さんの「職場」は長野県松本市の自宅だ。平日は2社から請け負うプログラミングの仕事に充て、週末は趣味のスノーボードに費やす。「色々な仕事ができるとやる気も上がる」。仕事はネットで完結。月収60万円が目標だ。

 30年後、こんな働き方が普通になるかもしれない。副業、兼業を含めた広義のフリーランスは日本に1119万人いるといわれ、労働力人口の17%にあたる。人材サービスの米アップワークなどは、米国で2027年に広義のフリーランスが労働力人口の半分を占めると予想する。

経済学者のジョン・メイナード・ケインズは「労働時間は1日3時間になるだろう」と未来を予想したが、そんな時代が近づいているのだろうか

◇   ◇   ◇

問題点を列挙してみる。

(1)「色々な仕事」をしてる?

富山涼平さん」は「2社から請け負うプログラミングの仕事」をしているらしい。これで「色々な仕事」ができているのか。「プログラミングの仕事」しかしていないと感じる。

プログラミングの仕事」の中に「色々な仕事」があると言いたいのかもしれない。それを言い出せば、よほどの単純労働でない限り「色々な仕事」がある。医師、教師、警察官、会社経営者なども同じだ。「色々な仕事」ができるのが「フリーランス」の特徴だと取材班は示唆したいのだろう。だが説得力はない。


(2)今は「普通」じゃない?

平日に「フリーランス」として「プログラミングの仕事」をしていると聞いて、特殊な「働き方」だと思うだろうか。個人的には「普通の働き方」だと感じる。記事でも「副業、兼業を含めた広義のフリーランスは日本に1119万人いるといわれ、労働力人口の17%にあたる」と書いている。なのになぜ「30年後、こんな働き方が普通になるかもしれない」と書いてしまったのか。


(3)「富山涼平さん」は「3時間」労働?

経済学者のジョン・メイナード・ケインズは『労働時間は1日3時間になるだろう』と未来を予想したが、そんな時代が近づいているのだろうか」と記事に出てくる。文脈的に考えて、冒頭で紹介した「富山涼平さん」の「労働時間」が「1日3時間」以下でないと話が成立しない。しかし「労働時間」に関する情報は見当たらない。

それに「1日3時間」の「労働時間」は既に現実になっている。パートやアルバイトでは「1日3時間」の「労働時間」でも働く場所はたくさんある。パートやアルバイトは取材班の眼中にないかもしれないが…。

ここから記事を最後まで一気に見ていこう。「生産性」をしっかり論じているかチェックしてほしい。

【日経の記事】

現実は厳しい。電話通訳1件100円、テープ起こし1時間1500円。フリーの仕事を見つけるサイトでは機械化の可能性がある仕事の賃金下落が激しい。会社勤めは手厚い福利厚生を期待できるがフリーはそれもない。生活は不安定になるかもしれない。安全網はどうあるべきなのか。

「おかげで生活は充実しているわ」。シニ・マルッティネンさんはフィンランドの首都ヘルシンキで、カフェを運営しながら「赤十字でのボランティアにも打ち込めている」。政府からベーシックインカム(基礎所得)を月約7万2千円受け取っているためだ。

同国は17年、2千人の失業者に対し、収入の有無に関係なく最低限の所得としてもらえるベーシックインカムの実験を始めた。シニさんはこの取り組みで一定の収入が確保できたため、仕事をやめてカフェの起業に一念発起した。

ばらまきといわれかねないベーシックインカムだが、ネット革命の最先端の経営者が賛同し始めている。米フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者は「新しいことに挑戦できる考え方として検討すべきだ」と話す。

27兆円。GAFA(グーグルの親会社アルファベット、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)4社の手元資金の総額はこの3年で7割増えた。余るお金は、米アップルの巨額の自社株買いのように株主に流れる。

20世紀型の製造業なら投資して工場を建設し、従業員も多く雇った。だが、知識集約型のデジタル経済を担う企業ではかつてほど投資や雇用を必要としなくなっている。経済全体に富が配分されるメカニズムが働きにくくなっている。先進国で労働分配率が低迷している現実と、デジタル経済の進展に伴う富の集中はコインの裏表だ。

取り残された中間層のいらだちがポピュリズムのかたちで政治を揺らし、いずれは自分たちにも跳ね返ってくる。こんなリスクを感じるからこそ、IT企業の経営者がベーシックインカムの議論に傾いている。

富の集中の行き過ぎを解消する答えがベーシックインカムなのかはわからない。ただ、世界のあちこちで再分配を巡る議論が始まっている意味を、問い直す時期に来ているのかもしれない。


◎「生産性」はどこに行った?

フリーランス」を取り上げるのもいい。「ベーシックインカム」について考えるのも悪くない。だが、この連載は「生産性考」だ。「フリーランス」や「ベーシックインカム」が「生産性」とどう関連してくるのかを論じなければ、記事として成立しない。
平和祈念像(長崎市)※写真と本文は無関係です

その作業を投げ出して「世界のあちこちで再分配を巡る議論が始まっている意味を、問い直す時期に来ているのかもしれない」などと書いても意味はない。問題は「生産性」だ。

ちなみに、企業2面に載せた「生産性考~働き方、職住近接シフト」という関連記事の最後には「生産性」の文字が見える。記事の終盤を見てみよう。


【日経の記事(企業2面)】

フリーランスでなくても、会社に出勤しない働き方は広がりつつある。日立製作所はテレワークを活用し、3年後にグループ10万人が社外で働ける体制を整える。政府はそんなテレワーク導入企業を2017年の14%から20年に30%超へと増やす目標を掲げている。

第一生命経済研究所の熊野英生エコノミストは、通勤時間を労働時間に置き換えると「東京都の事業所だけで1年間に8兆6千億円の経済効果がある」と試算する。

人工知能(AI)やロボットが普及して世界がどこへ向かうかはっきりとは見えない。だが、かつてない変化が進行中だ。個人や企業、国はそれぞれの生産性をどう高めるのか、答えを出していかなければならない


◎取材班でしっかり反省を

関連記事では「職住近接」を取り上げているが、「生産性」とどう関係するのかは触れていない。「東京都の事業所だけで1年間に8兆6千億円の経済効果がある」とのコメントは出てくるものの「生産性」との関連は不明だ。

そして最後に「個人や企業、国はそれぞれの生産性をどう高めるのか、答えを出していかなければならない」と取って付けたように「生産性」という言葉を入れて連載を終えている。

関連記事には「緒方竹虎、森本学、今出川リアノン、嘉悦健太、島津忠承、田中暁人、栗本優、秦野貫、大島有美子、増田有莉、松川文平、大鐘進之祐、高尾泰朗、矢崎日子が担当しました」と出ていた。今回の連載がなぜ失敗作となったのか。14人全員でしっかり考えてほしい。



※今回取り上げた記事「生産性考~その先に何が(下) ケインズの予言 富の再分配、新たな議論
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181107&ng=DGKKZO37456810W8A101C1MM8000


※連載全体の評価はD(問題あり)。緒方竹虎氏を連載の責任者と推定し、同氏への評価を暫定でDとする。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

CEO選任は「会社法で義務付け」? 日経1面連載「生産性考」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/ceo.html


※過去の「生産性考」については以下の投稿も参照してほしい。

日本の労働生産性は「低下傾向」? 日経「生産性考」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_27.html

「労働生産性」を数値で見せない日経1面「生産性考」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_28.html

解雇規制緩和で生産性が向上? 日経「生産性考」の無理筋
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_83.html

「鍵は経営者」だとデータが物語らない日経「生産性考」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_36.html

「日本の高齢化は世界最速」? 日経「生産性考」取材班に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post.html

最後まで問題だらけの日経「生産性考~危機を好機に」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post_2.html

本当にコンサル部門初の「育児中の女性」? 日経「生産性考」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_2.html

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