2018年8月28日火曜日

今回も問題あり 日経 大林尚論説委員「核心~高リターンは高リスク」

日本経済新聞の大林尚上級論説委員は書き手として問題が多い上に、専門分野である年金を語らせても苦しい。27日の朝刊オピニオン面に載った「核心~高リターンは高リスク」という記事もその一例だ。
地行中央公園の「大きな愛の鳥」(福岡市中央区)
         ※写真と本文は無関係です

記事を順に見ていこう。

【日経の記事】

強い政治権力をにぎる者にも弱みはある。年金問題をウオッチしていて思うのは、この制度に強く出られる指導者はまれだという事実だ。

2014年に武力でクリミア半島を奪い、ロシア国内での地歩を固め、ことし3月の大統領選で24年までの任期を手にしたプーチン大統領が、政権運営に火種を抱えた。

きっかけは6月、サッカーW杯開幕に合わせて政権が発表した年金の支給開始年齢引き上げ方針である。7月末、モスクワやサンクトペテルブルクでは反対デモが繰り広げられた。男60歳・女55歳の支給開始を65歳・63歳へと徐々に上げるのが政権の案だ。

欧州のなかで平均寿命が短いロシア人にも高齢化が押し寄せてきた。大統領の考えは間違っていないのだが、世の反発は強い。5月に79%を誇っていた大統領の支持率は7月、67%に落ち込んだ。

似た例は日本にもあった。03年、時の小泉純一郎首相は支給開始年齢を65歳からさらに上げるよう坂口力厚生労働相に指示した。だが身内の自公両党に反対論が渦巻き、断念せざるを得なくなった。


似た例」になってる?

年金問題をウオッチしていて思うのは、この制度に強く出られる指導者はまれだという事実だ」と書いてロシアの話に移っている。しかし、指導者が強く出られなかった話になっていない。「反対デモが繰り広げられた」「大統領の支持率は7月、67%に落ち込んだ」とは書いているが、計画の見直しなどには触れていない。

似た例は日本にもあった」と書いて、年金支給開始年齢の引き上げを「断念せざるを得なくなった」話を持ってきている。これを「似た例」にしたいのならば、ロシアについても反発を受けて「プーチン大統領」が弱気に出ている姿を描くべきだ。

この辺りに大林上級論説委員の書き手としての問題が早くも出ている。

さらに見ていこう。

【日経の記事】

年金は現役世代の賃金や消費者物価の変動率に連動させるのが基本。年金改定率を賃金・物価の変動率から一定の調整率を引いた値にとどめるのが、マクロスライドだ。

たとえば調整率1%なら、賃金2%上昇の場合は年金を1%増にとどめる。賃金0.5%上昇なら年金を0.5%減らすのが、あるべきやり方だ。ここで問題になるのが名目年金額を前年より減らさない名目下限ルールである。

厚労相の諮問機関、社会保障審議会の年金部会は14年の年金財政検証に際し、名目下限ルールの撤廃を議論していた。だが同省はまたもや政治の介入に日和(ひよ)り、一転して存続を決めた。賃金・物価が上がりにくい経済情勢のもとで、マクロスライドは持ち腐れになっている。


◎厚労省に決定権がある?

まず「同省はまたもや政治の介入に日和(ひよ)り、一転して存続を決めた」という説明が引っかかる。「名目下限ルールの撤廃」に踏み切るかどうかは最終的に厚労省が決めることなのか。

時の政権が「名目下限ルールの撤廃は好ましくない」と判断しても、厚労省が「政治の介入」を無視して「撤廃」を決めるべきなのか。そんな事態になれば、民主主義の原則に反する気がする。

記事は以下のように続く。

【日経の記事】

経済情勢が変わらなければどうなるか。社会保障・税改革を専門とする気鋭の学者が共同で推計した結果が映し出すのは、破局のシナリオだ。

代替率はなだらかにしか下がらない。そのぶん積立金の取り崩しが想定を上回り、底を突く時期が早まる。今から三十数年後だ。その時の現役世代が払う保険料を法外に高い水準にでもしないかぎり、代替率は30%台半ばまですとんと転落する。

65歳支給開始を変えないとすれば、この貧弱な年金をもらうのは現在30歳より若い世代だ。平均寿命を考えると、1960年代半ば以降に生まれた人も、多かれ少なかれ被害者になりうる。ひとごとではないのだ。

破局を回避するには名目下限ルールの撤廃が効く。見た目の年金が減るのを許容する名目下限の撤廃によって代替率の低下ピッチは急になる。しかし低下は2040年代半ばにぴたっと止まる。そこから先は46%強に安定する。


「破局」と言える?

代替率は30%台半ばまですとんと転落する」という展開を大林上級論説委員は「破局のシナリオ」と表現している。しかし、「破局」には見えない。「推計」では2090年度でも「代替率は30%台半ば」だ。

例えば、40歳の時に年収が500万円から300万円に一気に下がって定年までそのままだとしよう。それは「破局のシナリオ」なのか。勤務先の企業が倒産して収入がなくなるのならば、まだ分かるが…。

大林上級論説委員に言わせれば「名目下限を守るのは、給付は高くても制度の存続が危ぶまれるハイリターン・ハイリスク年金」となる。しかし、記事で紹介した「推計」では、2090年度でも年金制度がしっかり存続している。

さらに言えば、「社会保障・税改革を専門とする気鋭の学者が共同で推計した」という説明も引っかかる。記事に付けたグラフには「(注)研究グループ推計」とだけ出ている。組織名も個人名も明かさない「研究グループ」の「推計」を基に議論して意味があるのか。


※今回取り上げた記事「核心~高リターンは高リスク
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180827&ng=DGKKZO34564770U8A820C1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。大林尚上級論説委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。大林氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経 大林尚編集委員への疑問(1) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_72.html

日経 大林尚編集委員への疑問(2) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_53.html

日経 大林尚編集委員への疑問(3) 「景気指標」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post.html

なぜ大林尚編集委員? 日経「試練のユーロ、もがく欧州」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_8.html

単なる出張報告? 日経 大林尚編集委員「核心」への失望
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_13.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_16.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_17.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_33.html

まさに紙面の無駄遣い 日経 大林尚欧州総局長の「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_18.html

「英EU離脱」で日経 大林尚欧州総局長が見せた事実誤認
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_25.html

「英米」に関する日経 大林尚欧州総局長の不可解な説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_60.html

過去は変更可能? 日経 大林尚上級論説委員の奇妙な解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_14.html

年金に関する誤解が見える日経 大林尚上級論説委員「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_6.html

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