2018年5月22日火曜日

株主・銀行は「力失った」? 日経「モネータ 女神の警告」の誤り

日本経済新聞朝刊1面でまた苦しい連載が始まった。22日の「モネータ 女神の警告~揺らぐガバナンス(1) 巨大IT、革新か暴走か カネ余りで監視なき経営者」はツッコミどころが多すぎる。初回からこれでは先が思いやられる。
宇佐神宮 八子神社(大分県宇佐市)
       ※写真と本文は無関係です

記事を順に見ていこう。

【日経の記事】

マネーは、市場を活用して経済を円滑に回していくガバナンス(統治)の役割を担っている。世界でお金があり余る今、マネーのガバナンスがいたるところで揺らいでいる。

 4月末に明らかになったあるスカウト人事が、投資の世界の覇権交代を浮き彫りにした。ゴールドマン・サックスの花形トレーダーだった佐護勝紀氏だ。3年前にゆうちょ銀行副社長に転じて運用部門を率いてきたが、6月にソフトバンクグループへ移籍する。「インナーサークルに入らなければえりすぐりの投資案件の情報が回ってこない」。佐護氏は周囲に漏らした。

インナーサークルを形成するのは巨大IT(情報技術)企業だ。米アップルやソフトバンク、中国・アリババ集団などIT8社の資産は141兆円と10年前の15倍。金融危機前に投資事業で多額の利益を稼ぎ「最強の投資銀行」と呼ばれたゴールドマンを超えた

3月、米メディアは米アマゾン・ドット・コムが銀行業に進出する検討に入ったと伝えた。顧客のクレジットカードの手数料を減らすとともに、収入など個人データを収集する狙いだ。

銀行を超える力を握り始めたIT企業。カネ余りが生んだ究極の姿だが、これは他の企業にも共通する。


◎「IT8社」でインナーサークル形成?

取材班は「ゴールドマン・サックス」から「IT企業」への「覇権交代」が起きていると言いたいのだろう。それを「浮き彫りにした」のが「佐護勝紀氏」の「スカウト人事」と読み取れる。

ただ、「佐護勝紀氏」の移った先が「覇権」を握るのならば、「ゆうちょ銀行」がこの3年は「覇権」を手にしていたようにも思える。その通りなのかもしれないが、「米アップルやソフトバンク、中国・アリババ集団などIT8社」に比べると「ゆうちょ銀行」は「覇権」から遠い感じがする。

インナーサークル」の使い方も気になる。「権力中枢部の側近。組織内で実権を握る少数の人々」(デジタル大辞泉)という意味なので「米アップルやソフトバンク、中国・アリババ集団などIT8社」で「インナーサークル」を形成するとの説明は苦しい。この8社でITに関する世界のルールを実質的に決めているといった状況があれば話は別だが、ちょっと考えにくい。

覇権交代」の根拠として「IT8社の資産」が「『最強の投資銀行』と呼ばれたゴールドマンを超えた」ことを挙げているのも意味がなさそうだ。「資産」で見るのが仮に適切だとしても、1社と8社を比べ「ゴールドマンを超えた」と言われても困る。「何社も足していけば、それは超えるでしょうね」と返したくなる。

続きを見ていこう。

【日経の記事】

デジタル経済の浸透で投資需要が減り、多くの企業は資金を必要としない。2009年以降、日米欧5カ国の上場企業は借金返済や自社株買いで500兆円を銀行や株主に返した。米主要500社の自社株買いと配当は今年1兆2千億ドル(130兆円)。設備投資と研究開発費(計1兆ドル)を大きく上回る見込みだ。

企業は家計の貯蓄を銀行から借りて投資し、株主や銀行が経営者を監視する役割を担ってきた。今では企業にお金が積み上がり、資金の出し手は力を失った


◎「500兆円」だけでは…

2009年以降、日米欧5カ国の上場企業は借金返済や自社株買いで500兆円を銀行や株主に返した」と言われても、それが多いのか少ないのか判断できない。まず「日米欧5カ国」のうち欧州3カ国はどこなのか明示すべきだ。
南蔵院(福岡県篠栗町)※写真と本文は無関係です

500兆円」も過去との比較が要る。それに「上場企業」は「借金返済や自社株買い」をする一方で、新たな借り入れや新株発行もしている。「借金返済や自社株買い」が増えていても、それ以上に新規借り入れや新株発行が増えているかもしれない。「2009年以降」で「500兆円を銀行や株主に返した」というデータだけでは「多くの企業は資金を必要としない」とは言えない。

また「今では企業にお金が積み上がり、資金の出し手は力を失った」との説明は明らかに誤りだ。例えば22日の朝刊企業2面に載った東芝の記事では、メモリー事業の売却取り止めを検討する経営陣の案が「銀行団に潰されてしまう」経緯を描いている。「資金の出し手は力を失った」のであれば、東芝に融資する「銀行団」にも力はないはずだ。

株主」に至っては当たり前に力を持っている。富士フイルムによるゼロックス買収が難航しているのも大株主の反対がきっかけだ。「資金の出し手は力が弱まっている」ぐらいならば分かるが「力を失った」と書くのは大げさと言うより間違いだ。


※今回取り上げた記事「モネータ 女神の警告~揺らぐガバナンス(1) 巨大IT、革新か暴走か カネ余りで監視なき経営者
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180522&ng=DGKKZO30768770R20C18A5MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。「モネータ 女神の警告」の過去の連載に関しては以下の投稿を参照してほしい。

色々と分かりにくい日経1面「モネータ 女神の警告」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_59.html

間違った説明が目立つ日経1面「モネータ 女神の警告」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_14.html

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