南蔵院の釈迦涅槃像(福岡県篠栗町) ※写真と本文は無関係です |
まずは最初の事例を見ていこう。
【日経の記事】
1月21日、ニュージーランド北島のマヒア半島で宇宙ロケットの打ち上げに成功し、搭載していた人工衛星が軌道に乗った。打ち上げたのは同国に拠点を持つロケットラボというスタートアップ企業だ。人口476万人の小国ながら、ニュージーランドは人工衛星を打ち上げる能力を持つ国家群「宇宙クラブ」への仲間入りを果たした。
ロケットラボは創業者のピーター・ベック氏が2006年に出身であるニュージーランドで設立したのが始まり。米航空宇宙局(NASA)との契約や資金調達に有利であるなどの理由で、本社は米国に移している。それでもロケットの製造や打ち上げ拠点は現在もニュージーランドにある。
1957年に当時のソ連が人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功した後、米国が人類をはじめて月面着陸させた。宇宙クラブに名を連ねる限られた国が技術や資金を結集し、国の威信をかけて競う舞台が宇宙だった。しかし、最近ではルワンダが人工衛星の実用化を視野に入れるなど小国が躍進する。
カギを握るのは技術革新だ。ロケットラボはエンジンの燃焼室や燃料噴射装置の作製に3Dプリンターを活用。チタンなどの硬い金属でも複雑な形状を低コストで作ることを可能にした。新技術の活用と分業を世界規模に広げることで資本集約というものづくりの「かせ」を解き放ち、人工衛星では製造コストを最大100分の1に下げた。
「半導体などの部品やソフトの性能は上がり、コストも安い。新技術を活用する『知』さえあれば、宇宙産業に参入するハードルは低くなった」と東大航空宇宙工学専攻の中須賀真一教授は話す。
日本の倍となる官民合わせ年間50兆円もの研究開発投資を続ける米国と、猛進する中国。21世紀の経済の覇権を競う両国が人工知能(AI)や生命工学などでも多額の資金を注いでしのぎを削る。だが、一握りの大国が世界をリードする時代は過去のものになるかもしれない。
◇ ◇ ◇
疑問点を列挙してみる。
(1)ニュージーランドが打ち上げた?
「ニュージーランドは人工衛星を打ち上げる能力を持つ国家群『宇宙クラブ』への仲間入りを果たした」と書いているが、打ち上げた「ロケットラボ」は「本社は米国に移している」という。それに「米航空宇宙局(NASA)との契約」もあるようだ。「ロケットの製造や打ち上げ拠点は現在もニュージーランドにある」としても、ニュージーランドが「人工衛星を打ち上げる能力を持つ国家群」に入るか微妙だ。どちらかと言うと入らない気がする。
宇佐神宮(大分県宇佐市)※写真と本文は無関係です |
(2)小国の打ち上げは初めて?
ニュージーランドが「小国」として初めて人工衛星の打ち上げに成功したのならば「一握りの大国が世界をリードする時代は過去のものになるかもしれない」と書くのも分かる。だが、記事で言う「宇宙クラブ」は「一握りの大国」だけで構成されている訳ではない。
日経ビジネスは2013年2月6日付の「韓国が人工衛星打ち上げに成功」という記事で以下のように伝えている。
【日経ビジネスの記事】
今回の成功によって韓国は、旧ソ連、米国、フランス、日本、中国、イギリス、インド、イスラエル、イランに続いて(北朝鮮は自力で打ち上げに成功したが、打ち上げたのが人工衛星かどうか定かでないので除外)10番目の衛星打ち上げ成功国になった。
◇ ◇ ◇
イスラエルや韓国は「小国」に含めてもよいだろう。そうした国が2013年には打ち上げに成功していたのに、2018年にニュージーランドがそこに仲間入りしたからと言って特別視するのは無理がある。
ちなみに日経ビジネスの記事では「韓国航空宇宙研究院が1月30日午後4時、全羅南道高興の羅老(ナロ)宇宙センターで、人工衛星搭載ロケットの打ち上げに韓国で初めて成功した」と書いている。これならば、米国企業が打ち上げに成功しただけのニュージーランドとは違い「人工衛星を打ち上げる能力を持つ国家」だと言い切れる。
(3)「最大100分の1」は何との比較?
「ロケットラボ」に関して「人工衛星では製造コストを最大100分の1に下げた」と書いているが、何と比べて「100分の1」なのか謎だ。ここは明確にしてほしかった。「最大」を付けている意味も分かりにくい。人工衛星のある部品は「100分の1」だが、それ以外の部品はそこまでコストが下がっていないという意味なのか。だとしたら、全体ではどの程度「製造コスト」が下がったのかが知りたくなる。
漠然とした話で「ものすごくコストが下がった」と見せているのではないか。だとしたら一種の騙しだ。
2番目の事例に移ろう。
【日経の記事】
開発に10年、1千億円以上の費用がかかり、巨大メーカーしか取り組めないといわれた創薬でも変化が起きている。ALS(筋萎縮性側索硬化症)は平均余命5年以内の難病で治療法を見つけるのは特に難しいとされる。それに挑戦したのが13年設立のスタートアップで社員数約150人の英ベネボレントAIだ。
ALSの専門知識がないIT(情報技術)技術者たちがAIを使い、脳内の血流や化合物の効果などを機械学習しながら予測した。すると1週間後に可能性のある5つの治療法を見つけ出すことに成功した。
◎創薬ベンチャーを知らない?
「巨大メーカーしか取り組めないといわれた創薬でも変化が起きている」と書いているが、取材班は創薬ベンチャーの存在を知らないのか。それほど珍しくもない。「英ベネボレントAI」を大きく見せるために無理な説明をしていると考えるべきだろう。
「1週間後に可能性のある5つの治療法を見つけ出すことに成功した」としか書いていないのも引っかかる。これによって「ALS」は全治への道が開けてきたのかどうか見解を示してほしい。「ひょっとしたら、わずかに生存期間を伸ばせるかもしれない治療法を見つけた」といった程度ならば大した話ではない。
次に結論部分を見よう。
【日経の記事】
20世紀はヒト、モノ、カネを集約し、規模がものをいった経済だった。自動車産業などがその代表例だ。だが、21世紀はITを活用した分散型の経済が発達したことで、「巨大企業の存在感は低下し、個人や小規模の事業体の役割が増すだろう」と文明評論家のジェレミー・リフキン氏はいう。
重要なのは機動力で規模はかえって邪魔になる。知の力で「小」が「大」を制す時代が始まった。
◎「小」が「大」を制す具体例は?
「知の力で『小』が『大』を制す時代が始まった」と書いているが、記事で示した事例ではいずれも「小」は「大」を制していない。ニュージーランドが宇宙開発で米国を打ち負かしたわけでも、「英ベネボレントAI」が「巨大メーカー」を圧倒しているわけでもない。つまり記事には説得力がない。
有明海(佐賀県太良町)※写真と本文は無関係です |
見出しでは「独占崩す革新の波」とも打ち出しているが、記事には「独占」自体が出てこない。人工衛星打ち上げも創薬も、どこかの国や企業が「独占」しているわけではない。
「ものすごく大きな変化が起きてますよ」と訴えるこの手の連載は同じような罠にはまりやすい。実際にはそんなに大きな変化はなかなか起きない。なので、大したことのない話を大きく見せる作業を強いられ、結果として無理のある内容に仕上がってしまう。この連載も例外ではない。
大げさな感じは初回から出ていた。冒頭部分を見てみよう。
【日経の記事(23日)】
天気から人々の感情までコントロールし、病気や犯罪、悩みなどすべてを取り払ってしまう超安定社会の実現――。1990年代にベストセラーとなった米児童小説「ザ・ギバー」が描く未来の姿だ。世界中でおきるあらゆる事象がデータ化される現実の社会でも、それほど荒唐無稽な話ではなくなった。
◎「荒唐無稽な話」でしょ
「天気から人々の感情までコントロールし、病気や犯罪、悩みなどすべてを取り払ってしまう超安定社会の実現」が「荒唐無稽な話ではなくなった」と宣言している。
どう考えても「荒唐無稽な話」だ。例えば、巨大台風が発生しても進路を動かしたり規模を小さくしたりといった技術が実用化できそうなら「天気」を「コントロール」する「未来の姿」が浮かび上がってくる。だが、そんな話は今でも夢物語だ。
「人々の感情までコントロールし、病気や犯罪、悩みなどすべてを取り払ってしまう」に至っては1000年後、1万年後でも難しそうだ。しかし「荒唐無稽な話ではなくなった」と取材班は言い切ってしまう。この前提で連載を続けていくとすれば、無理に無理を重ねて強引なストーリーを描くしかない。そして、それは現実になっている。
※今回取り上げた記事「パンゲアの扉~つながる世界 覆る常識(2)独占崩す革新の波 知の力、『小』が『大』を制す」
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180424&ng=DGKKZO29753750U8A420C1MM8000
※記事の評価はD(問題あり)。「パンゲアの扉~つながる世界」の以前の連載については以下の投稿も参照してほしい。
冒頭から不安を感じた日経 正月1面企画「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_2.html
アルガンオイルも1次産品では? 日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_4.html
スリランカは東南アジア? 日経「パンゲアの扉」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_28.html
根拠なしに結論を導く日経「パンゲアの扉」のキーワード解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_8.html
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