2017年9月12日火曜日

結論が逆では? 日経1面「働き方改革 さびつくルール」

日本経済新聞朝刊1面で「働き方改革 さびつくルール」という連載が始まった。12日の「(上)成果、働く時間で計れず 次の成長、頭脳戦にあり」という初回の記事から苦しい展開になっている。「ルールは追い付いているか」と問題提起した上で、「トヨタ自動車」「ネスレ日本」「ユニリーバ日本法人」の取り組みを紹介し、「既存のルールだけでは対応しきれない」と結論付けている。しかし、3社の動向からは「既存のルールだけ対応できる」と判断する方が自然だ。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

まず、トヨタについて見てみよう。
 
【日経の記事】

「トヨタ流ホワイトカラーエグゼンプション(脱時間給制度)の実現に向け話し合いたい」。トヨタ自動車の今春の労使交渉で人事担当の上田達郎常務役員(当時)が問題意識をぶつけた。導入を目指すのは裁量労働的に柔軟に働ける新制度だ。

早ければ12月から、会社が承認した一部係長級に実際の残業時間に関係なく毎月45時間分の手当を支給。超過分も支払うが、時間になるべく縛られずに働けるようにする。現行法で管理するうえ労働組合の懸念もありホワイトカラーエグゼンプションの表現は見送ったものの、成果に応じて賃金を支払う脱時間給の考え方を先取りする

(中略)残業時間の制約で作業をやめなくてはいけないのはもどかしい」。開発現場の社員からはこんな声も出ていた。

「トヨタの新制度はウチでも導入できますか」。8月、労働問題に詳しい倉重公太朗弁護士の元に照会が相次いだ。トヨタの新制度を「固定残業代とコアタイム無しのフレックス勤務という既存制度の合わせ技」と解説。「だらだら残業を無くすため、働き方改革で解決を模索する企業は多い」


◎「脱時間給制度」は既に導入可能?

固定残業代とコアタイム無しのフレックス勤務という既存制度の合わせ技」を用いて、トヨタは「ホワイトカラーエグゼンプション(脱時間給制度)」を実現させようとしているらしい。それで「成果に応じて賃金を支払う脱時間給の考え方」に沿った仕組みができるのだから、「既存のルールだけ対応できる」事例として見るべきだ。
九州北部豪雨後の伊東屋(福岡県東峰村)
            ※写真と本文は無関係です

ついでに言うと「『残業時間の制約で作業をやめなくてはいけないのはもどかしい』。開発現場の社員からはこんな声も出ていた」という説明は謎だ。

裁量労働的に柔軟に働ける新制度」を設けても「残業時間の制約で作業をやめなくてはいけない」事態は起こり得る。三六協定に特別条項を付けている場合でも、発動できるのは「1年の半分を超えない期間」とされている。また、特別条項があれば「新制度」に移行しなくても、かなり自由に残業をさせられるはずだ。

新制度」移行時に特別条項を加えるのならば別だが、「新制度」の導入によって「残業時間の制約」が大きく変化するとは考えにくい。

話を元に戻して、残りの2社の動きを見ていこう。

【日経の記事】

脱時間給の概念をいち早く取り入れたネスレ日本は、その概念を人事評価にも取り入れる。午後7時以降のオフィスの使用は原則認めない。突発事態への対応など会社都合で発生した時間外労働を除き、労働時間で評価する仕組みを原則撤廃。職務などに応じた役割を踏まえて設定する指標を基に、成果で評価する

昨年7月に企画業務型社員に導入すると、同12月の1人あたり売上高は3年前の同月比で2割弱増加。「短時間で成果を上げる意識を段階的に高めてきた」(高岡浩三社長)。今年4月から工場のシフト勤務などを除く全社員に広げた。

ユニリーバ日本法人も昨年、社員約500人のうち工場勤務や一部営業職を除く400人を対象に、好きな時間に好きな場所で働ける裁量労働制を導入。残業時間を前年比10~15%削減できた。


◎やはり「既存のルールで対応できる」ような…

ネスレ日本は「突発事態への対応など会社都合で発生した時間外労働を除き、労働時間で評価する仕組みを原則撤廃。職務などに応じた役割を踏まえて設定する指標を基に、成果で評価する」という。やはり「既存のルール」の下で「成果に応じて賃金を支払う」仕組みを実現させている。
豪雨被害を受けたJR日田彦山線(大分県日田市)
            ※写真と本文は無関係です

付け加えると、「1人あたり売上高は3年前の同月比で2割弱増加」という説明は気になった。なぜ前年同月比ではなく「3年前の同月比」なのか。2016年の制度変更の効果を見るならば、15年との比較の方が適切だ。前年同月では変化が乏しいので3年前と比べたのであれば、ご都合主義が過ぎる。

ユニリーバ日本法人」は評価手法に触れていないのでよく分からないが、少なくとも「既存のルールだけでは対応しきれない」事例とは言えない。なのに、記事の最終段落では以下の結論に至ってしまう。

【日経の記事】

生産拠点が新興国に移り、日本の製造業の労働者は昨年までの過去20年で約400万人減った。日本企業の主戦場が頭脳で戦う分野に移ると、長く働くことよりも短時間で結果を出すことが必要になる。既存のルールだけでは対応しきれない


◎結論に説得力がなさすぎる

トヨタ、ネスレ日本と「既存のルール」の下で「成果に応じて賃金を支払う」仕組みを紹介した後、なぜか「既存のルールだけでは対応しきれない」と結論付けてしまう。「既存のルールの下でも企業は柔軟に動き始めている」とでもすべきだ。

脱時間給制度を実現させたいという日経の気持ちは、十分過ぎるほど知っている。それを読者に訴えたいのならば「既存のルールだけでは対応しきれない」と納得できる事例を選ぶべきだ。逆の事例を取り上げてどうする。

さらに言えば「日本企業の主戦場が頭脳で戦う分野に移ると、長く働くことよりも短時間で結果を出すことが必要になる」との説明も納得できない。この書き方だと、現状では「日本企業の主戦場が頭脳で戦う分野」には移っていないと受け取れる。だが、かなり前から「主戦場」は「頭脳で戦う分野」のはずだ。取材班では、トヨタなどの主要企業はこれまで「頭脳で戦う必要のない分野」を「主戦場」にしてきたと考えているのか。

「脱時間給」に関する日経の囲み記事は、論理構成に無理がある場合が多い。今回も例外ではなかった。


※今回取り上げた記事「働き方改革 さびつくルール(上)成果、働く時間で計れず 次の成長、頭脳戦にあり
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170912&ng=DGKKZO21011850S7A910C1MM8000

※記事の評価はD(問題あり)。

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