豪雨被害を受けた福岡県朝倉市内の流木 ※写真と本文は無関係です |
今回の記事は見出しにも問題がある。 「農業マネー投信へ 農中が新組織 資産運用を強化」と言われると「これまで運用対象にしていなかった投信にも農中は投資資金を入れてく」と理解したくなる。しかし、そう思って本文に入っていくと混乱してしまう。
【日経の記事】
農林中央金庫が今夏、投資信託などを通じた個人向けの資産運用ビジネスをテコ入れする。JAグループ全体の貯金は100兆円の大台を突破し「日本最大のヘッジファンド」の異名も取るが、世界的な金利低下で従来型の運用に限界があり、投信を通じた資産運用で手数料を稼ぐ。農協改革を迫られる中、農業金融の肥大化と受け止められれば批判される可能性もある。
◎どう理解すれば…
農中の資産運用見直しの話だと思って記事を読み始めると、「投資信託などを通じた個人向けの資産運用ビジネスをテコ入れする」という書き出しになっていて「あれ? 何か話が違う」と感じた。しかし、その直後に「世界的な金利低下で従来型の運用に限界があり、投信を通じた資産運用で手数料を稼ぐ」と出てくるので「やはり、農中自身の資産運用の話でいいのか」と思い直してしまった。
ついでに言うと「『日本最大のヘッジファンド』の異名も取る」という説明も引っかかる。そう呼んでいる人がいないとは言わない。だが、常識的に考えれば農中は「ヘッジファンド」ではない。「ヘッジファンド」は「不特定多数ではなく特定少数に販売する私募形態をとる」(ブリタニカ国際大百科事典)のが普通だ。この点だけでも農中とは異なる。きちんと説明せずに「『日本最大のヘッジファンド』の異名も取る」などと紹介すれば、誤解を招く。
さらに記事の中身を見ていこう。
【日経の記事】
農中はこのほど30人規模の「JAバンク資産形成推進部」を立ち上げた。グループの農林中金全共連アセットマネジメントや農中信託銀行などと連携し、長期運用を目的とした新商品の早期投入を目指す。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です |
JAグループは全国各地の農協や都道府県ごとの信用農業協同組合連合会(信連)、全国組織である農中の3層構造でJAバンクを運営する。約650ある地域農協と32の信連のうち投信を取り扱うのは230ほどにとどまる。新商品投入に合わせ、取り扱うJAバンクの拡大も目指す。
これだけ巨体の割にJAバンクの投信残高は2017年3月末時点で約220億円にとどまる。ゆうちょ銀行は1兆円を超す規模で、貯金や住宅ローンを優先してきたJAグループにとってほぼ手つかずだった分野だ。
目標に掲げてきた貯金100兆円を達成したJAにとって、5%の資金が投信に振り替わるだけでも5兆円のマネーが動く。公募投信全体の残高は100兆円で、農業マネーのインパクトに期待する声もある。
農中の運用は国内外の債券や株式が中心だ。JAバンクから吸い上げた潤沢な貯金が運用の元手だが、日銀のマイナス金利政策で運用環境は厳しい。メガバンクをはじめ、どの金融機関も手数料収入を得ることができる投信など資産運用ビジネスの強化に動いており、農中が最後発として重い腰を上げるかたちだ。
◎話はこれだけ?
「農業マネー投信へ」という4段の大きな見出しを付けている割に、中身は乏しい。「農中が新たな部署を立ち上げました。投信販売の拠点を増やしていくそうです。新商品もなるべく早く投入するようです」と言っているだけだ。
九州北部豪雨後のJR日田彦山線の陸橋 (福岡県東峰村)※写真と本文は無関係です |
「取り扱うJAバンクの拡大も目指す」と言うものの、いつごろまでにどの程度の数にするのか具体的な計画は出てこない。「長期運用を目的とした新商品の早期投入を目指す」も同じだ。時期や商品数ははっきりしない。「長期運用を目的とした新商品」に関しても中身が見えてこない。これまでに出した商品は「長期運用を目的とした」ものではなかったのかとの疑問も残る。
記事の中身が乏しい中で、筆者の奥田宏二記者は何とか大きな話に見せようとしている。その工夫が痛々しい。投信に関して「JAグループにとってほぼ手つかずだった分野だ」と解説してみせるが、「230ほど」の販売拠点を持ち、預かり残高が「220億円」もあるのに「ほぼ手つかず」というのは無理がある。
記事には「農中が最後発として重い腰を上げるかたちだ」との記述もある。既に農中はグループで投信販売を手掛けているのだから「最後発」という説明はおかしい。間違っていると言ってもいいぐらいだ。
記事の最後の段落での解説にも哀愁が漂う。
【日経の記事】
悩ましいのは政府が進めようとする農協改革との関係だ。農業金融の見直しは農協改革の本丸で、政府・与党はJAがマイナス金利などで収益が先細る金融部門を切り離し、農業振興に専念することを求めている。JAの利益の稼ぎ頭は金融で農業部門の赤字を補っているのも事実だが、資産運用部門の強化は金融部門の肥大化ともとらえられかねない。農中が進めようとする「貯金から資産運用」への動きは農協改革の議論に波紋を広げる可能性もある。
◎「波紋を広げる」可能性ある?
「農中が進めようとする『貯金から資産運用』への動きは農協改革の議論に波紋を広げる可能性もある」と記事を締めている。記事の中身から判断すると、「波紋を広げる可能性ゼロ」とは言わないまでも「ほぼゼロ」と見ていい。投信の販売はこれまでもやっていて、それを「もっと頑張りましょう」というだけの話だ。
この辺りは奥田記者も分かっている気がする。ただ、4段見出しの大きな記事にするには強引な意義付けが必要だったのだろう。日曜の紙面に無理してニュース仕立てで記事を盛り込むのは、もう止めた方がいい。今回のようなレベルの低い記事を世に送り出していては、日経が目指すクオリティージャーナリズムから遠ざかるばかりだ。
※今回取り上げた記事「農業マネー投信へ 農中が新組織 資産運用を強化」
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170716&ng=DGKKZO18921560V10C17A7EA1000
※記事の評価はD(問題あり)。奥田宏二記者への評価も暫定でDとする。
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