豪雨被害を受けたJR日田彦山線の大行司駅 (福岡県東峰村)※写真と本文は無関係です |
【日経の記事】
騰籠換鳥――。中国には、「鳥かご(地域)を空にして新しい鳥(産業)に入れ替える」という意味の造語がある。その真意は産業構造の新陳代謝だ。
中国広東省が「新しい鳥」を呼び込むための政策を決定したのは9年前。構造改革とデジタル企業の興隆の相乗効果で、技術革新を巡るアジアの勢力図が塗り替わりつつある。
◎「アジアの勢力図」が見えない
「技術革新を巡るアジアの勢力図が塗り替わりつつある」と太田編集委員は言うが、記事を最後まで読んでも、どう「塗り替わりつつある」のか見えてこない。「中国(深圳)が勢力を伸ばしていて、日本は勢いがないんだろうな」とは思えるが、その程度しか分からない。
従来はどういう「勢力図」で、それがどう「塗り替わりつつある」のかは具体的に説明すべきだ。できれば、それを裏付けるデータも欲しい。そうしないと説得力は出てこない。
記事の続きを見ていこう。
【日経の記事】
広東省深圳にある中国ネット大手、騰訊控股(テンセント)の本社。仮想現実(VR)のソフト開発で著名な近藤義仁氏は、同社幹部と固い握手を交わした。おそらく近藤氏は「新しい鳥」の群れの一人となる。
テンセントは近く新型のVR端末を発売する。対話アプリ「ウィーチャット」の登録者数は11億人。これを土台にネット決済でも同規模の利用者を囲い込む。眼鏡にスマートフォン(スマホ)をつなぐだけの端末が普及すれば、VR市場の覇者に躍り出るだろう。
課題は実際に何を売るかだ。ゲームや娯楽番組のほか実体験型の小説、癒やし空間、仮想店舗などが視野にある。いま同社が喉から手が出るほど欲しいのが、日本人クリエーターによる良質なコンテンツなのだ。
ここで深圳の都市としての磁力が生きてくる。通信機器の華為技術(ファーウェイ)や中興通訊(ZTE)、ドローン世界最大手DJIなどデジタルの巨人が集中する人口1200万の大都会。才能を発揮する舞台を求め、渡り鳥が大挙して深圳を目指している。
◎こんな漠然とした説明では…
「近藤義仁氏」に関する説明が漠然とし過ぎている。近藤氏は「仮想現実(VR)のソフト開発で著名」とは分かるが、どこかの企業に属しているのか、あるいは経営しているのか、それともフリーなのか、何の説明もない。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です |
テンセントの本社で「同社幹部と固い握手を交わした」との描写からは、企業同士の提携交渉がまとまったような印象を受ける。だが、「おそらく近藤氏は『新しい鳥』の群れの一人となる」という説明だと、近藤氏がテンセントに入社して深圳で働くようでもある。
ついでに言えば「固い握手を交わした」時期も不明だ。「渡り鳥が大挙して深圳を目指している」例として近藤氏を取り上げるならば、もっと明確に状況を説明した上で、近藤氏のコメントぐらいは入れてほしい。
さらについでに、もう1つ。テンセントは「近く新型のVR端末を発売する」らしい。この「端末が普及すれば、VR市場の覇者に躍り出る」のならば、「新型のVR端末」を一生懸命に売ればいいではないか。なのに「課題は実際に何を売るかだ」となってしまう。
端末の普及には魅力あるソフトが必要だと言いたいのは分かるが、ソフトは必ずしも自分で開発しなくてもいい。ソフトは他社に開発してもらい、自分たちは端末を一生懸命に売って儲けるのではダメなのか。そこも疑問として残った。
説明不足はさらに続く。
【日経の記事】
ドイツ人の発明家ミシェル・ヘイセ氏はスマホ用の折り畳みパネルを考案し、5月に発売した。拠点は市内の電気街「華強北」にある貸工房。スタートアップが交流する工房は200カ所近くあるとされる。
欧州各地やシリコンバレーを流浪し、なぜ深圳に居付いたのか。同氏は「この街こそデジタルの聖地だと直感した」と語る。あらゆる電子部品が手に入り、試作品を一日で作れる街のスピードに魅せられた。
業務ソフトのベテラン開発者、茂田克格氏は昨年夏以来6回も深圳を訪れた。「何か新しいものを作ろうと気分が盛り上がった時、どこに自然に足が向くかといえば秋葉原ではなく華強北だ」。最先端を走る人材の心を躍らせる自由な空気が、確かにここにある。
◎ソフト開発のために「電気街」へ?
「業務ソフトのベテラン開発者、茂田克格氏」の話もよく分からない。茂田氏に関しても、会社員なのか経営者なのかフリーの開発者なのか説明がない。
九州北部豪雨後の福岡県立朝倉光陽高校(朝倉市) ※写真と本文は無関係です |
「何か新しいものを作ろうと気分が盛り上がった時、どこに自然に足が向くかといえば秋葉原ではなく華強北だ」というコメントも謎だ。「秋葉原」と対比させているので、茂田氏は「華強北」に「電気街」としての魅力を感じているのだろう。
だが、「業務ソフト」を開発するのに、わざわざ日本から出向いて中国の「電気街」を訪れる必要はなさそうに思える。今は「業務ソフト」以外の何かに取り組んでいるのかもしれないが、そうした説明もない。
「最先端を走る人材の心を躍らせる自由な空気が、確かにここにある」との記述にも不満が残る。太田編集委員は現地を訪れて「自由な空気」を感じたのだろう。だったら、それを読者に分かるように具体的に伝えるべきだ。「秋葉原」が「華強北」と比べてどう不自由なのかを説明してもいい。それを茂田氏に語らせる手もある。そうした説明なしに「自由な空気が、確かにここにある」と言われても納得はできない。
さらに記事の終盤を見ていこう。
【日経の記事】
だが、自由には対価もある。経済開放特区とはいえ、深圳は中国政府がネット空間に築いた「万里の長城」の内側にあるからだ。
6月1日に施行した中国の「ネットワーク安全法」37条と75条は、重要データの国外持ち出し禁止、違反による損失責任を明記した。対話アプリの会話やネット決済の記録、ドローンの飛行情報は、中国内のサーバーに蓄積され、次のイノベーションを生む知的資源となる。戦略資源は中国政府の管理下に置かれると考えるべきだろう。
◎深圳は本当に「自由」?
「自由には対価もある」との説明もおかしい。「自由だけど競争は厳しい」といった話ならば「対価もある」と言える。だが、太田編集委員の言う「対価」とは「深圳は中国政府がネット空間に築いた『万里の長城』の内側」にあるが故の不自由さだ。「重要データの国外持ち出し禁止」のどこに「自由」があるのか。
豪雨被害を受けた比良松中学(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です |
そもそも深圳はクリエーターにとって本当に「自由な空気」が感じられる場所なのか。「日本人クリエーター」が深圳に拠点を移して、共産党政権を揶揄するようなソフトを作ったらどうなるだろうか。国家政権転覆扇動罪で逮捕されてそうな気がする。
日本では、時の政権を批判するソフトを開発しても投獄される心配はない。その辺り踏まえた上で、太田編集委員は「自由な空気が、確かにここ(深圳)にある」と感じたのか。
さて、最後に記事の結論部分を見ていく。
【日経の記事】
自由を尊重するはずの民主主義国は技術の先駆者であり続けられるだろうか。トランプ米政権は外国人材の入国を厳格化し、自由なデータ移転を保証した環太平洋経済連携協定(TPP)も放棄した。個人の力を引き出す舞台づくりで国の競争力が決まる。規制だらけの日本の景色はアジアの中で色あせて見える。
◎結論に説得力がなさすぎる
囲み記事を書くときは、結論部分に説得力が出るように筋書きを考えよう--。太田編集委員には、そう助言したい。今回の「規制だらけの日本の景色はアジアの中で色あせて見える」という結論には説得力がなさすぎる。
この結論を導こうとするのならば、日本以外のアジアではいかに規制が緩いか、日本はいかに規制が厳しいかを記事中で見せるべきだ。中国に関しては「重要データの国外持ち出し禁止」といった規制の厳しさには触れているが、緩さには言及がない。
日本の規制の厳しさには全く触れず、アジアで日中以外の国も出てこない。あとは米国の話があるぐらいだ。これで「規制だらけの日本の景色はアジアの中で色あせて見える」と言われても困る。まさに、取って付けたような結びだ。
「色々と注文を付けられても、行数に制限があるので、そんなに色々と盛り込めない」と太田編集委員は反論するかもしれない。実際、行数がそのままならば、注文通りにきちんと説明するのは無理だ。だが、それは言い訳にはならない。事例を絞り込めば済む話だ。今回は3つの事例を紹介しているが、1つか2つで十分に行ける。その辺りの取捨選択にも書き手としての腕が問われていると肝に銘じてほしい。
※今回取り上げた記事「経営の視点~深圳へ飛ぶクリエーターたち デジタル聖地に磁力と壁」
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170717&ng=DGKKASDZ12HS5_W7A710C1TJC000
※記事の評価はD(問題あり)。太田泰彦編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。太田編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。
問題多い日経 太田泰彦編集委員の記事「けいざい解読~ASEAN、TPPに冷めた目」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/05/blog-post_21.html
日経 太田泰彦編集委員 F評価の理由
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_94.html
説明不十分な 日経 太田泰彦編集委員のTPP解説記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_6.html
展開が強引な日経 太田泰彦編集委員「けいざい解読」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_12.html
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