2017年6月30日金曜日

民主主義より厚労省主導? 日経「砂上の安心網」の危うさ

5回にわたって日本経済新聞朝刊1面で連載してきた「砂上の安心網~不作為の果てに」は最後まで苦しい内容だった。最終回の「決められぬ厚労省の諦念 利害調整、疲弊する巨艦」という記事では「決められぬ厚労省」を批判的に描きつつ、民主主義の否定とも取れる主張を展開している。記事の一部を見ていこう。
観世音寺(福岡県太宰府市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

医療、介護、年金、労働、少子化……。日本の社会保障をつかさどる厚生労働省。抱える政策は多くの国民に関係する。それゆえ利害関係者が多く「役所で決められない」と厚労官僚は繰り返す。

「おまえらは財務省厚労局か」。東京・永田町。厚労省の官僚を、厚労族議員が何度も面罵した。

患者の医療費負担が重くなりすぎないよう月額の上限を定めた「高額療養費制度」。福祉元年の1973年に作ったこの制度を巡り2016年末、政府・与党で大激論が巻き起こった。

厚労省が当初検討したのは、負担を軽くしている70歳以上の全ての高齢者を対象に、月額上限を引き上げる案だった。年40兆円を超える医療費。厚労官僚に危機感は確かにあった。

反対したのは与党の厚労族議員。なかでも強硬だったのが「福祉の党」を掲げる公明党だ。高齢者の負担増は選挙に響くとの懸念から、対象を一定以上の所得のある高齢者に絞り、引き上げ額の圧縮に走った。

結局、外来負担を月1万2600円引き上げる厚労省案は消え、今年8月からの月2000円の小幅引き上げで決着した。政治の前に社会保障の持続性は置き去りになった。

こんなドタバタ劇は日常風景。重要な決定権を持てないためか、どこか当事者意識が薄く評論家然とした厚労官僚は少なくない。不作為の果てにあるのは、次世代への負担の先送りだ。


◎厚労省に問題あり?

仮に「外来負担を月1万2600円引き上げる厚労省案」が〇で、「月2000円の小幅引き上げ」が×だとしよう。その場合、〇の政策を実現するためにどうすべきだと取材班は考えているのだろうか。「政治家がしっかり判断しなきゃ」という考えならば、厚労省に罪はない。「決められぬ厚労省」を問題にするよりも、「おかしな決定をする政治家」を責めるべきだ。
九州大学伊都キャンパス(福岡市西区)
          ※写真と本文は無関係です

「政治家はおかしな決定をするから、厚労省が政治家の意向を無視して決めるべきだ」と取材班は考えているのだろうか。記事の終盤では以下のように連載を締めている。

【日経の記事】

高齢者を優遇する「シルバー民主主義」を背景に、大胆な改革は困難と思い込む――。最近話題になった経済産業省の若手官僚の報告書にはこんな文言があった。厚労官僚は「利害調整をしていないから言えること。みんな苦笑いしている」と冷ややかだ。

揺りかごから墓場まで。私たちの一生の全てをカバーする巨大官庁のありようは、一人ひとりの人生、ひいては国家財政の行方も左右する。諦めムードが漂う組織を通じ、医療・介護だけで年50兆円が注ぎ込まれるのは、この国にとって不幸なのではないか。取材班の実感である。


◎「シルバー民主主義」だから官僚に頼る?

まとめると「シルバー民主主義で政治が機能しないから、厚労省が主導して正しい政策を実行してほしい」と言いたいのだろう。怖い話だ。例えば「社会保障関連の政策決定は厚生労働省の官僚に全面的に任せて政治家には決定権を与えない」という仕組みが導入されると聞いたら、取材班のメンバーはどう思うのか。「これで決められる厚労省になる。社会保障の持続性も高まる」と拍手喝采なのか。

シルバー民主主義であろうと民主主義ではある。官僚任せにするよりましではないか。「民主主義を捨ててでも厚労省に決めてもらうのがベストだ」と取材班が信じるのならば、それはそれで尊重する。だとしたら、上記のような曖昧な物言いではなく、もっとはっきりと訴えてほしかった。

付け加えると「ドタバタ劇」という表現が引っかかった。厚労省案に「与党の厚労族議員」が反対して引き上げ額が圧縮されただけの話ではないのか。「ドタバタ劇」と表現すると「間抜けなことをやっている」との印象を与えるが、記事の内容からは「ドタバタ劇」とは感じられなかった。


※今回取り上げた記事「砂上の安心網~不作為の果てに(5)決められぬ厚労省の諦念 利害調整、疲弊する巨艦
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170630&ng=DGKKZO18305500Q7A630C1MM8000


※最終回の評価はC(平均的)、連載全体の評価はD(問題あり)とする。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「既得権サークル」批判に説得力が乏しい日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_26.html

実態を曲げて伝える日経1面「砂上の安心網(3)」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_70.html


※「砂上の安心網」の過去の連載に関しては、以下の投稿も参照してほしい。

「2030年に限界」の根拠乏しい日経1面「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030.html

第2回で早くも「2030年」を放棄した日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030_20.html

「介護保険には頼れない」? 日経「砂上の安心網」の騙し
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_21.html

日経朝刊1面連載「砂上の安心網(4)」に見えた固定観念
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_62.html

どこが「北欧流と重なる」? 日経1面「砂上の安心網(5)」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_42.html

「格差是正が必要」に無理あり 日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_16.html

医療費で「番人」責めて意味ある? 日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_17.html

日経1面連載「砂上の安心網」取材班へのメッセージ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_22.html

日経「がん死亡率と1人当たり医療費」で無意味な調査
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_73.html

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