2017年2月8日水曜日

なぜか「投資商品を売る側」から論じる日経「市場の力学」

7日の日本経済新聞朝刊1面に載った「市場の力学~個人投資家のナゼ(中)読めぬ株より住宅ローン リスク嫌い 殻破れるか」という記事は、メディアの立ち位置を知る上で興味深かった。この記事で日経は「個人投資家」の側に立っているだろうか。それとも「投資商品を売る側」と同じ目線で、「どうやったら個人にもっと投資商品を買ってもらえるか」と考えているのだろうか。
阿蘇駅(熊本県阿蘇市) ※写真と本文は無関係です

まずは記事の前半を見ていこう。

【日経の記事】

1月下旬、サラリーマンで混み合う東京・新橋駅前で聞いてみた。「投資をしていますか?」

多かった答えは「家計の余裕がないから今は考えられない。住宅ローンの返済もあるし」。

家計金融資産に占める株式や投資信託の割合は米国では半分近いのに対し、日本では1割程度で多くは現預金。日本人はリスク投資に消極的ということを示すデータだ。

だが見方を変えれば景色も変わる。持ち家をリスク資産に含めて家計資産全体を計算し直すと、リスク資産は4割強。米国の5割強と大差ない

戦後、日本では経済成長とともに持ち家の保有比率が高まり、今や米国に並ぶ。半面、中古住宅市場が小さく、資金化は米国ほど容易ではない。「個人は不動産でリスクを取り、金融資産では流動性を重視し現預金を多く抱えてきた」(三菱UFJモルガン・スタンレー証券の芳賀沼千里氏)

住宅ローンは家計を圧迫する。貯蓄から負債を引いた純貯蓄は20~30代はマイナスで、40代でトントン。株式などに回す余裕に乏しいのが「投資意欲が低い」日本の個人の実像だ。60代では2千万円近い純貯蓄を持つがリスク志向は低くなる。

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不動産を含めた資産全体でリスク資産の比率を考える姿勢はいい。「持ち家をリスク資産に含めて家計資産全体を計算し直すと、リスク資産は4割強。米国の5割強と大差ない」とすれば、日本人は「リスク嫌い」とは言い切れない。「家計金融資産に占める株式や投資信託の割合は米国では半分近いのに対し、日本では1割程度」としても、不動産と合わせて考えれば、リスク資産を増やす必要性は乏しそうだ。

しかし、そういう話にはならない。記事は以下のように続く。

【日経の記事】

考え方が変わり始める兆しもある。

フィデリティ退職・投資教育研究所がサラリーマン1万人に実施した調査では、投資しない理由の首位は2016年時点で37%が挙げた「資金が減るのが嫌だから」。10年時点では「まとまった資金がないから」が48%で首位だったが、直近では29%に減った。「少額投資非課税制度(NISA)などの登場で、少ない資金でも投資できることが浸透している」と野尻哲史所長は分析する。

一橋大学の調査では、株式を保有する世帯に限れば、総資産に対する居住用不動産の比率が高いほど、金融資産に占める株式の比率も大きくなった。「投資経験があれば不動産とのリスク分散効果を考える傾向があるようだ」(祝迫得夫教授)

ここで問題。大和総研によると、株式を保有する世帯の割合が最も高い都道府県は東京都。では2位は?

答えは奈良県。16年に金融広報中央委員会が初めて実施した金融リテラシー調査で同県は金融知識が全国トップだった。「金融に関する知識の高さが、保有世帯割合の高さにつながっている」と森駿介研究員は見る。

「高校卒業までかかる学費は」――。最下位だった山梨県の高校では「金融出張教室」が開かれ、生活設計の立て方などを説明している。投資経験者の増加には金融知識の向上も欠かせない。

金融庁は昨年9月の「金融レポート」で「貯蓄から投資」としてきた表記を「貯蓄から資産形成」に変えた。「投資は怖いものというイメージがまだある」(関係者)との声があったからという。だが言葉を変えれば個人の意識が変わるというものでもないだろう。

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「個人にもっと株式を保有させるにはどうすればいいのか」との問題意識が前提としてあるようで、「投資経験者の増加には金融知識の向上も欠かせない」などと対策を訴えている。しかし、前提に疑問が湧く。
ゲント(ベルギー) ※写真と本文は無関係です

記事には「リスク嫌い 殻破れるか」との見出しが付いている。しかし、記事でも言及しているように、不動産を含めて考えれば日本人は「リスク嫌い」ではない可能性が高い。不動産購入では多くの場合、住宅ローンを組んでいる。言い換えれば、レバレッジを効かせて不動産に投資している。それを考慮すると、米国よりもリスク選好的と言えるかもしれない。

そんな状況でなぜ、「」を破ってさらに株式などのリスク資産に手を出す必要があるのか、記事では教えてくれない。「住宅ローンを抱えて投資余力が乏しい個人に、株式などをもっと買わせるにはどうしたらいいか」を証券会社などの立場で考えるような記事内容になっている。

証券会社や銀行に勤める人も読者の一部ではあるだろう。しかし、日経は業界紙ではないはずだ。朝刊1面で「個人投資家」を論じるならば、基本的には個人投資家の目線で話を進めるべきだ。「売る側」から見るなとは言わない。その場合は「売る側から見れば」などと断ってほしい。

今回のような記事の書き方だと、作り手の「潜在意識」のようなものが浮かび上がってしまう。金融機関などを取材するうちに、いつの間にか仲間意識が生まれてしまうのは理解できる。だからと言って「誰に向けて記事を書くのか」を忘れてよいわけではない。


※記事の評価はC(平均的)。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「お金のデザイン」が好きすぎる日経「市場の力学」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_53.html

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