2016年12月5日月曜日

「解雇の金銭解決」は得策? 週刊エコノミスト特集に疑問

週刊エコノミスト12月13日号の特集「息子、娘を守れ 電通過労自殺 ブラック企業」には色々と問題を感じた。ホワイトカラー・エグゼンプションを労働者にもメリットが多い制度であるかのように紹介する日経ほどではないが、エコノミストの記事にも日経と似たような問題が横たわる。
大分城址公園(大分市) ※写真と本文は無関係です

まずは「非正社員を減らす鍵は解雇ルールの透明化」という記事の一部を見ていこう。この記事は東京大学大学院経済学研究科教授である川口大司氏の談話をまとめたものだ。

【エコノミストの記事】

つまり、日本では解雇ルールが透明でないために、企業は不当解雇となった場合の損害賠償などリスクが大きい。そうしたリスクを背負わないために、最初から正社員の入り口を絞ることになる。これが非正社員が増えている理由だ。

正社員の入り口を広げるには、まず正社員の出口を広げる必要がある。必要なのは、解雇規制の緩和というよりは、透明化だ。

具体的には金銭解決を認めるようにして、勤続年数に応じた解決金の相場を決めるというのが1つの方法だ。

各国の雇用に関する統計データを見ると、雇用規制が厳しい国ほど解雇される社員も少ないが、新規採用になる社員も少ないという結果が出ている。つまり、労働市場の流動性が低くなるのだ。

金銭解決のルールを決めても、急に会社が解雇をし始めるわけではない。

解決金の水準を高く設定すれば解雇規制の強化につながる場合もあるので、金銭解決の導入で一方的に解雇規制が緩和されるわけではないことにも留意したい

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疑問点を列挙してみる。

◎「金銭解決の導入」が「非正社員を減らす」?

金銭解決の導入」が「非正社員を減らす」可能性はあるだろう。だが、「各国の雇用に関する統計データを見ると、雇用規制が厳しい国ほど解雇される社員も少ないが、新規採用になる社員も少ないという結果が出ている」だけでは根拠として弱い。

正社員100人が解雇され100人が新規採用になる場合と、正社員10人が解雇され10人が新規採用になる場合、どちらが非正社員を減らす効果が大きいだろうか(解雇された正社員は別の会社で非正社員になり、正社員の新規採用では非正社員を雇うとする)。これは同じだ。出口を広げれば入り口が広がるとしても、正社員の枠自体が増えなければ意味はない。

雇用規制が厳しい国ほど正社員比率が低い」というならば話が変わってくるが、川口氏はそうしたデータを提示していない。


◎「すぐに解雇される正社員」に意味ある?

金銭解決の導入」が「非正社員を減らす」と仮定しよう。その場合、正社員になる意味はかなり乏しくなる。非正社員よりも正社員が好まれる理由の大きな部分は「仕事がなくなる心配が少なく、将来を見通しやすいから」ではないか。それが「ある程度の金額を払えば自由に解雇できる」となってしまえば、非正社員とあまり変わらなくなる。言ってみれば「社員全員の非正社員化」だ。そんな状況で非正社員が減って“正社員”が増えたとしても、評価に値するとは思えない。


◎制度が変わっても利用しない?

金銭解決のルールを決めても、急に会社が解雇をし始めるわけではない」と川口氏は言うが、何か根拠があるのか。ルール導入後すぐに利用しようとする会社が出てきても不思議ではない。制度を変えようと訴えているのに、「すぐに制度を利用する会社などない」と考える方が不自然だ。「制度が変わってもそんなに心配要りませんよ」と訴えたいのかもしれないが、だったら裏付けが欲しい。


◎それで「出口」は広がる?

解決金の水準を高く設定すれば解雇規制の強化につながる場合もあるので、金銭解決の導入で一方的に解雇規制が緩和されるわけではないことにも留意したい」という説明にもズルさを感じる。

金銭解決の導入解雇規制の緩和」っていうわけじゃないんですよ。条件次第では「解雇規制の強化」にもなるんですよ。そんなに悪いもんじゃありません--とでも言いたいのだろう。確かに「解決金の水準を高く設定すれば解雇規制の強化につながる場合もある」。だが、川口氏は「正社員の入り口を広げるには、まず正社員の出口を広げる必要がある」と主張していたはずだ。

解決金の水準を高くすれば「出口を広げる」効果はなくなる。「金銭解決の導入」が「非正社員を減らす」と訴えているのだから、「解決金の水準を高くし過ぎては意味がない。企業が不要な社員の解雇をためらわずに済む金額に抑える必要がある」などと解説すべきだ。


※記事の評価はD(問題あり)。川口大司氏が執筆した記事ではないので、川口氏への評価は見送る。今回の特集については以下の投稿も参照してほしい。

データ解釈に問題あり週刊エコノミスト特集「ブラック企業」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_7.html

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