クンチョウ酒造(大分県日田市豆田町) ※写真と本文は無関係です |
【日経の記事】
「大和が戦線に参入」「やってくれましたニッセイアセット」。2016年、ネット上で投資信託について熱く語る「投信ブロガー」の話題をさらったのが、運用手数料である信託報酬の引き下げ競争だ。
主戦場は日経平均株価など指数に連動するインデックス型投信で、始まりは去年9月。三井住友アセットマネジメントが確定拠出年金向け低コスト投信を一般販売する「離れワザ」(業界関係者)に踏み切り注目を集めた。
慌てたのが「低コストといえばニッセイ」を標榜、「購入・換金手数料なしシリーズ」に力を入れてきたニッセイアセットマネジメントだ。すかさず2カ月後、信託報酬の大幅値下げに動いた。だが9月、今度は大和証券投資信託委託が最低水準投信を一気に12本投入する。するとニッセイアセットが再び2カ月後に記録を塗り替えたのだ。
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「信託報酬の引き下げ競争」を歓迎する「投信ブロガー」のコメントから入り、さらには「確定拠出年金向け低コスト投信を一般販売する」動きを業界の「離れワザ」として紹介する。少し嫌な予感はするが、嘘を書いているわけでもない。この辺りまでは大きな問題を感じない。引っかかったのは、その後だ。
【日経の記事】
最低の差はわずか0.01%(東証株価指数連動型の場合)。100万円の投資で100円の違いだ。だが、世はマイナス金利時代。「72」を利率で割ると元本が倍になるメドが分かる「72の法則」によると、バブル期の預金金利6%なら12年で倍だが、今は0.01%。7200年かかる。長引く超低金利がワンコインに相対的重みを与えた。
「最安」には実質以上の価値がある。「投信は必ずネットのランキングで手数料を比較する」と、30代の小島翔太さん。消耗品から投信まで、ネットショッピング世代の投資家には、最安以外は意味を持たない。
本家米国は最安競争で先を行く。世界最大の資産運用会社ブラックロックVSインデックス投信の生みの親バンガードの構図だ。10月にブラックロックが主力の上場投資信託(ETF)シリーズで0.04%の商品を投入。業界最低を掲げるバンガードを0.01%下回った。
同じ「0.01%の闘い」だが、水準が違う。日本の投信の信託報酬は年1.3%と米国の年0.6%の倍以上だ(15年平均、モーニングスター調べ)。
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上記のくだりの問題点を列挙する。
◎なぜ日本はETF除外?
「本家米国は最安競争で先を行く」ことの具体例として、「10月にブラックロックが主力の上場投資信託(ETF)シリーズで0.04%の商品を投入。業界最低を掲げるバンガードを0.01%下回った」と紹介している。この「0.04%の商品」はETFだ。日米を比較するならば、日本もETFを含めて「最安競争」を見るのが当然だろう。
しかし、記事ではETFを除外して「最低水準」「最安」などと表現している。理由は察しが付く。ETFを入れると「最安」ではなくなるからだろう。日本でも信託報酬が0.1%を下回るETFは珍しくない。
一方、記事に付けた「大手各社の日経平均連動型投信」という表によると、「最安」の「ニッセイアセット」でも信託報酬は0.180%(税抜き)だ。ETFとの比較では「0.01%の闘い」と呼べるレベルに達していない。
では、「記事で言うインデックス投信の手数料の『最安』とは、あくまでETFを除外したものです」と宣言した上で、米国との比較もETFを除いてやれば問題なかったのだろうか。
記事では「消耗品から投信まで、ネットショッピング世代の投資家には、最安以外は意味を持たない」とも書いている。やや大げさだが、とりあえず受け入れてみよう。「最安以外は意味を持たない」とすれば「日本株でパッシブ運用をやるために投信を購入しよう」と考える投資家に「ETF除外」の前提はあり得ない。売買手数料などを考慮してもETFの方が低コストだと判断できれば、当然にETFを選ぶはずだ。
ETFは積み立て投資がしにくいといった面はある。だが、「最安以外は意味を持たない」と記事で主張した以上、コスト以外にETF除外の言い訳を求めるのは無理がある。
◎なぜ「投信全体」で比較?
インデックス投信の手数料を論じてきたのだから「同じ「『0.01%の闘い』だが、水準が違う」の後には日米のインデックス投信の比較が続くのかと思わせるが「日本の投信の信託報酬は年1.3%と米国の年0.6%の倍以上だ(15年平均、モーニングスター調べ)」と、投信全体で比べている。ここはインデックス投信を比べてほしかった。
問題は他にもある。記事に付けた「インデックス投信の低コスト化が加速」というグラフの注記には「モーニングスター調べ。税抜き信託報酬、ETF除く、追加型株式投信を集計」と書いてある。ここから判断すると日本の「1.3%」は「ETF除く」が条件だろう。だが米国の「0.6%」は断定できない。
ETFを除外という同じ条件で比較しているとすると、記事でブラックロックのETFを信託報酬「0.04%」で「業界最低を掲げるバンガードを0.01%下回った」と取り上げるのは不適切だ。論じる対象はあくまで「ETF除く」であるべきだ。
一方、米国もETFを含めた投信の信託報酬だとすると、ETFを除外した日本と条件が違ってしまい、比べてはいけないものを比べたことになる。
◎「ワンコイン」に意味なし
さらに細かい話にはなるが「長引く超低金利がワンコインに相対的重みを与えた」との説明も引っかかった。「100万円の投資で100円の違い」だから「ワンコイン」なのだろう。だが、これは投資金額次第だ。「1000万円の投資で1000円の違い」と考えれば「ワンコイン」ではなくなる。なのに「ワンコインに相対的重みを与えた」と書いて意味があるのか。
記事の後半部分にも注文を付けたい。
【日経の記事】
世界的低コスト化の背後にはIT(情報技術)を金融に活用したフィンテックがある。まず今年、日本が迎えたのが「ロボアド元年」だ。人を介さず「ロボット・アドバイザー」がコストや運用実績の膨大なデータを基に自動的に最安・最適商品を選び提案する。
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信託報酬が日米で下がっている話の後で「世界的低コスト化の背後にはIT(情報技術)を金融に活用したフィンテックがある」と書いてあると、フィンテックに信託報酬を引き下げる力があるように感じてしまう。だが、これは怪しい。
「人を介さず『ロボット・アドバイザー』がコストや運用実績の膨大なデータを基に自動的に最安・最適商品を選び提案する」ことで販売手数料は下がるかもしれない。だが、信託報酬は言ってみれば「運用管理費用」なので、ロボアドを使って「最安・最適商品を選び提案」しても信託報酬を下げる効果は期待できない。
そもそも、ロボアドを使わなくても販売手数料はゼロの投信がいくつもある。結局、低コスト化の理由としてロボアドを取り上げる意味は乏しい。「なのになぜ?」と思っていると、記事の最後の方で答えらしきものが見えてくる。それは後で触れる。
さて、記事の終盤を見ていこう。
【日経の記事】
2017年はさらに「未来」に近づく。販売だけでなく、運用も人工知能(AI)自らが考える投信が相次ぎ登場する。AIはディープラーニング(深層学習)を重ね、スゴ腕ファンドマネジャーへと成長していく。初期費用はかかるが、AIに払う信託報酬は一段と抑えられる。現在の主戦場、インデックス型だけでなく投資判断で超過収益を狙うアクティブ型にも低コスト化の波が広がる。
来年は個人型確定拠出年金(iDeCo)の裾野が広がり、積み立て型の少額投資非課税制度(NISA)も18年1月に続く。低コストが効果を発揮する少額・長期の投資を促す道具立てがそろう。
ロボアドを提供するお金のデザイン(東京・港)では「利用者の9割が投資初心者で20~30歳代が6割」(北沢直最高執行責任者)という。毎月分配金型など「年金代わり」の投信を好む既存顧客の高齢化が進み「若い世代を開拓しないと生き残れない」(大手運用会社幹部)。
もう誰も0.01%の重みを無視できない。
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◎AIは「スゴ腕ファンドマネジャーへと成長」?
まず「AIはディープラーニング(深層学習)を重ね、スゴ腕ファンドマネジャーへと成長していく」と書いているのが引っかかる。つまり学習すればするほど運用成績を高められるのだろう。本当ならば興味深い。だが、にわかには信じられない。将棋や囲碁とは話が違うはずだ。「AIを使えば将来は安定して市場平均を上回る運用成績を上げられるようになる」と考えているのならば、根拠は示してほしかった。
これは原理的には難しいはずだ。仮に一部のAIが優れた結果を残し、そこから最終的には市場全体でAIに運用を任せるようになるとしよう。その時には当然に「AI全体の運用成績=市場平均並み」となる。つまり多くのAIは市場平均に勝てなくなる。
◎「AIに払う信託報酬は一段と抑えられる」?
「初期費用はかかるが、AIに払う信託報酬は一段と抑えられる」という説明は解釈に迷った。「一段と抑えられる」とは、何を意味するのか。「既に抑えられているが、さらに抑えられる」という場合に「一段と抑えられる」と書くはずだ。だが「AIに払う信託報酬」が既に抑えられているような話は記事に出てこない。
記事からは「ディープラーニング(深層学習)を重ね」ると「AIに払う信託報酬は一段と抑えられる」のだと感じる。だが、これも理解に苦しんだ。例えば、初期費用がかかるので当初は年1%の信託報酬だが、学習を重ねるにつれて0.9%、0.5%、0.1%といった具合に下がる投信が登場すると言いたいのだろうか。あり得ないとは言わないが、現状とあまりに違いすぎる。どういう経路を辿って「一段と抑えられる」のかは説明が欲しかった。
◎「低コストが効果を発揮する少額・長期の投資」?
「低コストが効果を発揮する少額・長期の投資」という書き方は感心しない。特に「少額」はまずい。投資額が10万円ならば2%信託報酬を1%に引き下げても1000円しか変わらない。だが、投資額1億円ならば100万円も違ってくる。金額で言えば「低コストが効果を発揮する」のは「多額」の方だ。
◎「お金のデザイン」への配慮?
日経は「お金のデザイン」という会社が大好きなようだ。フィンテックやロボアドに関連する記事では、何度も前向きに紹介している。記事の途中で「なぜロボアド? 信託報酬の下げとほとんど関係ないのでは?」と疑問が浮かんだが、「お金のデザイン」への配慮とすれば納得できる。
「もう誰も0.01%の重みを無視できない」と筆者が本当に思うのならば「お金のデザイン」を含めてロボアドを肯定的に取り上げるのはやめた方がいい。「お金のデザイン」ではロボアドの手数料を年1%も取っている。「0.01%の重みを無視できない」と考える投資家ならば、運用成績を高める効果がほとんど期待できないロボアドに年1%も支払うのは、あまりに愚かだ。
今回の記事は、投信を売る側からは高い評価が得られるかもしれない。だが、真剣に投資を考える日経の読者に薦められる内容とは言い難い。
※記事の評価はD(問題あり)。「数字が語る行く年来る年」という連載に関しては、以下の投稿も参照してほしい。
記事の信頼性を損なう日経の「ブラックスワン」大安売り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_47.html
説明が雑すぎる日経「数字が語る行く年来る年(6)」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_23.html
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