2016年6月1日水曜日

「アパート空室率の上昇」を「悪化」と日経は言い切るが…

アパートの空室率が上がるのは憂慮すべき事態だろうか。それは立場によるはずだ。入居するアパートを探す人にとっては、空室率の高い方が選択肢は多くなるし、家賃交渉もしやすい。一方、アパートの所有者にとっては歓迎できる話ではない。

西南学院大学(福岡市早良区)※写真と本文は無関係です
「円高」「原油安」などにも同じような面がある。もし日本経済新聞がアパート経営者向けのメディアならば「空室率の上昇」を「悪化」と捉えても問題はない。しかし、消費者も含めて幅広い層を読者として想定しているのであれば、単純に「空室率の上昇」を「悪化」と断定する書き方は感心しない。

ところが1日の朝刊企業・消費面に載った「アパート空室率 首都圏で急上昇 相続税対策で建設増え」という記事では「空室率が悪化」「過去最悪の水準を更新」などと躊躇なく書いている。

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

首都圏のアパートの空室率が悪化している。不動産調査会社のタス(東京・中央)が31日発表した統計によると、3月の神奈川県の空室率は35.54%と2004年に調査を始めて以来、初めて35%台に上昇した。東京23区や千葉県でも空室率の適正水準とされる30%を3~4ポイントほど上回っている。相続税対策でアパートの建設が急増したものの、入居者の確保が追いついていない。

アパートは木造や軽量鉄骨で造られた賃貸住宅で、空室率は入居者を募集している総戸数のうち空いたままの住戸の割合を示す。不動産会社のアットホームのデータなどをもとに算出した。東京23区の空室率は33.68%。15年9月から6カ月連続で過去最悪の水準を更新した。千葉県でも34.12%と過去最悪の更新が3カ月続いている。埼玉県は30.90%、23区以外の都内は31.44%と比較的安定した水準だ。

首都圏でアパートの空室率が急速に悪化したのは15年夏ごろ。15年の相続増税にともない「アパートの建設需要が盛り上がり、空室率が急速に悪化した」(タス)。アパートの建設費用は家賃収入で賄うのが一般的だ。空室率が高いと想定した賃料収入に満たず、多額の建設費用をオーナーが抱えるリスクがある。

アパートの開発事業者は旺盛な建設需要に押されて営業活動に引き続き力を入れている。住友林業は全国の支店の営業・設計業務を支援するチームを4月に設立。大東建託は営業人員を20年に約4千人と16年と比べて1割強増やす計画だ。

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記者が疑いもなく「空室率の上昇」を「悪化」と捉えたのは、データを発表した「不動産調査会社のタス」がそう言っているからだろう。「アパートの建設需要が盛り上がり、空室率が急速に悪化した」というタスのコメントからもそれが窺える。

記事の書き出しが「首都圏のアパートの空室率が悪化している」なのに、見出しが「アパート空室率 首都圏で急上昇」と「悪化」を使っていないのは、見出しを付ける整理部担当者の良識の表れかもしれない。

記事を書いたのが若手記者であれば、取材先の価値観に引きずられるのはやむを得ない面がある。そこは企業報道部のデスクがうまく指導してあげてほしいのだが、今の日経にそれを期待するのは難しいだろう。

この記事には他にも気になる点がある。列挙してみたい。

◎地域差が生じた理由は?

首都圏でアパートの空室率が急速に悪化したのは15年夏ごろ」と書いているが、記事でも触れているように埼玉県や東京市部は「比較的安定した水準だ」。「相続税対策でアパートの建設が急増」したのであれば、地域差は生じにくそうに思える。なのになぜ顕著な地域差が生じたのかは、推測でもいいから説明すべきだ。最悪の場合、「地域差が生じた理由は分からない」でもいいから言及はしてほしい。

◎何のための繰り返し?

首都圏でアパートの空室率が急速に悪化したのは15年夏ごろ。15年の相続増税にともない『アパートの建設需要が盛り上がり、空室率が急速に悪化した』(タス)」と書くと「空室率が急速に悪化した」を非常に近い場所で繰り返してしまう。上手い書き方とは言えない。改善例を示しておく。「悪化」は「上昇」に書き換えておく。

【改善例】

首都圏でアパートの空室率が急上昇し始めたのは15年夏ごろ。15年の相続増税に伴い「アパートの建設需要が盛り上がった」(タス)ためだ。

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◎「木造で造られた」にダブり感

アパートは木造や軽量鉄骨で造られた賃貸住宅」と書くと「木造で造られた」となるので、ダブり感がある。「木材や軽量鉄骨で造られた賃貸住宅」「木造や軽量鉄骨造の賃貸住宅」であれば違和感はない。


※記事の評価はD(問題あり)。

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