2016年5月22日日曜日

その規制緩和 要る? 日経1面「新産業創世記」への疑問

運転者なしでの自動運転車の走行実験を公道でできるような規制緩和が今、必要だろうか。22日の日本経済新聞朝刊1面に載った「新産業創世記~『土俵』が変わる(5)無人運転車 発進できず 特区、革新には窮屈」という記事が訴える規制緩和の必要性には、いくつも疑問が残る。まず記事の中身を見ていこう。
福岡空港(福岡市博多区)に着陸しようとする全日空機
               ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

東日本大震災後の津波で大きな被害を受けた仙台市荒浜地区。3月27日、ブーンと音をたてて浮かぶ物体があった。測量ベンチャーのテラドローン(東京・渋谷)の小型無人機(ドローン)。ざっと100メートル四方の区域内の上空50メートル付近から慎重に位置を変えながら廃校舎を撮影、立体的な地図を作った

2月末から3月中旬にかけては神奈川県藤沢市で2.4キロメートルの一般道を使った自動運転タクシーの実証実験があった。取り組んだのはベンチャーのロボットタクシー(東京・江東)。近隣住民10組が運転手が乗った自動運転タクシーでスーパーまでの買い物に利用し、乗り心地を確かめた。

国内各地でドローンや自動運転車の実験が相次ぐ。その舞台として使われるのが規制緩和の実験場「国家戦略特区」だ。

日本で特区活用が本格化したのは小泉純一郎政権時代だ。2002年に創設した「構造改革特区」は1200カ所以上。うち7割の規制緩和策が全国に広がったというが、実態は「官民共同の職業紹介窓口の設置」など地方自治体が提案した小粒な内容ばかり。その反省から13年に国家戦略特区法を成立させた安倍晋三政権は「産業の国際競争力の強化に役立つ事業」など規制緩和の内容や区域を内閣主導で選ぶようにした。

これまで指定した地域は10カ所。政府の国家戦略特区諮問会議メンバーの八田達夫氏(73)はその役割を「規制の問題点を洗い出し、適切なルールを作り、全国へ広げること」と説く。松村敏弘・東大教授(51)は「利害調整が難しい野心的な課題に取り組む実験場」と位置づける。

ロボットタクシーの中島宏社長(37)は満足しない。同社が目指すのは運転手のいない自動運転タクシーの実現だ。今回、運転手を乗せたのは「人が車を運転する」と定めた国際条約があるためだが、条約を独自に解釈して運転手なしでも公道実験できるフィンランドのような国もある。「世界のプレーヤーはどんどん先に進んでいる」。中島社長は訴える

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日本で「運転手なしでも公道実験できる」ようにすべきだと取材班では考えているようだ。個人的には、現時点で必要なしと思える。理由を列挙してみる。

◎「運転者あり」で何が困る?

記事によると藤沢市で「一般道を使った自動運転タクシーの実証実験があった」らしい。ならば、公道での実験は許されているのだろう。さらに「運転者なし」にすると何かメリットがあるのか。走行中に問題が起きなければ「運転者」は傍観していればいい。それで十分なデータは取れるはずだ。
無人にした場合に自動運転車がどの程度の頻度で重大事故を起こすか調べたいというなら「無人」にする必要があるが、そういう実験が許されるはずもない。

◎安全性の問題は既にクリア?

公道での実験であれば、安全への配慮が欠かせない。運転者なしでも自動運転車に安全性の問題はないと確認できているのだろうか。グーグルの自動運転車が実験中に公道で接触事故を起こしたとも伝えられているのに、「運転者なしの公道実験に安全性の問題なし」と取材班は言い切れるのか。

◎世界では「運転者なしでの公道実験」が主流?

記事では「今回、運転手を乗せたのは『人が車を運転する』と定めた国際条約があるためだが、条約を独自に解釈して運転手なしでも公道実験できるフィンランドのような国もある」と解説している。逆に言うと、フィンランドなど一部の国を除けば「公道での実験は必ず運転者付き」が国際標準なのだろう。米国もその一員らしい。「世界のプレーヤーはどんどん先に進んでいる」とのコメントからは、日本だけが取り残されているような印象を受けるが、実際は違うのではないか。

◎解釈捻じ曲げを推奨?

条約を独自に解釈して運転手なしでも公道実験できるフィンランドのような国もある」と書いているので、取材班では「日本も独自解釈して運転者なしを認めればいいのに…」と考えているのだろう。しかし「『人が車を運転する』と定めた国際条約」に参加しているのであれば、それは遵守すべきだ。運転者なしでの公道実験に乗り出す前に、条約改正を訴えたり条約から脱退したりするのが筋だ。解釈を捻じ曲げて「運転者なしでもOK」とするのは、まともな国のやることではない。取材班は「ズル推奨」の立場なのか。

記事の結論部分にも疑問を感じた。最終段落は以下のようになっている。

【日経の記事】

安倍政権は21年度までに国内総生産(GDP)を600兆円に増やす目標を掲げ、ドローンや自動運転車、人工知能(AI)など新技術の産業化を後押しする姿勢を見せる。鳥かごの中でドローンを飛ばし、囲われた塀の中で自動運転車を走らせても革新は生まれない。新産業の土俵をつくり出す国の覚悟が問われる。

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鳥かごの中でドローンを飛ばし、囲われた塀の中で自動運転車を走らせても革新は生まれない」と取材班は訴えている。現状がそうなっているなら分かる。ただ、記事で取り上げた「仙台市荒浜地区」でのドローンの実験は「鳥かごの中」に限定されている様子がない。「自動運転車」に関しても、一般道での実証実験に乗り出したのであれば「囲われた塀の中」にはとどまっていない。強引に規制緩和の必要性を訴えようとしたために、現実から遊離した結論になってしまったのだろう。

さらに言えばドローンの実験については、特区で何が「窮屈」なのか触れていない。なのに「鳥かごの中でドローンを飛ばし」と書いてみても説得力は乏しい。


※今回の記事の評価はD(問題あり)とする。ただ、第5部の連載全体で見ると問題点は少なく、第4部までと比べて完成度は高まっている。担当デスクと思われる菅原透氏への評価はD(問題あり)で確定させるが、強含みではある。

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