2015年11月28日土曜日

「費用100分の1」? 日経「新産業創世記」の強引な比較

日本経済新聞の朝刊1面で「新産業創世記」の第2部が始まった。第1部が終わった時に「いずれ連載は再開するのだろう。その時は記事の作り方を根本的に改めてほしい」とお願いしたが、叶わなかったようだ。今回もいきなり無理のある展開になっている。第2部は「ケタ違いの衝撃」がテーマで、その第1回は「宇宙へのアクセス費用100分の1 市場は地球の外」という内容だ。しかし「100分の1」も「市場は地球の外」も無理がある。
秋月温泉の料亭旅館「清流庵」(福岡県朝倉市) 
                ※写真と本文は無関係です

まずは「100分の1」に関する記述を検証しよう。

【日経の記事】

「宇宙飛行士になる」。かつて抱いた宇宙への思いを、この男はビジネスに変える。緒川修治(45)。2007年、自動車部品メーカーを飛び出してPDエアロスペース(名古屋市)を立ち上げた。狙うのは宇宙旅行の事業化だ。

従業員はたった4人。地上と宇宙を往復する7人乗り機体を開発する。来年末には独自開発エンジンの飛行試験に乗り出し、20年に高度100キロメートルの宇宙に1人1400万円の料金で送り込む。

機体は宇宙と行き来させて何度も使う。部品も割高な特注品でなく汎用品を採用する。こうした積み重ねで、1回1億円以下で宇宙にたどり着けるようにする。その費用は衛星を打ち上げる国産ロケットH2Aの100分の1に相当する。

----------------------------------------

比較をするならば、条件は揃える必要がある。例えば「月旅行なら火星旅行の100分の1の費用」と言われても、単純に「月旅行の方が割安」とは言えない。今回の場合はどうか。

PDエアロスペースが狙うのは「高度100キロメートル」。一方、日経の11月25日の記事によると、H2Aは「高度約3万3900キロメートルで衛星を分離することに成功した」らしい。高度に関しては2桁違う。これを同じ土俵で論じていいのか。費用が100分の1になるとしても、高度は300分の1以下なので、PDエアロスペースの方が割高との見方もできる。

しかもH2Aの場合、5トン近い重量の通信放送衛星を目標の軌道に乗せる必要がある。宇宙空間と言えるギリギリの高度まで行って帰ってくるだけのPDエアロスペースとは条件が違いすぎる。もちろん、有人飛行は安全性などでH2Aよりも難しい問題もある。とは言え、単純に「宇宙へのアクセス費用100分の1」と言い切ってしまうのは強引すぎる。

強引な説明は他にもある。

【日経の記事】

十勝平野が広がる北海道大樹町。過疎化に直面する同町は地場産業の活性化に宇宙を活用する構想を練る。衛星を介して複数の無人トラクターを操り、大規模農業を実現し、海水温のデータ分析で好漁場を見つけ出す。町長の酒森正人(56)は「人手不足に対応したい」と狙いを語る。

ぐっと身近になる宇宙。無限に広がる空間の前では誰もが挑戦者になれる。

----------------------------------------

今回の記事では「市場は地球の外」と見出しに付けているが、出てくる話はかなり苦しい。上記の話を読んで「市場は地球の外」だと感じるだろうか。宇宙旅行や衛星打ち上げでも「市場(取引される場所)」は地球上にあると思えるが、「衛星を利用した大規模農業」はさすがに苦しすぎる。記事には人工衛星の部品メーカーなど「市場は地球上」の話ばかりが並ぶ。記事を最初から最後まで読んでも「市場は地球の外」とは思えなかった。

それに、「衛星を利用した大規模農業」が実現すると「宇宙はぐっと身近になった」と思えるだろうか。GPSなどで衛星の利用は既にかなり進んでいる。「宇宙を活用」と強調するほどの話ではない。

大したことがない話を大げさに書いて無理のある記事に仕立て上げる--。日経の1面企画で繰り返されてきた問題は今回も解決されなかった。第2回以降にも多くは期待できなさそうだ。


※記事の評価はD(問題あり)。

0 件のコメント:

コメントを投稿