2015年7月30日木曜日

日経 吉田忠則編集委員「耕作放棄地 歯止めへ劇薬」の謎

日経が大好きな「耕作放棄地への課税強化」に関する記事が、30日も朝刊総合1面に載っていた。いつも不思議に思うのだが、この問題になぜ執着するのだろうか。執着するという結論が先にあって、それから記事を書いているように感じられてならない。今回の「真相深層  耕作放棄地 歯止めへ劇薬~全国40万ヘクタール、課税強化を検討  『稼げる農業』手探り」(筆者は吉田忠則編集委員)もツッコミどころの多い記事だった。 疑問点を順に挙げていこう。


◎農地を維持する必要ある?
デュルブイ(ベルギー)のフォワール広場側から見たウルセル伯爵城
                   ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

横浜市の郊外にある農業の重点地域の一角に、その建物はあった。黒い鋼板の壁のなかから機械の重い作業音が聞こえてくる。農地に違法に建てられた産業廃棄物の処理施設だ。

横浜市が施設を見つけたのが2004年。地主や産廃業者に是正を求めたが、逆に09年には産廃施設が増設された。「転用は認められない」。市の職員が現地を訪ねて説得を重ねた結果、増設分だけは12年に撤去された。だがいまも跡地で農業が再開されることはなく、荒廃がひどい1号遊休農地に分類された。

隣の農地は人の背丈を超える雑草が生い茂り、13年に1号遊休農地になった。市の職員が「農地を借りたい人を紹介する制度に登録してほしい」と呼びかけたが、地主から返事はなかった。違法転用でスポーツ施設にした近くの別の地主は「農業では食べていけない」と市に訴えた

どうすれば農地を維持できるのか。政府は6月30日に閣議決定した規制改革実施計画で打開策として、耕作放棄地への課税強化を検討することを打ち出した。


上記の横浜市の例は謎だ。「農業では食べていけない」と訴えてスポーツ施設にした地主がいるのならば、転用を認めてあげれば済む。そうなれば、農地ではなくなるので当然に固定資産税の負担も増える。吉田忠則編集委員は「どうすれば農地を維持できるのか」と問うが、逆に「なぜ農地を維持する必要があるのか」と聞きたい。

「農業の重点地域に指定されているから」だろうか。しかし、「農業では採算が合わないが、スポーツ施設にすればやっていける」という状況で、無理に農業をやらせる意味はあるのか。転用を認めて税収を増やす方が好ましいと思える。「足並みが乱れると重点地域の意味がない」と言うのであれば、地主に対してスポーツ施設から得られる以上の収入を補償してあげればいいのではないか。それができないのに「採算の合わない農業をやれ。耕作放棄もダメ」では、あんまりだ。


◎制限されていても進む「転用」の謎

【日経の記事】

固定資産税はその土地の評価額で決まる。農地は収益性が低く、転用も制限されているため、雑種地と比べて評価額は一般に100分の1以下ですむ。だがいくら税負担が軽くても耕作は放棄され、様々な形で転用が進む。規制改革会議は6月16日の答申で「農地の低い保有コストと、転用期待が耕作放棄を助長している」と断じた。


上記の説明では転用が容易なのか難しいのか判断に迷う。転用が制限されているのになぜ「様々な形で転用が進む」のか、読者に分かるように書いてほしい。


◎役員構成が原因?

【日経の記事】

問題は、肝心の農地バンクがうまく機能していないことにある。初年度に担い手に新たに貸し出された面積は、目標の5%にとどまった。

なぜ期待通りにいかないのか。制度では、農地バンクの役員の半数以上を民間企業や農業法人の経営者から登用するはずだが、現実は1割で、トップのほぼ全員は県庁の関係者だ。農水省幹部は「民間のノウハウを活用できる状況ではまったくない」といらだつ。

そこで農水省は県への圧力を強め、制度を軌道に乗せようと狙う。「役員の構成を見直す」「農地を集められる人員配置にする」「最低でも2カ月に1回、担い手と意見交換する」。これらを実施させ、そのすべてを公表させる方針だ。だが農地を貸す先が見つかるかという課題は残る


農地バンクがうまく機能せず農地の貸し出しが目標を大幅に下回る理由を、吉田編集委員は「農地バンクの役員構成」に求めている。しかし、役員構成を見直したとしても「農地を貸す先が見つかるかという課題は残る」らしい。ならば、機能しない原因は役員構成とは限らないだろう。

そもそも、農地を借りたいという需要はそんなに旺盛なのか。「借りたい人はたくさんいるのに、耕作放棄地を抱え込む地主が多いから農業の担い手に農地が回らない」という話ならば分かる。しかし、借りたいという需要そのものが小さいのであれば、耕作放棄地への課税を強化してもあまり意味はない。その辺りは吉田編集委員も気付いているようで、最後の段落では以下のように書いている。


◎課税強化に意味はない?

【日経の記事】

宮城大の大泉一貫名誉教授は課税強化について「耕作放棄が無償ではないというメッセージにはなるが、即効性はない」と指摘する。横浜市の地主の言葉を裏返せば「農業で食べていける」例を増やすしかない。農業の収益性を高めるためには何をすべきで、何が妨げているのかを突き詰めることが、異例の策が実を結ぶための条件になる


結局、「耕作放棄地への課税を強化しても、放棄地の多くがすぐに耕作地へ生まれ変わるわけではない」と認めてしまっている。しかも、結びの「農業の収益性を高めるためには何をすべきで、何が妨げているのかを突き詰めることが、異例の策が実を結ぶための条件になる」というのは妙な話だ。耕作放棄地への課税強化とは別に、農業の収益性を高めるための政策が実施されて、結果として耕作放棄地が減った場合、「耕作放棄地への課税強化という異例の策」が実を結んだことになるのか。

例えば、経済成長に寄与しない成長戦略Aを実行に移した後、本当に効果のある成長戦略Bによって高成長を実現させたとき「意味のない成長戦略Aもようやく実を結んだ」と吉田編集委員は考えるのだろうか。あまり意味がない政策だと気付いているのなら、そう訴えた方が分かりやすい。

最後にもう1つ。吉田編集委員は耕作放棄地への課税強化を「劇薬」「異例の策」と捉えている。しかし、どちらも納得できない。「耕作放棄が無償ではないというメッセージにはなるが、即効性はない」という程度の策がなぜ「劇薬」なのか。「異例の策」も謎だ。記事を最初から最後まで読んでも、何が「異例」なのか読み取れなかった。「課税強化」はよくある策だろう。

劇薬」「異例の策」に関しては、「説明不足にも程がある」と注文を付けておこう。


※記事の評価はD(問題あり)、吉田忠則編集委員の評価もDとする。

0 件のコメント:

コメントを投稿