2019年7月7日日曜日

肝心の事例が成立してない日経ビジネス特集「再考 持たざる経営」

日経ビジネス7月8日号の特集「再考 持たざる経営~『在庫は悪』はもう古い」は面白そうなテーマだと感じた。しかし、読み始めると期待は失望に変わる。このテーマで特集を組むならば「『在庫は悪』はもう古い」と納得できる材料は必須だ。しかし「PROLOGUE もう在庫は怖くない~ラジコン2位、京商が息を吹き返した理由」という記事にはそれが見当たらない。
石ノ森萬画館(宮城県石巻市)
     ※写真と本文は無関係です

記事の中身を見ていこう。

【日経ビジネスの記事】

市場縮小で在庫の山に押しつぶされかけたラジコンカーメーカーが立ち直りつつある。戦略的に在庫に向き合うことで突破口を開いた。「持たない」ことだけが正解の時代ではなくなっている



◎昔からそうでは?

『持たない』ことだけが正解の時代ではなくなっている」と書いているので、「以前は『持たない』ことだけが正解の時代だった」との認識が担当者ら(武田安恵記者、庄司容子記者、菊池貴之記者)にはあるだろう。しかし、そんな時代があったのか。例えばネット通販で圧倒的な存在感を持つアマゾンも以前は「在庫は持たない」主義だったのか。あるいは在庫を抱えたが故に成長機会を逸したのか。

在庫をどの程度持つのが適正なのかはケースバイケースだ。少ない方が資金負担は少なくて済むが、販売機会を失うリスクもある。改めて説明するような話でもない。

『在庫は悪』はもう古い」と打ち出すならば「在庫圧縮に力を入れ過ぎて不振に陥り、それに気づいて在庫を増やしたら復活できた」というストーリーが欲しくなる。しかし「京商」はそうではない。


【日経ビジネスの記事】

京商はまず、積み上がった在庫の見直しに着手する。ゴードン社は米国で、在庫を評価し、資金を融通するビジネスを展開している。その経験からアパレルなど、小売業の製品在庫を適正に保ち、売れないものは別の販売チャネルにて市場価格で売却するノウハウを培ってきた。

どんなものがどれくらいの値段で、どのような販路で売れるのか。動産評価に関するデータを持つゴードン社の助言を基に、「現在も販売可能なもの」「顧客サービスの維持に必要なもの」「滞留する可能性の高いもの」などの基準で5つに分類。自社で残す在庫と、処分・売却する在庫に分けた

その結果、在庫は4割圧縮され、倉庫も1棟で済むようになった。売却する在庫は、渡邉社長が覚悟していた「二束三文」ではなく、適正な値段でアウトレットなど他の販路に回して資金化することができた。


◎「在庫は悪」の事例にした方が…

支援を受ける「ゴードン社」の指導によって「京商」の「在庫は4割圧縮され、倉庫も1棟で済むようになった」という。結果として「息を吹き返した」のであれば、余計な「在庫」が経営を圧迫していたはずだ。「在庫は悪」を証明している事例として取り上げた方が、まだ説得力がある。

「経営不振企業は往々にして無駄な在庫を抱えている。それを削ぎ落せば復活できる」とは言えるかもしれない。しかし「京商」の事例では「『在庫は悪』はもう古い」の根拠にはなり得ない。

この後の記事でも「店舗」「人」「物流」などに関して「持つ」企業とそうでない企業を比較しているが、どちらが良いとの結論は出していない。妥当な判断ではあるが、だったら何のために特集を企画したのかという話になる。

再考 持たざる経営~『在庫は悪』はもう古い」というテーマを打ち出すならば「今は『持たざる』の方向に動き過ぎ。もっと持った方が企業は伸びる」と訴えてほしい。それは無理だと思えるのならば、企画をボツにすべきだ。


※今回取り上げた特集「再考 持たざる経営~『在庫は悪』はもう古い
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/special/00148/


※特集全体の評価はD(問題あり)。武田安恵記者と庄司容子記者への評価はDを据え置く。菊池貴之記者への評価は暫定でDとする。


※武田記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

LINEほけんは「好調そのもの」? 日経ビジネス武田安恵記者に問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/line.html


※庄司記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

33%出資の三菱製紙は「連結対象外」? 日経ビジネスに問う
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/33.html

「33%出資は連結対象外」に関する日経ビジネスの回答
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/33_21.html

「小林製薬=一発屋」と誤解させる日経ビジネス庄司容子記者
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/09/blog-post.html

2019年7月6日土曜日

「他者の説明責任に厳しく自分に甘く」が残念な出口治明APU学長

他者に説明責任を求める者は自らの説明責任もきちんと果たすべきだ--。この主張に異論を唱える人は稀だろう。しかし、多くの人は「他者に厳しく自分に甘く」となってしまう。
瑞鳳殿(仙台市)※写真と本文は無関係です

これからの組織はパワハラに限らず、組織における言動が全て明るみに出ても、何一つ恥じることなく経営説明責任が果たせるようにしなければならない」と日本経済新聞の記事で訴えていた立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明氏も、自らの説明責任にはやはり寛大なようだ。

間違い指摘に対し回答は届いたが「間違いかどうか」には言及せず逃げている。

問い合わせと回答は以下の通り。


【立命館アジア太平洋大学への問い合わせ】

立命館アジア太平洋大学学長 出口治明様

1日の日本経済新聞朝刊女性面に載った「ダイバーシティ進化論~パワハラ防止法が成立 共感得られる言動を」という記事についてお尋ねします。

記事には「かつて阪神タイガースの江本孟紀投手が『ベンチがアホやから野球がでけへん!』と監督に言って、現役を引退した」との記述があります。

 一方、2018年5月4日付のAERAdot.の記事では江本氏が当時を以下のように振り返っています。

『アホやから』発言があったのは、81年8月26日、ヤクルト戦です。この年は先発とリリーフで都合よく使われていて、不満もたまっていました。それでも、この日は『絶対に勝つ』と燃えていました。それが、4-2で勝っていた8回に、ツーアウト2、3塁でピンチを迎えた。すかさず内野陣がマウンドに集まる。敬遠か、勝負か、それとも投手交代か。中西太監督の指示を仰ごうとベンチを見ると…… 姿が消えていた。ベンチの意志は分からぬまま。結局打たれて同点。そこで交代となり、ロッカールームへ引きあげる時に、周囲の人を気にせずに『何考えとんねん!アホか!』と怒鳴ってしまいました。これが記者の耳に入った。すると、翌日の紙面には『ベンチがアホやから野球がでけへん』との見出しになってしまった。これが発言の真相です

ベンチがアホやから」発言に関する他の記事を見ても、基本的に上記の内容と同様です。だとすると江本氏の「ベンチがアホやから野球がでけへん!」は独り言に近いもので、「監督に」向かっては言っていないはずです。

『ベンチがアホやから野球がでけへん!』と監督に言って」との説明は誤りではありませんか。問題なしのと判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

これからの組織はパワハラに限らず、組織における言動が全て明るみに出ても、何一つ恥じることなく経営説明責任が果たせるようにしなければならない。コンプライアンスとは、法令順守のような狭い意味ではないのだ」と記事の中で出口様は訴えています。ならば、江本氏の名誉にも関わる今回の件で「説明責任」を果たさない選択はないはずです。

記事の中で他に気になった点を記しておきます。以下のくだりについてです。

「(パワハラを)起こさないため、上司は家族や恋人に接するように部下に接してみてはどうか。家族や恋人に言わないようなことを、部下に言っていいはずがない。自分の言動がどこに出ても恥ずかしくないものであれば何の問題もないのだ

この手の助言を時々目にしますが、意味があるのでしょうか。部下に「おいコラ」「バカ!」と言うような「パワハラ上司」であっても「家族や恋人」にはそういう発言はしないとの前提が出口様にはありそうです。

しかし、自分の子供に向かって「バカ!」と言う人は「パワハラ上司」に限らず珍しくないでしょう。「パワハラ上司」ならば、なおさらです。

今回の助言はむしろ逆効果かもしれません。記事の説明だと、「家族や恋人」に言うようなことならば「部下に言っていい」とも取れます。それは「パワハラ」を正当化する材料にもなります。

さらに言えば、「恋人に接するように部下に接して」みる場合、セクハラの問題が出てきます。新たに赴任してきた男性部長が部下を前に「私は恋人に接するように部下に接します」と宣言したら、女性の部下はどう感じるでしょうか。

出口様のような著名な方が日本経済新聞という影響力の大きなメディアを通じて自らの考えを発信するのであれば、事実関係も含め内容を慎重に検討すべきです。今回の記事に関しては、それが十分にできていないと感じました。


【出口氏からの回答】

鹿毛さま

僕の記事につき、貴重なご意見をいただき本当にありがとうございました。いただいたアドバイスは参考にさせていただきます。良かったら、一度、APUにお訪ねください。いろいろお話を聞かせていただきたいです。これからもよろしくお願いいたします。

出口

◇   ◇   ◇

かつて阪神タイガースの江本孟紀投手が『ベンチがアホやから野球がでけへん!』と監督に言って、現役を引退した」との記述に誤りがあれば認めて訂正などの対応を取ればいい。誤りではないとの考えならば、その根拠を示せばいい。簡単な話だ。しかし「いただいたアドバイスは参考にさせていただきます」で逃げてしまっている。

今回、日経へもほぼ同じ内容の問い合わせを送っており日経からの回答はない。推測だが、日経は問い合わせがあったことも出口氏には伝えていない気がする。

出口氏が返信した点は評価するものの、上記の内容で説明責任を果たしたとは言えない。APUの学長としてこれで学生に模範を示したと出口氏は考えるのか。「学長も偉そうなことを言っている割に、自分のミスを指摘された時には逃げるんだな」と思われてもいいから質問には答えたくない。そういうことなのだろう。


※今回取り上げた記事「ダイバーシティ進化論~パワハラ防止法が成立 共感得られる言動を
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190701&ng=DGKKZO46714400Y9A620C1TY5000


※記事の評価はD(問題あり)。出口治明氏への評価は暫定C(平均的)から暫定Dに引き下げる。出口氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

女性「クオータ制」は素晴らしい? 日経女性面記事への疑問
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/04/blog-post_18.html

2019年7月5日金曜日

光免疫療法の記事で日経ビジネス橋本宗明編集委員に注文

日経ビジネス電子版の記事に脱字を見つけたので他の点も含めて指摘したところ、回答が届いた。その内容に大きな問題はないが、1つだけ気になる点があった。
金華山黄金山神社(宮城県石巻市)
      ※写真と本文は無関係です
  

問い合わせと回答は以下の通り。


【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス編集委員 日経バイオテク編集委員 橋本宗明様

日経ビジネス電子版7月2日付の「楽天・三木谷会長が新たながん治療法の確立に意気込み」という記事の最初の段落に「同社は現在、開発番号『ASP-1929』という新しタイプのがん治療法について、国内外で臨床試験の最終段階に当たる『フェーズIII』を実施している」という記述があります。

新しタイプ」は「新しいタイプ」の誤りではありませんか。

付け加えると「『フェーズIII』を実施している」という表現も引っかかります。「フェーズIII」は「臨床試験」の「段階」を示すもので、「実施している」のはあくまで「臨床試験」です。

例えば「新しいタイプのがん治療法について国内外で臨床試験を実施しており、最終段階に当たる『フェーズIII』に入っている」となっていれば違和感はありません。

また「抗体によってがん細胞だけを狙い撃ちにする『ミサイル療法』と呼ばれる治療法の1つだが、なぜ『免疫療法』と称しているのかはよく分からない」と説明しているのも解せません。今回の会見で質問するとか、楽天メディカルに問い合わせるといった取材はしなかったのでしょうか。

楽天メディカルや三木谷会長が説明を拒んだ可能性はありますが、そうだとしたらその旨を記事中で明示した方が良いのでしょう。単に「なぜ『免疫療法』と称しているのかはよく分からない」と書かれると、読者としては書き手の能力に不安を感じてしまいます。

問い合わせは以上です。対応をお願いします。


【日経BP社の回答】

日経ビジネス電子版をご愛読頂き、ありがとうございます。また、誤植をご指摘頂き、感謝申し上げます。早速、対応させて頂きました。

フェーズIIIの表現についてですが、仰る通り、正確さに欠ける面があったかもしれません。以後、より正確な表現を心掛けたいと思います。免疫療法については、「光免疫療法」という言葉をNature Medicineの論文内で使っておられた米国立がん研究所の小林久隆氏に機会があれば、改めて確認したいと思っております。

今後とも日経ビジネス電子版をよろしくお願いいたします。

◇   ◇   ◇

免疫療法については、『光免疫療法』という言葉をNature Medicineの論文内で使っておられた米国立がん研究所の小林久隆氏に機会があれば、改めて確認したいと思っております」という説明はやや引っかかる。

楽天や楽天メディカルの広報担当者に聞いても「確認」できそうな内容だ。その作業をしたのかしなかったのか…。手間を惜しんで「なぜ『免疫療法』と称しているのかはよく分からない」と書いたのならば、やや怠慢だ。


※今回取り上げた記事「楽天・三木谷会長が新たながん治療法の確立に意気込み
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00002/070200500/?P=2


※記事の評価はC(平均的)。橋本宗明編集委員への評価はCで確定させる。橋本編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「オプジーボ巡る対立」既に長期化では?  日経ビジネス橋本宗明編集委員に問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post_20.html

2019年7月4日木曜日

事業強化でも「シチズン、介護向け計器事業参入」と書く日経の怖さ

日本経済新聞の「参入」関連記事のひどさが目に付く。以前は「『本格参入』と書いているのに、以前から本格的に参入しているような…」といったレベルだったが、最近は参入済みの事業であっても、堂々と「参入」と断言している。これを企業報道部のデスクが「問題なし」と判断して読者に届けているのが怖い。
瑞鳳殿(仙台市)※写真と本文は無関係です

4日の朝刊に「もはや間違い」と思える記事を見つけたので、以下の内容で問い合わせを送った。

【日経への問い合わせ】

7月4日付の日本経済新聞朝刊企業1面に載った「シチズン、介護向け計器事業参入 体温計など開発」という記事についてお尋ねします。記事では冒頭で「シチズン時計は介護や在宅医療向けの計器事業に参入する」と書いています。しかし、その後に「従来は一般消費者向けのみを扱ってきたが、薬局や量販店だけでなく医療法人などにも販路を広げる。約35億円の同事業の売上高を2021年度をめどに50億円に伸ばす」と説明しています。

既に「一般消費者向け」を扱い「同事業(=介護や在宅医療向けの計器事業)」で「約35億円」の「売上高」があるのならば、立派に「参入」を果たしているのではありませんか。御紙のこの手の記事では「本格参入」との表現でごまかすパターンをよく見かけますが、今回の記事では「参入」と言い切っています。

なのに、記事の最後では「安定的な需要が見込める介護や在宅医療向けの計器事業を強化し、業績を下支えしたい考えだ」と書いており、新規参入ではなく「介護や在宅医療向けの計器事業を強化」する話だと認めてしまっています。

シチズン時計は介護や在宅医療向けの計器事業に参入する」との説明は誤りだと考えてよいのでしょうか。あるいは「同事業」で既に「約35億円」の「売上高」があるというのが間違いなのでしょうか。記事に問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

事業を強化」ではニュース記事として弱いので「参入」を使いたいとの気持ちは理解できます。しかし、今回の記事の書き方だと「大げさだが間違いではない」と弁護するのも困難です。今のままで良いのか企業報道部全体でじっくり検討してください。記者を指導すべきデスクの責任は特に重いと思えます。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事「シチズン、介護向け計器事業参入 体温計など開発
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190704&ng=DGKKZO46925420T00C19A7TJ1000


※記事の評価はE(大いに問題あり)。日経の「参入」関連記事に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「松屋フーズはラーメン店に本格参入」に見える日経の騙し
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/04/blog-post_15.html

「本格参入」に無理がある日経「伊藤忠、日中越境通販に本格参入」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_22.html

10%出資で「参入」と言える? 日経「大塚HD、血液製剤に参入」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/12/10.html

「個人取引に参入」は本当? 日経「オリックス、中国ネット金融に出資」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/01/blog-post_24.html

参入済みでも「滴滴、シェア自転車参入」と打ち出す日経の悪癖
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/01/blog-post_10.html

「三桜工業、全固体電池に参入」が本当か怪しい日経の記事
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/blog-post_20.html

参入済みなのに「フリマアプリ ヤフーも参入」と打ち出す日経の騙し
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/blog-post_28.html

2019年7月3日水曜日

「フィンランドを見習え」が苦しい日経 佐竹実記者「Disruption 断絶の先に」

Disruption」をテーマに記事を作るのはやめた方がいいと以前に助言したが、聞き入れてもらえなかったようだ。日本経済新聞朝刊ディスラプション面の「Disruption 断絶の先に」という連載は第4部に突入した。3日の「第4部 疾走モビリティー(1)移動を自由に スマホでGO」という記事にも「Disruption」と呼べるほどの変化は出てこない。
旧観慶丸商店(宮城県石巻市)※写真と本文は無関係

それ以外にも記事には色々と問題を感じた。中身を見ながら指摘してみる。

【日経の記事】

バスや電車などの公共交通機関から自家用車、自転車まで。あらゆる移動手段をまとめてサービスとしてとらえるのがマースの考え方だ。その先進地といわれるのがフィンランド。人口60万人の首都ヘルシンキで、6人に1人がダウンロードしているスマートフォン(スマホ)アプリが「whim(ウィム)」だ。

「タクシーが移動の選択肢に入るなんて、これまで思ってもみなかったわ」。ツアーガイドの女性、ヘイディ・ヨハンソン(40)は1年前にウィムを使い始めてから、生活になくてはならない存在になったと話す。利用しているのは月62ユーロ(約7500円)の定額制プラン。公共交通やシェア自転車が乗り放題となるうえ、タクシーが半径5キロ以内なら10ユーロで利用できる

10ユーロタクシーのおかげで、車を家に置いてくることが増えた。娘を連れて夜のパーティーにも行けるし、とてもお得よ」という。62ユーロは割高ではないのか。「いえ、むしろ節約になっている。ウィムは本当に便利よ」



◎どの範囲?

まず、使える地域に触れていないのが気になる。「首都ヘルシンキ」限定なのか、それとも「フィンランド」全域なのか。それによって「62ユーロは割高ではないのか」の答えも変わってきそうだ。

また「ヘイディ・ヨハンソン」さんに問うべきは「62ユーロは割高ではないのか」ではなく「タクシーが半径5キロ以内なら10ユーロで」が「割高」かどうかだろう。

10ユーロ」と言えば約1200円。日本で5キロ利用すれば1500円前後なので、日本人の感覚で言えば決して安くない。

記事の続きを見ていく。

【日経の記事】

そんなに便利なのか、記者も実際に試してみた。目指すは世界遺産であるスオメンリンナの要塞。街の中心部であるヘルシンキ中央駅に立ち、スマホのアプリに行き先を打ち込んだ。すると数秒で、いくつかの選択肢が表示される。20分ほど歩いて港まで行き、フェリーに乗るか、路面電車で港に行くか。別のフェリーに乗る選択肢もあったが、時間が10分程度余計にかかるため2つに絞った。

フィンランドの公共交通は、中心部であれば2.8ユーロで90分乗り放題になる。そのため2つの経路の金額は一緒。ならばと路面電車を選んだ。チケット購入ボタンを押すと、スマホ画面にチケットが表示される。それを路面電車の運転士に見せれば乗車可能だ。あとはアプリに表示された地図に従って歩くだけ。代金はクレジットカードを登録しておけば自動的に引き落とされる。チケットを買う必要がないので乗り換えもスムーズだ


◎日本より不便では?

これを読む限りでは「whim(ウィム)」が便利だとは思えない。まず「チケット購入」の手続きをする必要がある。日本ではSuica(スイカ)やPASMO(パスモ)などの交通系電子マネーを使えば「チケット購入」の手間を省ける。最近はタクシーの支払いにも使えるようなので、日本(例えば東京)の方が便利ではないか。
九州芸文館(福岡県筑後市)※写真と本文は無関係

佐竹実記者は「チケットを買う必要がないので乗り換えもスムーズだ」と書いているが、「チケット購入ボタンを押す」という手順が必須であれば、手間としては「チケットを買う必要」があると見るべきだ。

今回の記事のテーマは「移動を自由に」だ。東京よりヘルシンキの方が圧倒的に「自由」ならば「Disruption」と呼んでもいいかもしれない。だが、東京の方が「自由」に移動できそうな気がする。これは辛い。

佐竹記者もそう感じたのではないか。「東京よりも圧倒的に便利だ」とは訴えていない。「テーマがDisruptionだし、ヘルシンキまで出張したんだから、今さら東京の方が便利だとは言えない」との思いを抱えて記事を書いたのかもしれない。

さらに続きを見ていこう。


【日経の記事】

運営するマース・グローバル社が18年に実施した調査によると、ウィムのユーザーは平均的なヘルシンキ市民の1.3倍公共交通機関を使うようになった。タクシーの利用も増えた一方で、自家用車の利用は少し減った

ウィムのプランは料金をその都度支払うタイプや、月62ユーロと249ユーロの定額制、タクシーも含めたすべての交通機関が無料になる月499ユーロの定額制もある。

「携帯電話はいろんなプランがある。毎日使うモビリティーにも定額があって良い」。マース・グローバル最高経営責任者(CEO)のサンポ・ヒエタネン(44)はこう話す。移動は電車やバス、タクシーが独立しているため、それぞれのサービスにその都度料金を支払っている。「まとめて提供することで人々の移動が自由になる」。ネットやスマホの普及や技術革新がそれを可能にする。


◎やはり小さな変化しか…

ウィムのユーザーは平均的なヘルシンキ市民の1.3倍公共交通機関を使うようになった。タクシーの利用も増えた一方で、自家用車の利用は少し減った」という。やはり「Disruption」と呼べるような変化は起きていない。

月62ユーロと249ユーロの定額制」は何が違うのか説明がないのも気になる。

さらに言えば「移動は電車やバス、タクシーが独立しているため、それぞれのサービスにその都度料金を支払っている」という説明は、少なくとも日本には当てはまらない。

定期券を購入している人は「その都度料金を支払っている」訳ではない。「毎日使うモビリティーにも定額があって良い」と「サンポ・ヒエタネン」氏は言うが、定期券はまさに「定額制」だ。

電車やバス、タクシーが独立している」とも言えない。例えば西日本鉄道では「バス・電車乗り継ぎ定期券」を販売している。

「フィンランドは先進的で日本は遅れている」という無理のある前提で記事を作っているので、結論部分はやはり苦しくなる。


【日経の記事】

通勤の満員電車に心身ともに疲れ、運転する自動車が渋滞にはまれば時間も体力も消費する。日本でもこんな経験をしている人は少なくないはずだが、規制などが立ちはだかり、なかなか変わらない。

米アップルのiPhoneの普及でスマホユーザーが爆発的に増えてから約10年。スマホを使えば人々の移動はもっと自由になるはずだ。交通の世界のディスラプションは、北欧に見習うべき答えがあるかもしれない



◎「スマホを使えば人々の移動はもっと自由になる」?

謎の主張だ。既に見てきたようにフィンランドで「交通の世界のディスラプション」は起きていないと思えるが、取りあえず起きているとしよう。

だとしたら「スマホを使えば人々の移動はもっと自由になる」「北欧に見習うべき答えがある」という結論に説得力が出るだろうか。

首都圏で「whim(ウィム)」を導入した場合を考えてみよう。「ウィムのユーザーは平均的なヘルシンキ市民の1.3倍公共交通機関を使うようになった」のだから、首都圏で似たような変化があれば「通勤の満員電車」がさらに混雑しそうだ。

タクシーの利用も増えた一方で、自家用車の利用は少し減った」という情報だけでは自動車利用が全体としてどうなったのか判断できないので、ほぼ横ばいだとしよう。となると「渋滞」も改善しない。

交通系電子マネーを使えば「チケット購入」の手間が省けたのに、「whim(ウィム)」への移行が進むと、いちいちスマホを操作して「チケット購入」の手続きをしなければならない。

人々の移動」を「もっと自由に」するための「見習うべき答え」が本当に「北欧」にあるのだろうか。


※今回取り上げた記事「Disruption 断絶の先に 第4部 疾走モビリティー(1)移動を自由に スマホでGO
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190703&ng=DGKKZO46849540S9A700C1TL1000


※記事の評価はD(問題あり)。佐竹実記者への評価も暫定でDとする。

2019年7月2日火曜日

「ベンチがアホ」を江本氏は「監督に言った」? 出口治明氏の誤解

立命館アジア太平洋大学学長の出口治明氏は記事の書き手としては問題があると判断してよいだろう。1日の日本経済新聞朝刊女性面に載った「ダイバーシティ進化論~パワハラ防止法が成立 共感得られる言動を」という記事を読むと「あまり考えずに記事を書いているのかな」と感じる。「かつて阪神タイガースの江本孟紀投手が『ベンチがアホやから野球がでけへん!』と監督に言って、現役を引退した」との記述には事実誤認があると思えたので、以下の内容で日経に問い合わせしてみた。ほぼ同じ内容を立命館アジア太平洋大学にも送っている。
松島海岸(宮城県松島町)※写真と本文は無関係です


【日経への問い合わせ】

立命館アジア太平洋大学学長 出口治明様  日本経済新聞社 女性面編集長 中村奈都子様

1日の日本経済新聞朝刊女性面に載った「ダイバーシティ進化論~パワハラ防止法が成立 共感得られる言動を」という記事についてお尋ねします。

記事には「かつて阪神タイガースの江本孟紀投手が『ベンチがアホやから野球がでけへん!』と監督に言って、現役を引退した」との記述があります。

 一方、2018年5月4日付のAERAdot.の記事では江本氏が当時を以下のように振り返っています。

『アホやから』発言があったのは、81年8月26日、ヤクルト戦です。この年は先発とリリーフで都合よく使われていて、不満もたまっていました。それでも、この日は『絶対に勝つ』と燃えていました。それが、4-2で勝っていた8回に、ツーアウト2、3塁でピンチを迎えた。すかさず内野陣がマウンドに集まる。敬遠か、勝負か、それとも投手交代か。中西太監督の指示を仰ごうとベンチを見ると…… 姿が消えていた。ベンチの意志は分からぬまま。結局打たれて同点。そこで交代となり、ロッカールームへ引きあげる時に、周囲の人を気にせずに『何考えとんねん!アホか!』と怒鳴ってしまいました。これが記者の耳に入った。すると、翌日の紙面には『ベンチがアホやから野球がでけへん』との見出しになってしまった。これが発言の真相です

ベンチがアホやから」発言に関する他の記事を見ても、基本的に上記の内容と同様です。だとすると江本氏の「ベンチがアホやから野球がでけへん!」は独り言に近いもので、「監督に」向かっては言っていないはずです。

『ベンチがアホやから野球がでけへん!』と監督に言って」との説明は誤りではありませんか。問題なしのと判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

これからの組織はパワハラに限らず、組織における言動が全て明るみに出ても、何一つ恥じることなく経営説明責任が果たせるようにしなければならない。コンプライアンスとは、法令順守のような狭い意味ではないのだ」と記事の中で出口様は訴えています。ならば、江本氏の名誉にも関わる今回の件で「説明責任」を果たさない選択はないはずです。

記事の中で他に気になった点を記しておきます。以下のくだりについてです。

「(パワハラを)起こさないため、上司は家族や恋人に接するように部下に接してみてはどうか。家族や恋人に言わないようなことを、部下に言っていいはずがない。自分の言動がどこに出ても恥ずかしくないものであれば何の問題もないのだ

この手の助言を時々目にしますが、意味があるのでしょうか。部下に「おいコラ」「バカ!」と言うような「パワハラ上司」であっても「家族や恋人」にはそういう発言はしないとの前提が出口様にはありそうです。

しかし、自分の子供に向かって「バカ!」と言う人は「パワハラ上司」に限らず珍しくないでしょう。「パワハラ上司」ならば、なおさらです。

今回の助言はむしろ逆効果かもしれません。記事の説明だと、「家族や恋人」に言うようなことならば「部下に言っていい」とも取れます。それは「パワハラ」を正当化する材料にもなります。

さらに言えば、「恋人に接するように部下に接して」みる場合、セクハラの問題が出てきます。新たに赴任してきた男性部長が部下を前に「私は恋人に接するように部下に接します」と宣言したら、女性の部下はどう感じるでしょうか。

出口様のような著名な方が日本経済新聞という影響力の大きなメディアを通じて自らの考えを発信するのであれば、事実関係も含め内容を慎重に検討すべきです。今回の記事に関しては、それが十分にできていないと感じました。

◇   ◇   ◇

追記)日経からは結局、回答がなかった。出口氏からは「僕の記事につき、貴重なご意見をいただき本当にありがとうございました。いただいたアドバイスは参考にさせていただきます。良かったら、一度、APUにお訪ねください。いろいろお話を聞かせていただきたいです。これからもよろしくお願いいたします」との返信があった。


※今回取り上げた記事「ダイバーシティ進化論~パワハラ防止法が成立 共感得られる言動を
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190701&ng=DGKKZO46714400Y9A620C1TY5000


※記事の評価はD(問題あり)。出口治明氏への評価は暫定C(平均的)から暫定Dに引き下げる。出口氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

女性「クオータ制」は素晴らしい? 日経女性面記事への疑問
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/04/blog-post_18.html

2019年7月1日月曜日

週刊ダイヤモンド「イトーヨーカ堂 改革の迷走」の説明に難あり

週刊ダイヤモンド7月6日号の特集2「セブン&アイ~イトーヨーカ堂 改革の迷走」は辻褄の合わない説明が目に付いた。最初の段落では以下のように書いている。
第十六利丸(宮城県石巻市)※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

セブン&アイ・ホールディングスが、機関投資家や株主などからの圧力を受け、ようやく重い腰を上げた。業績不振が続いていた総合スーパー、イトーヨーカ堂の改革に乗り出したのだ。だが、改革案の策定は紆余曲折があって迷走。結果、目新しさに欠け、抜本的な改革とは言い難いものになりつつある。

◇   ◇   ◇

これを信じれば「改革案」は「目新しさに欠け、抜本的な改革とは言い難いものになりつつある」はずだ。それを踏まえて「迷走の末にようやくまとまったヨーカ堂構造改革案の全貌」に関するくだりを見ていこう。


【ダイヤモンドの記事】

その後の本誌の取材で、セブン&アイが目指すイトーヨーカ堂改革の全貌が明らかになってきた。

検討されているのは、北海道から兵庫県にかけて163店ある店舗のうち、もうかっていて効率のいい1都3県を中心とした「首都圏」の店舗に経営資源を集中させ、それ以外の地方店については「分社化」する計画だ。

その上で、分社化した地域会社を、各地域の有力スーパーなどに第三者割当増資などを引き受けてもらって資本提携したり、業務提携したりして、セブン&アイ本体から切り離そうというものだ。

というのも、ドミナント戦略が取れている首都圏の店舗と、そうでない地方店とでは、ROA(総資産利益率)で3倍以上の開きがあるからだ。

また、地方店は売上高が小さいことに加えて店舗運営に関わる経費が収益を圧迫、営業赤字に陥っている。

そこで、もうかっていて、効率のいい首都圏の店舗に経営資源を集中させることで、収益力の高い、“筋肉質”な総合スーパーにしようというのが狙いだ。

また、分社化することで、給与をその地域の水準に合わせようという思惑も垣間見える。


こうした構造改革で売り上げは減少するが、少なくとも「数十億円規模の増益効果がある」と見込んでおり、営業利益率は格段に向上すると予想されている。


◎それでも「抜本的な改革」ではない?

首都圏』の店舗に経営資源を集中」させることで「数十億円規模の増益効果」が見込め「営業利益率は格段に向上する」のであれば「抜本的な改革」と評してよいと思える。

しかし、特集を担当した重石岳史記者と田島靖久編集委員は「抜本的な改革とは言い難い」と判断しているようだ。記事を最後まで読んでもその理由は分からない。

2人は記事を以下のように締めている。

【ダイヤモンドの記事】

となれば、業績が好調な今のうちに、抜本的な改革を断行すべきだ。10月の中計発表までに、今回の案を具体化させることができるのか。井阪社長以下、現体制の覚悟が問われている



◎「今回の案」でOK?

最初は「目新しさに欠け、抜本的な改革とは言い難いものになりつつある」と言っていたのに、最後は「今回の案を具体化させることができるのか。井阪社長以下、現体制の覚悟が問われている」と書いている。「今回の案」が「抜本的な改革」につながると取れる説明だ。

自分たちの考えをしっかり固めてから記事を書くべきなのに、今回はそれができていない。

付け加えると、「改革案」がまとまるまでに「紆余曲折」があるのは基本的に問題がない。それが「抜本的な改革」につながるのであれば、前向きに評価すべきだ。「策定」までに「紆余曲折」があったからと言って「改革の迷走」と捉えるのはやや無理がある。

田島靖久編集委員と言えば「セブン&アイ」の絶対的な権力者だった鈴木敏文氏の強烈なシンパという印象がある。故に鈴木氏を引退に追い込む形で成立した「井阪社長以下、現体制」には反感があるのだろう。

それが記事の内容に強引さを生み出している気もする。


※今回取り上げた特集「セブン&アイ~イトーヨーカ堂 改革の迷走
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/26945


※特集の評価はD(問題あり)。今回の問題は田島靖久編集委員の責任が大きいのではないかと推測し、重石岳史記者への評価はC(平均的)を据え置く。田島靖久編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。


※田島編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

度が過ぎる田島靖久ダイヤモンド副編集長の「鈴木崇拝」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2015/10/blog-post.html


※重石岳史記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「GAFAがデータ独占」と誤解した週刊ダイヤモンド重石岳史記者
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/gafa.html

週刊ダイヤモンドの特集「コンビニ地獄」は基本的に評価できるが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_29.html